やさしく解説
ナフサ不足はいつまで続くのか、目詰まりの原因と値上げが止まらない理由
文:プラスチックパレット株式会社 編集部
この記事でわかること
政府が言う「目詰まり」って何?量はあるのに、必要な場所に届かない状態です。 価格が下がったのに、なぜ値上げが続くの?企業が払う価格に、4つの上乗せが残っているからです。 米イランの覚書で、値上げは終わるの?大きな一歩ですが、値上げは別の力学で続きます。 ナフサ不足は、いつまで続くの?本格的な落ち着きは2026年末〜2027年前半と見られています。この記事は2026年8月9日に更新した内容です。
イラン情勢はその後も動いています。2026年7月31日の日米協調介入による円高と、9月の原油100ドル再突破・サウジアラビアの産油量が前月比190万バレル減までの推移は、【イラン情勢2026完全まとめ】のCh09で整理しています。
2026年10月23日時点:この記事の「見通し」「予定」は公開した時点のものです
この記事で「〜の見通し」「〜の予定」と書いた時期は、すでに過ぎています。最新の数字と動きは、毎月更新しているナフサ・原油の完全まとめで確かめてください。
この記事のあとの動き(2026年10月27日の追記)
- アジアのナフサのスポット価格は、10月23日に942.76ドル/トンで、1か月で12.43%上がりました(Trading Economics)。8月に底を打ったあと、9月から上向いています。
- 石油化学用ナフサの輸入CIFは、8月が87.55千円/kLで、7月の104.33千円/kLから下がりました(財務省 貿易統計。新電力ネット、10月9日更新)。
- 国産ナフサ基準価格は、7〜9月期が96,500円/kL、10〜12月期が98,900円/kLの見込みです(三協化学、10月6日更新)。どちらもまだ確定値ではありません。過去最高は4〜6月期の118,900円/kLです。
- 経済産業省は10月2日の資料で、国内の川中在庫の取り崩しがなくなり、平時の水準(2か月分)に戻ったとしています(内閣官房タスクフォース第5回)。
最新の数字は、毎週更新しているナフサ価格推移2026まとめの「いまの値段」で確かめられます。
ラップ・ペットボトル・洗剤・断熱材── 暮らしのモノの半分以上に関わる「見えない原料」が、なぜ足りなくなったのか。6月14日の米イラン覚書合意でも、なぜ値上げが続くのか。家計を守るためのチェックポイントまで、やさしく解説します。
第1章
そもそもナフサって何?── 暮らしの「見えない血液」
答え:原油を精製したときに出てくる、無色透明の液体です。燃料ではなく、暮らしのモノの半分以上の「もと」になる原料です。
「ナフサ」と聞いて、ピンとくる方は多くないかもしれません。一言で言えば、ナフサは原油(石油)を精製したときに出てくる、無色透明の液体です。ガソリンや灯油の仲間ですが、決定的に違うのは「使い道」です。
原油を蒸留して取り出される、ガソリンによく似た成分の液体です。燃料としてではなく、プラスチック・合成繊維・合成ゴム・洗剤・塗料・接着剤など、化学製品の「原料」として使われます。ナフサクラッカーという設備で熱分解して、エチレン・プロピレンといった基礎化学品を取り出します。
ガソリンは車を走らせるための燃料、ナフサは私たちの身の回りのほとんどのモノの「もと」になる原料です。つまり、ナフサは表に出てこないけれど、現代の暮らしを支える「見えない血液」のような存在なのです。
ナフサから作られているもの ── あなたの周りを見回してみると
では、具体的にどんなモノがナフサから作られているのでしょうか。今、あなたの周りを見回してみてください。
- 食品トレー・弁当容器(発泡スチロール/PP樹脂)
- ペットボトル(PET樹脂)
- ラップ・保存袋(PE/塩ビ系)
- 洗剤・シャンプー(界面活性剤・容器)
- 衣服のポリエステル(合成繊維)
- 断熱材・塩ビ管(建材全般)
- 自動車部品(樹脂・ゴム部品)
- 医薬品・医療容器(点滴バッグ等)
食品包装、飲料容器、洗剤、衣服、化粧品、建材、車、家電、医薬品の容器、ボールペン、おもちゃ── あらゆる工業製品が、もとを辿ればナフサに行き着きます。暮らしのモノの半分以上が、ナフサと無関係ではないと言っても過言ではありません。
日本は約7割を中東から輸入していた
日本は資源のない国です。プラスチック・化学製品の原料となるナフサも、その多くを海外から輸入しています。財務省貿易統計によれば、2024年時点で日本が輸入したナフサの7割超が中東地域でした。なかでも、アラブ首長国連邦(UAE)30%、クウェート22%、カタール15%という構成です。
中東産ナフサのほとんどは、「ホルムズ海峡」という幅約34kmの海の関所を通って日本に運ばれてきます。世界の海上石油輸送の3分の1がここを通る、まさに世界のエネルギーの大動脈です。
この海峡が止まったら、何が起きるか──。それが、2026年2月末に現実になりました。
第2章
なぜ足りなくなったの?── ホルムズ海峡封鎖から始まる波及
答え:2026年2月28日にホルムズ海峡が事実上の封鎖状態になり、中東産ナフサの輸送が止まったためです。代替輸入にも3つの壁があります。
2026年2月28日、米国・イスラエルによるイラン攻撃を端緒に、ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態になりました。タンカーが安全に通れなくなり、日本に向かう中東産ナフサ・原油の輸送が止まりました。
何が起きたか ── 時系列で見る波及
- 2026/2/28 ホルムズ海峡が事実上封鎖
米・イスラエルによるイラン攻撃を契機に、中東地域からの原油・ナフサ輸送が大きな遅延。 - 2026/3月中旬 ナフサ国際価格が約2倍に急騰
わずか2週間で1トン600ドル台後半→1,100ドル前後に。日本の樹脂・包装メーカーに大きな影響。 - 2026/4月 国内12基中6基のエチレンプラントが減産
三菱ケミカル旭化成エチレン(水島)が稼働縮小。フル稼働できるプラントはわずか3基に。 - 2026/4/10 政府が国家石油備蓄の追加放出を決定
高市首相が約20日分の追加放出を表明。5/1からENEOS等4社に対し約580万kLの放出開始。 - 2026/4/14 経産省「量は確保、流通の目詰まり解消が課題」
政府が「目詰まり」という言葉を初めて公式に使用。何が起きているのか議論が始まる。 - 2026/5/21 エチレン稼働率4月67.3% ── 統計開始以来最低
石油化学工業協会が発表。1996年以降の統計で過去最低、44カ月連続で90%割れ。 - 2026/5/30 食品値上げ「6月にも再燃」
主要食品メーカー195社で値上げ要因「包装資材」が7割(2023年以降最高)に。山崎製パン7月値上げ等。 - 2026/6/3 ナフサ価格が約26%下落 ── ただし情勢収束ではない
需要そのものが減ったため(=需要破壊)。実需者が払う価格は依然として高水準。 - 2026/6/14〜21 米イラン覚書合意 ── 局面転換が始まる
6/14に米イランが14項目覚書合意、6/18デジタル署名で正式発効、6/19タンカー6隻ホルムズ通過。ただし三菱総研は「対立の一時停止」と慎重評価。詳しくは第7章で解説。
なぜ単純な「代替輸入」では解決しないのか
「中東がダメなら、米国やオーストラリアから買えばいいのでは?」── そう思う方もいるでしょう。実際、日本は急ピッチで代替調達を進めています。日本経済新聞の報道によれば、2026年5月の米国からのナフサ輸入は、過去12カ月の平均の5倍に急増しました(5月27日時点で32万トン到達/船舶追跡情報)。米国・中南米・アフリカ・中央アジアから代替品が次々と日本に向かっています。
しかし、代替輸入には3つの大きな壁があります。
- 輸送距離が長い── 米国からは太平洋横断、アフリカからは喜望峰経由(通常より14日長く、燃料コスト1.5倍)。輸送費が中東産より高くつく。
- 戦争保険料の高騰── ホルムズ周辺を航行する船は保険料が爆騰しており、これがそのまま価格に乗る。
- 性質が違う── 米国産ナフサはシェールガス由来で「軽質」寄り、日本の石化プラントは中東産を前提に設計されているため、効率的に使えない場合がある。
つまり、量は確保できても「同じ価格で・同じ効率で・同じ製品が」作れるわけではないのです。これが、ナフサショックが単純な値上げで終わらず、長期化している根本的な理由です。
第3章
政府が言う「目詰まり」って何?── 3つの原因で解く
答え:「量はあるのに、必要な場所に届かない」状態です。原因は、精製の優先順位、補助金制度の歪み、在庫の偏りの3つに整理できます。
2026年4月14日、経済産業省は「日本全体としては必要な量を確保できているが、流通の目詰まり解消が課題」と表明しました。「量はあるのに、必要な場所に届かない」── これが「目詰まり」です。なぜそんなことが起きるのでしょうか。
専門家の分析を読み解くと、原因は3つに整理できます。
- 01 物理的な原因:精製プロセスの優先順位
ガソリン優先の運転で、ナフサとして取り出せる量が前年比で約4〜5%減少。備蓄原油は重質寄りでナフサが少ない。 - 02 経済的な原因:補助金制度の歪み
ガソリンには170円超過分に政府補助があるが、ナフサには補助なし。製油所は「儲かる燃料」を優先する。 - 03 流通的な原因:在庫の3段階ロック
精製メーカー・石化メーカー・商社の各段階で「自社確保」が波及。市場で自由に売買できる在庫がほぼゼロに。
物理的な原因 ── 「ガソリン優先」で取れる量が減る
製油所では、原油を熱して各成分(ガソリン・軽油・灯油・ナフサなど)を取り出します。温度管理によって「どの成分をどれだけ取るか」を微調整できます。ただ、社会インフラを守るため、緊急時にはガソリン・軽油(自動車・物流の燃料)が優先されます。これにより、ナフサとして取り出せる量が前年同期比で約4〜5%減少しました。
さらに、政府が放出した国家備蓄原油は長期保存に適した「重質」な原油が多く、軽い成分であるナフサが取れにくいという技術的な制約もあります。
「製油所」は、原油を熱してガソリン・ナフサ・灯油・軽油・重油などに分ける工場です。「ナフサクラッカー」は、製油所で取れたナフサをさらに熱分解して、プラスチック原料のエチレン・プロピレンなどを作る化学工場です。日本にはエチレン製造のクラッカーが12基あり、2026年4月時点でフル稼働できているのは3基だけです。
経済的な原因 ── 補助金がある燃料と、補助金がないナフサ
ここが少し意外な話です。政府は2026年3月19日から、ガソリンの全国平均が1リットル170円を超えた分を補助する「緊急的激変緩和措置」を再開しました。原油高による国民負担を抑える政策ですね。しかし、ナフサにはこの補助がありません。
| 製品 | 政府補助の有無 | 製油所の採算 |
|---|---|---|
| ガソリン・軽油 | 緊急激変緩和措置で補助あり(170円超過分) | 黒字を確保 |
| ナフサ | 補助なし | 原料高で赤字に |
製油所からすれば、「補助で黒字が守られる燃料」を多めに作り、「赤字になるナフサ」を抑えるのが経済合理的な判断です。悪意があるわけではなく、政策がそう仕向けているのです。これが、政府の言う「目詰まり」の重要な背景の一つです。
流通的な原因 ── 在庫はあるけれど、市場には流れない
政府の統計上、日本には数ヶ月分のナフサ在庫があるとされています。しかし現場では「欲しくても売ってくれない」という事態が起きています。これは「在庫の偏り」が原因です。
ナフサは 精製メーカー → 石化メーカー → 商社 → ユーザー という流れで届きます。中東情勢悪化以降、各段階で「自社の操業を止めないために抱え込む」動きが相次ぎました。
精製メーカーのタンク:自社の製油所稼働維持のため、ナフサを社内で確保。
石化メーカーのサイロ:自社のクラッカー稼働と、利益率の高い高機能製品向けに優先配分。
商社・物流倉庫:価格上昇を見込んで、高値で売れるタイミングを待って保有。
結果、市場で自由に売買できる「フリー在庫」がほぼゼロに。倉庫の合計では量があるのに、実際に必要な現場には届かない── これが「目詰まり」の正体です。
これら3つの原因(物理的・経済的・流通的)が同時に重なって、政府が言う「目詰まり」が生まれています。詳しい構造解析については、購買担当者・調達責任者向けの解析版記事「ナフサ供給『目詰まり』の正体|3層構造を一次情報で解読する」もぜひご覧ください。
在庫と備蓄放出のくわしい話元の「よくある質問」の2問
なぜ「在庫があるのに足りない」と言われるの?
政府の在庫統計には、液体としての「ナフサ」だけでなく、すでに製品化されたポリエチレン・ポリプロピレンなどの樹脂在庫を「ナフサ何トン分か」に換算して合算しているためです。製品として固まった樹脂は、もう汎用的な原料として使うことはできません。さらに、国家備蓄から原油を放出して、精製してナフサが届くまでに最短45日(1.5ヶ月)かかるリードタイムが残っており、現場で原料が切れていても、数字上は「在庫がある」と表現できる構造になっています。
政府の備蓄放出はいつ効果が出るの?
政府は2026年4月10日に国家石油備蓄の追加放出を決定し、5月1日からENEOS・出光・コスモ・太陽石油の4社に対し約580万kL(20日分)の放出を開始しました。ただし、原油から精製してナフサとして化学工場に届くまでには最短45日かかります。5月1日に放出を始めた原油は、最短でも6月中旬以降にナフサとして現場に届く計算です。さらに、赤澤経産大臣は6月2日に「ナフサは定期修理集中期間終了で7月に前年並みの生産量に戻る」との見通しを示しており、政府公式メッセージでも7月以降が物理的な目詰まり解消のタイミングと位置づけられています。
第4章
5月以降に何が起きたの?──「需要破壊」とは何か
答え:5月末から6月にかけて、ナフサ国際価格が約26%下落しました。供給が回復したからではなく、需要そのものが消えた「需要破壊」のためです。
2026年5月18日まで、ナフサ価格は高止まりが続き、「6月にはさらに上がる」との見方が大勢でした。ところが、5月末から6月にかけてナフサ国際価格が約26%下落するという、誰も予想しなかった事態が起きました。
| 時点 | 国際価格 | 国産の指標 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2026年2月末 | $600台後半 | − | 封鎖直前 |
| 2026年3月末 | $1,200超 | − | 2週間で約2倍に |
| 2026年5月16日 | $1,043 | ¥116,858/kL | 為替158.45円 |
| 2026年6月3日 | $767 | ¥87,125/kL | 為替159.69円 5/16比 約-26% |
「ナフサ価格が下がったなら、もう情勢は終わった?」── 多くの人がそう思うかもしれません。しかし答えは「NO」です。下がった理由は、供給が回復したからではなく、需要そのものが消えてしまったからなのです。
価格が高すぎて、「買えない人」「買い控える人」が増え、結果として需要そのものが消えてしまう現象です。市場では「もう買い手がいないから」値段が下がる。これは「情勢の収束」ではなく、「みんなが諦め始めた」という、もっと厳しい状態でもあります。
3つの層で同時に進行している「諦め」
専門家の分析によれば、需要破壊は3つの層で同時進行しています。
① 化学メーカー(原料を買う側)
2026年5月21日、日本経済新聞は「ナフサはお金を出せば確保できる、化学大手が悩む高値在庫リスク」と題する記事を掲載しました。代替調達ができるようになったものの、ジレンマが企業を慎重にさせています。「割高な原料を抱え込むと、後で価格が下がったときに『高値で買った在庫』が経営を圧迫する」というジレンマです。
同じ日、石油化学工業協会の工藤幸四郎会長は記者会見で「中期的には価格が非常に大きな問題」「価格高騰による需要減退に懸念」と発言しました(時事通信報道)。エチレン4月稼働率は67.3%(過去最低、44カ月連続で好不況の目安90%を下回る)。「作れないから稼働率が下がっている」のではなく、「作っても売れないから稼働率が下がっている」面が大きくなってきています。
② 川中メーカー(プラスチック容器・部品を作る側)
主要4樹脂(低密度ポリエチレン・高密度ポリエチレン・ポリプロピレン・ポリスチレン)の4月の国内出荷数量は前年同月比で1〜7%減少しました。これは「値上げ前に駆け込みで買っておこう」という「前倒し需要」が一巡したことを示しています。在庫がたまっている川中メーカーは、新規発注を控え、まずは在庫を消化する局面に入りました。
③ 川下(食品・日用品・小売)
2026年5月30日、日経新聞は「食品値上げラッシュ、ナフサ不足で6月にも再燃」と報じました。主要食品メーカー195社を対象とした帝国データバンクの調査では、値上げ要因として「包装資材」が7割に達しました。2023年に集計を始めて以来、最高比率です。
山崎製パン:原材料や包装資材の高騰を受けて、7月から一部のパン・菓子を値上げ。
オタフクソース:一部の業務用商品の販売を一時休止。
ドンキホーテ:包装を白黒印刷化してコストを抑えた低価格PB商品を発売(水500ml=40円など)── 包装簡素化での需要破壊対応。
これらはすべて、「値上げを受け入れる」のではなく「値上げに耐えられない需要を切る/簡素化で対応する」という現場の選択です。
つまり、市場価格は下がりましたが、それは「みんなが買えるようになったから」ではなく、「みんなが買うのを諦めたから」── これが2026年5月以降に起きている本質的な変化です。
第5章
価格が下がったのに、なぜ情勢が続くの?── 4つの理由
答え:企業が実際に払う価格には、長期契約のプレミアム、輸送費と戦争保険料、円安、軽質ナフサの使いこなしにくさの4つが上乗せされているからです。
「ニュースで聞くナフサ価格」と、「実際に企業が払う価格」は別物です。実需者が現場で向き合うコストには、ニュースの数字に乗らない4つの上乗せ要因があります。ここを理解すると、なぜ価格急落でも値上げが続くのかが見えてきます。
上乗せ① ── 長期契約のプレミアム
ナフサの大きな取引は、ニュースで報じられる「市場価格(スポット価格)」ではなく、長期契約のフォーミュラ価格+プレミアムで行われます。中東情勢悪化以降、「とにかく確実に量を確保したい」という事情から、企業は通常時より大幅に高いプレミアムを上乗せして契約しています。
三菱ケミカルグループの筑本学副会長は2026年5月21日、「プレミアムを支払うことで必要な量が調達できている状況だ」と発言しました(日経5月21日報道)。石油化学工業協会の工藤会長も「中東外からのナフサ価格は通常時の約2倍」と指摘しています。市場価格が767ドルになっても、この「2倍のプレミアム」分は実需者の負担として残り続けるのです。
上乗せ② ── 海上輸送費と戦争保険料の高騰
中東外から代替調達するということは、調達ルートの長距離化を意味します。米国からは太平洋横断、ヨーロッパ・アフリカからは喜望峰経由です(通常より輸送日数約14日増、燃料コスト約1.5倍)。さらに、ホルムズ周辺の海域を航行する船舶への戦争保険料が爆騰しています。VLCC(大型タンカー)やMR(中型タンカー)の用船料も高止まり。これらはすべて、市場価格には含まれない「物流コスト」です。
上乗せ③ ── 円安の進行
ナフサ価格は基本的にドル建てで取引されます。ドル建てで$1,043→$767と下がりました。ただ、その間の為替を見ると、2026年5月16日に1ドル158.45円だったのが、6月3日には159.69円とさらに円安が進みました。円ベースで見ると、市場価格の下落分の一部を為替が相殺している格好です。さらに輸送費・保険料もドル建てなので、円安は実需者の負担を底支えする方向に効いています。
上乗せ④ ── 軽質ナフサの「使いこなしにくさ」
これが最も見落とされがちで、しかも本質的な要因です。
日本の石油化学プラント(ナフサクラッカー)は、長年にわたって中東産ナフサの組成を前提に設計・運用されてきました。配管・熱交換器・分離塔・副生物処理設備のすべてが、中東産特有の性質に合わせて最適化されています。
一方、代替調達の主力となっている米国産ナフサはシェールガス由来で軽質(ライト)寄り、ロシア・カザフスタン産は重質寄りで、いずれも中東産とは性質が異なります。同じ1トンを買っても、得られる派生品(エチレン・プロピレン・芳香族など)の構成比率が変わるためです。結果的に「欲しい量の派生品を得るために、より多くのナフサを買う/別ルートから補完調達する」必要が出てきます。
これは市場価格には現れない「実質コストアップ」です。さらに、設計外の組成のナフサを処理すると、プラントの熱バランス管理が難しくなり、安全運転のために稼働率を落とさざるを得ない側面もあります。4月のエチレン稼働率67.3%(過去最低)には、原料調達難だけでなく、この「組成ミスマッチによる安全運転」という技術的な制約も影響していると考えるのが現場感覚に近いでしょう。
市場価格の数字だけ見て「もう大丈夫」と判断するのは早計です。実需者の現場では、①長期契約プレミアム、②海上輸送費・戦争保険料、③円安、④軽質ナフサの使いこなしにくさ── これら4つの上乗せで、依然として高水準のコストが続いています。むしろ、これら4要因による実コスト圧迫は、川下への価格転嫁圧力として遅効的に効いてくる可能性が高い、というのが業界関係者の共通認識です。
価格が下がったのに、なぜ商品はまだ値上がりするの?元の「よくある質問」の1問
2026年6月3日時点でナフサ国際価格は1トン767ドルと、5月16日($1,043)から約26%下落しました。しかし、実需者が払う実質的なコストは依然として高水準です。理由は4つあります。①長期契約のプレミアム上乗せ、②米国・アフリカからの輸送費・戦争保険料、③円安進行、④代替ナフサが日本の設備に合わず効率が悪い、です。さらに、企業がすでに高値で仕入れた在庫を抱えているため、その分を販売価格に転嫁する動きが遅効的にこれから本格化する見通しです。
第6章
暮らしには、どんな影響があるの?── 何がいつまで値上がりするのか
答え:食品包装、食品、洗剤・日用品、住宅設備、建材、自動車部品、梱包資材に広がっています。表の値上げは2026年内続く見通しです。
抽象的な話が続いたので、ここからは「具体的に私たちの生活で何が起きているか」をまとめます。
すでに表れている影響(2026年4〜6月)
※以下は2026年6月25日時点で確認できている影響です。6月14日の米イラン覚書合意(→第7章で詳述)でホルムズ通航は再開方向です。ただ、企業の実購入コストには4つの上乗せ要因が残るため、表に示す値上げは2026年内続く見通しです。
| 分野 | 具体的な影響 | 影響の時期 |
|---|---|---|
| 食品包装 | 食品トレー・弁当容器・ラップ・保存袋が値上げ。包装簡素化PB商品が登場(白黒包装ドンキ水500ml=40円) | 2026年4〜6月から実施中 |
| 食品本体 | 包装資材高騰を理由に、山崎製パンが7月から一部値上げ、オタフクソースが業務用一部商品の販売一時休止 | 2026年7月以降に本格化 |
| 洗剤・日用品 | 洗剤・界面活性剤の原料(酸化エチレン等)が+130円/kgで値上げ。容器コストも上昇 | 2026年5月以降順次 |
| 住宅設備 | TOTO・LIXILがユニットバスを一時受注停止後に再開。給湯器は値上げ実施済(ノーリツ等) | 2026年5月以降 |
| 建材 | 断熱材40%値上げ、塩ビ管・ルーフィング・塗料・シンナーで大幅値上げ実施 | 2026年4〜5月実施済 |
| 自動車部品 | 樹脂・ゴム部品の供給懸念。Oリングやガスケットなど「安価だが代替しにくい小物部品」の不足リスク | 遅効的に2026年後半 |
| 包装資材(物流) | ストレッチフィルム・PPバンド・OPPテープなど梱包資材全般で価格急騰・出荷統制 | 2026年4月から進行中 |
「ステルス値上げ」にも注意
値段が上がるだけではありません。価格を据え置きにする代わりに、内容量を減らす「ステルス値上げ(シュリンクフレーション)」や、詰め替えパックのサイズを縮小するといった形でも家計に影響が及びます。「値段は同じだけど、なんか量が減った気がする」と感じたら、それは気のせいではないかもしれません。
2026年5月の食品値上げは70品目と、4カ月ぶりに100品目を下回りました。ただ、値上げ要因に占める「包装資材」の比率は7割と過去最高水準です。「値上げの数は減ったが、値上げ理由は明確に包装由来に集中している」── これが2026年の特徴です。
第7章
米イラン覚書合意で、何が変わったの?──6月後半の局面転換(6月25日新設)
答え:中東からのタンカーが、日本に来やすくなりました。ただし三菱総研は「対立の一時停止」と評価しており、暮らしの値上げは別の力学で続きます。
本記事を最初に公開した2026年6月4日から約3週間。中東情勢に大きな転換点が訪れました。「もう値上げから解放されるの?」と期待した方も多いかもしれません。本章では、6月14日に合意した米イラン覚書が、私たちの暮らしにどう影響するのか、噛み砕いて解説します。
米・イラン14項目覚書合意 ── タンカーが日本に来やすくなる
2026年6月14日、米国のトランプ大統領は自身のSNSで「イランと戦闘終結で合意した」と発表しました。仲介はパキスタンで、合意文書は通称「イスラマバード覚書」と呼ばれます。100日以上続いた米・イスラエルとイランの軍事衝突に、ようやく一区切りがついた瞬間です。そして6月18日、トランプ大統領とイランのペゼシュキアン大統領がデジタル署名する形で、覚書は正式に発効しました(G7サミット会期中)。
(1) 米国の海上封鎖解除(30日以内)── イラン石油が市場に戻る土台に。
(2) イランによるホルムズ海峡の機雷除去(30日以内)── 海峡の物理的な航行安全が回復していく。
(3) 60日間ホルムズ海峡の通行料無料── タンカーが安心して通れる期間が確保される。
(4) イランの石油輸出再開── 世界の原油供給が増え、ナフサ・石化原料の上昇圧力が和らぐ。
残り10項目には、核問題、制裁解除の最終的な形、凍結資産(米国制裁で使えないイラン海外口座)へのアクセス回復、国連による覚書承認など、長期的に時間がかかる課題が含まれます。
つまり簡単に言えば、中東からのタンカーが日本に来やすくなるということ。実際、6月19日には日本向けを含むタンカー6隻のホルムズ通過が確認されました。原油はWTI(ニューヨーク原油先物)が一時前週末比6%安の1バレル80ドル近辺と、3月10日以来の安値になりました。北海ブレント原油も83ドル台と4%下落しました。最高値(4/7 144.42ドル)から見ると4割以上の下落です(日経6/19報道)。高市総理は翌日6月15日の記者会見で「事態の収束に向けた大きな一歩として歓迎したい」と表明しました。
赤澤経産大臣「ナフサは7月に前年並みの生産量に戻る」
もうひとつ、暮らしに直結する重要な発言が6月2日にありました。赤澤亮正経済産業大臣が記者会見で、「ナフサは定期修理の集中期間が終了することで、7月に前年並みの生産量に戻る」との見通しを示したのです。
これは「日本国内の製油所が、定期点検から復帰してナフサをしっかり作れるようになる」という政府の公式メッセージです。本記事第3章で触れた「精製プロセスの優先順位(=物理的な目詰まり)」が、7月以降に解消方向に向かう可能性が示された形です。
三菱総研の警鐘 ── 「対立の一時停止、本質は60日後への先送り」
覚書合意の翌週、6月19日、三菱総合研究所はコラム「危機の先延ばし 米・イラン覚書14項目の意味するもの」で、覚書を冷静に分析しています。
「覚書の内容を精査すると、この文書が実現したのは和平ではなく対立の一時停止であり、その本質は問題の解決ではなく問題の先送りにある。核問題・地域安全保障・制裁解除の最終形などの本質的な課題は今後の交渉に委ねられ、最も難しい問題は60日後(=2026年8月中旬)へ先送りしたという構図」
「60日後」というのは、覚書の通行料無料措置が終わる2026年8月中旬のことです。その時点で核問題・制裁解除の議論が決裂すれば、ホルムズ通航は再び緊張に晒される可能性があります。実際、6月20-21日にもイラン側が「レバノン停戦違反」を理由にホルムズ再封鎖を主張する場面があり、状況は一直線には進んでいません。
なぜ覚書合意でも値上げは続くのか
ここが、本記事の核心です。「中東情勢が落ち着いたなら、もう値上げから解放されるはず」── そう思いたくなりますが、答えは「NO」です。理由は3つあります。
| 視点 | 6月25日時点 | 暮らしへの影響 |
|---|---|---|
| ① 市場価格の落ち着き | 部分的に進行中 | 原油・ナフサ市況は下落。ただし60日後(8月中旬)の交渉次第で反転リスク。 |
| ② 企業が払う実際のコスト | 高水準が続く | プレミアム・輸送費・円安・組成違いの4要因は覚書だけでは解消せず(第5章参照)。 |
| ③ 需要構造の復元 | 長期化 | 5月以降の「需要破壊」で消えた需要は、中東情勢が安定してもすぐには戻らない。 |
つまり、覚書合意は「中東情勢の一時的な落ち着き」をもたらしました。けれど、私たちが日々向き合っている食品・包装・洗剤・住宅資材の値上げは、別の力学で続いていくということです。
覚書合意・タンカー6隻通過・赤澤大臣「7月前年並み」発言は、確かに「大きな一歩」(高市総理)です。しかし三菱総研の指摘通り、本質は「対立の一時停止、60日後への先送り」。市場価格は落ち着いても、私たちが日々の買い物で目にする値上げは、企業の実購入コスト・需要構造の変化を理由にしばらく続きます。2026年初頭の「中東に頼り切った供給構造」へは戻らず、「新しい正常状態」へゆっくり移っていく──そう読むのが現実的です。次の章では、この見通しの中で家計を守るための具体的なポイントを紹介します。
6月14日の米イラン覚書合意で、もう値上げは終わるの?元の「よくある質問」の1問
残念ながら、覚書合意は「重要な一歩」ですが「値上げの終わり」ではありません。理由は3つあります。まず、覚書14項目のうち暮らしに直結する4項目(米国の海上封鎖解除30日以内・イランの機雷除去30日以内・60日間ホルムズ通行料無料・イランの石油輸出再開)は短期的に動き出しますが、核問題・制裁解除・凍結資産アクセス回復など本質的な課題は今後の協議に委ねられました。三菱総合研究所は6月19日に「和平ではなく対立の一時停止、本質は情勢の60日後への先送り」と慎重に評価しています。第二に、企業が払う実際の購入コストには、覚書合意だけでは解消しない4つの上乗せ要因(プレミアム・輸送費・円安・組成違い)が残ります。第三に、5月以降の需要破壊で消えた需要構造は、中東情勢が安定してもすぐには元に戻りません。覚書合意は「2026年初頭の中東依存構造への完全復帰」を意味するのではなく、「新しい正常状態」へゆっくり移行する一里塚と考えるのが現実的です。
第8章
家計を守るために、何ができるの?
答え:買いだめを控える、代替品に切り替える、包装簡素化PB商品を使う、住宅設備は早めに判断する、一次情報で確かめる、の5つの視点があります。
「では、私たちにできることは何か?」── 専門的な解決策ではなく、暮らしの中で取り入れられる5つの視点をまとめます。
家計を守る5つのチェックポイント
- 買いだめは控える:投機的な買い占めはむしろ需給を悪化させ、品薄を加速します。「何かが品切れになる」というニュースを見ても、必要量を見極めて落ち着いて行動を。
- 代替品への切り替えを検討する:プラスチックラップ→ガラス容器・蜜蝋ラップ、使い捨て容器→繰り返し使えるタッパー、ペットボトル飲料→水筒など。環境負荷低減にもつながります。
- 包装簡素化PB商品の活用:ドンキやスーパー系の白黒包装PB水(500ml=40円など)が登場しています。「ブランド料」「凝った包装」を払わない選択肢が増えていることを知っておくとよいでしょう。
- 住宅設備・修繕は早めに判断:給湯器(ノーリツ等)・断熱材は値上げが継続。修繕予定があるなら、価格動向と工事業者の納期を確認して、計画的に動くことが大切です。
- 情報源は一次情報で確認:報道は要約・速報なので、可能なら経産省・帝国データバンク・石化協などの公式発表を確認。SNSの「品切れ情報」だけで判断しない姿勢が、無用な不安・買い占めを防ぎます。
「焦って動く」より「冷静に把握する」
過去のトイレットペーパー騒動・マスク不足の経験からも分かるように、「みんなが焦って動く」と問題は悪化します。実際、政府が「日本全体としては必要な量を確保できている」と公式に表明している以上、すぐに何かが完全に消えるという段階ではありません。
大事なのは、「値上げが続く理由を理解した上で、生活設計を調整していくこと」です。家計簿を見直し、「ペットボトル飲料の購入頻度を減らす」「使い捨て容器より繰り返し使えるものを選ぶ」といった日々の選択が、長期的に家計を守ります。
第9章
これからどうなる?── 終息の見通し
答え:専門家の見立てでは、2026年内は高止まりし、本格的な落ち着きは2026年末〜2027年前半と見られています。
専門家の見立てでは、ナフサ不足による値上げ局面は2026年内は高止まり、本格的な落ち着きは2026年末〜2027年前半と見られています。中東情勢が改善(覚書合意)したとしても、次の3つの時間軸を経る必要があるためです。
3段階の回復タイムライン
- 手順1 中東産ナフサの輸送再開(2〜3ヶ月のタイムラグ)
ホルムズ海峡が通行可能になっても、タンカー手配・契約・輸送に2〜3ヶ月かかる。覚書の機雷除去・封鎖解除も30日以内に完了が目標。 - 手順2 国内クラッカーの再稼働(約1ヶ月)
減産・停止中のエチレン製造プラントの再稼働には、1ヶ月以上の準備期間が必要。赤澤大臣発言の「7月前年並み」もこの流れ。 - 手順3 最終製品までの流通(数ヶ月)
原料 → 樹脂 → 包装材 → 最終製品まで、サプライチェーン全体を通過するのに数ヶ月。
ただし、情勢悪化後も「以前と同じ」には戻らない
もう一つ重要なのは、ナフサショックを契機に、日本の化学業界が大規模な構造再編に踏み切ったことです。2026年5月12日、旭化成・三井化学・三菱ケミカルの3社が「西日本エチレンJV」設立で基本合意しました。水島から大阪OPCへエチレン生産を集約し、現在の95.1万トン体制を45.5万トン体制(約52%減)に縮小する方針を発表しました。
つまり、情勢が落ち着いても、日本のプラスチック原料生産能力はこれまでより小さくなる方向に動いています。これは「再生プラスチック・PCR材(消費後リサイクル原料)・PIR材(産業内リサイクル原料)」の活用が、選択肢ではなく必須になることを意味します。
1. ナフサ国際市況の動き:今後さらに下がるのか、需給の引き締まりが再燃して反転するのか。第4章で示した価格推移の続きを追ってください。
2. エチレン稼働率の回復:第3章・第4章で触れた稼働率が、赤澤大臣の見通し通り7月以降に回復していくかが、需給正常化の鍵です。
3. 食品値上げ理由の「包装資材」比率:第4章で触れたこの比率が下がれば、ナフサ由来のコスト圧力が家計から離れたサインです。
プラスチックを減らせば問題は解決するの?元の「よくある質問」の1問
長期的には方向性として正しい選択ですが、すぐの解決にはなりません。現代社会のプラスチック依存度は極めて高く、医療(点滴バッグ・注射器)、食品衛生(衛生包装)、自動車(軽量化部品)、家電・住宅まで、簡単に減らせる用途と減らせない用途があります。一方、再生プラスチック(PCR材・PIR材)の活用は今回の情勢の変化を契機に大きく前進しています。容器包装リサイクル法に基づく再生材(R-1材)の需要が高まり、価格競争力も向上しています。「使い捨てを減らす」「再生プラ製品を選ぶ」「分別回収に協力する」── 日常の小さな選択が、長期的な解決につながります。
家でできること
- 買いだめは控え、必要量を見極めて落ち着いて行動する
- ラップはガラス容器・蜜蝋ラップ、使い捨て容器はタッパー、ペットボトル飲料は水筒に
- 白黒包装PB水など、包装簡素化PB商品も選択肢にする
- 修繕予定があるなら、価格動向と工事業者の納期を確認して計画的に
- SNSの「品切れ情報」だけで判断せず、公式発表で確かめる
詳しい解析記事は「2026年ナフサショック総論」もご覧ください。
よくある質問
ナフサとは何ですか?簡単に教えてください。
ナフサ(粗製ガソリン)は、原油を精製するときに得られる無色透明の液体です。ガソリンや灯油の仲間ですが、燃料として燃やすのではなく、プラスチック・合成繊維・合成ゴム・塗料・洗剤・接着剤など、現代生活のあらゆる化学製品の『出発点』となる重要な原料です。スーパーの食品トレー、ラップ、ペットボトル、洗剤の容器、衣服のポリエステル、断熱材、ボールペン、家電の樹脂部品など、私たちが日常で目にするモノの半分以上が、もとを辿ればナフサに行き着きます。日本はナフサの約7割を中東から輸入してきました。
なぜ2026年にナフサが不足しているのですか?
2026年2月末、米国・イスラエルによるイラン攻撃を端緒に、世界のエネルギー輸送の大動脈であるホルムズ海峡が事実上の封鎖状態になりました。日本は原油の約9割を中東から輸入しており、その大半がこの海峡を通過していたため、ナフサの供給網が大きな打撃を受けました。政府は国家備蓄の放出や米国・中南米・アフリカからの代替調達を急いでいますが、輸送距離の長期化・輸送コストの高騰・組成の違いなどから、需給と価格が不安定な状態が続いています。6月14日には米・イラン両国が14項目の覚書(イスラマバード覚書)で合意し、6月19日には日本向けを含むタンカー6隻がホルムズ海峡を通過するなど、ようやく一区切りが見えはじめましたが、根本的な解決はこれからです。
私たちの暮らしには具体的にどう影響していますか?
影響はすでに広範に及んでいます。①食品包装:スーパーの精肉・鮮魚トレー、コンビニ弁当容器、ラップ、食品保存袋などが値上げ・縮小傾向。②飲料:ペットボトル原料も影響を受け、一部メーカーは包装簡素化(白黒印刷のPB商品など)で対応。③日用品:洗剤・シャンプー・化粧品の容器、衣類のポリエステル繊維などにコスト圧力。④住宅:断熱材・塩ビ管・塗料・ユニットバス・給湯器などが値上げまたは受注一時停止。⑤自動車部品:ゴムパーツ・樹脂部品の供給に懸念。帝国データバンクは2026年5月の食品値上げ要因として『包装資材』が7割と、集計開始(2023年)以来最高比率に達したと公表(日経5月30日報道)。山崎製パンは7月から一部値上げ、オタフクソースは一部業務用商品の販売を一時休止しています。
政府が言う『目詰まり』とは何ですか?
経済産業省は2026年4月14日、『日本全体としては必要な量を確保できているが、流通の目詰まり解消が課題』と表明しました。これは『日本の倉庫の中には合計ではナフサがあるが、必要な人・場所には届いていない』という状態を指します。原因は3つあります。①精製プロセス:政府が緊急時はガソリン優先の精製を求めるため、ナフサとして取り出せる量が減少。②補助金制度:ガソリンには170円超過分への政府補助があるが、ナフサには補助がなく、製油所は『儲かる燃料』を優先する経済合理性。③在庫の偏り:精製メーカー・石化メーカー・商社の各段階で『自社用に確保』する動きが相次ぎ、市場で自由に売買できる『フリー在庫』がほぼゼロに。これら3つが重なって、量はあるのに現場に届かない状態が続いています。
5月以降ナフサ価格が下がったと聞きました。もう情勢は終わりですか?
残念ながら、情勢は終わっていません。2026年5月16日時点で1トン1,043ドルだったナフサ国際市況は、6月3日時点で767ドルへと約26%下落しました(大景化学公表データ)。しかしこの下落は『供給が回復したから』ではなく、価格が高すぎて『買えない/買い控え』が広がった結果、つまり『需要破壊(demand destruction)』が起きたためです。さらに、市況の数字と実需者が実際に払う価格は別物です。実購入価格には①長期契約のプレミアム上乗せ、②海上輸送費・戦争保険料の高騰、③円安進行、④代替調達ナフサの組成違いによる隠れたコスト増、の4つが上乗せされており、企業の現場では依然として高水準のコストが続いています。
6月14日の米イラン覚書合意で情勢は収束しますか?
重要な一歩ですが、収束ではありません。2026年6月14日、米・イラン両国はパキスタンの仲介で14項目の覚書(イスラマバード覚書)に合意、6月18日にトランプ大統領とイランのペゼシュキアン大統領のデジタル署名で正式発効しました。14項目には『米国の海上封鎖を30日以内に解除』『イランによる機雷除去を30日以内』『60日間ホルムズ海峡通行料無料』『イランの石油輸出再開』など、暮らしに直結する4項目が含まれています。6月19日には日本向けを含むタンカー6隻のホルムズ通過が確認、原油WTIは80ドル近辺と衝突前水準に近づきました。一方で、6月19日に三菱総合研究所は『これは和平ではなく対立の一時停止であり、本質は情勢の60日後への先送り』と慎重に評価しています。核問題・制裁解除・凍結資産アクセス回復など本質的な課題は今後の協議に委ねられており、60日後(2026年8月中旬)の通行料無料措置終了に向けて再緊張のリスクが残っています。
値上げはいつまで続きそうですか?
情勢次第ですが、複数の専門家は『2026年内は高止まり、本格的な落ち着きは2026年末〜2027年前半』との見方を示しています。中東情勢が改善したとしても、(1)中東産ナフサの供給再開まで2〜3か月のタイムラグ、(2)国内の石油化学プラント(ナフサクラッカー)の再稼働まで1か月以上、(3)樹脂・包装材・最終製品までの流通には数ヶ月、と段階的な時間がかかります。6月2日には赤澤亮正経済産業大臣が『ナフサは定期修理集中期間終了で7月に前年並みの生産量に戻る』との見通しを示しましたが、これは国内製油所での生産量の話で、実際に企業が払う実購入コストはプレミアム・輸送費・円安などの上乗せ要因が残るため、すぐには下がりません。さらに、5月12日に旭化成・三井化学・三菱ケミカルの3社が『西日本エチレンJV』設立で合意し、生産能力を約52%縮小する方針を発表するなど、構造的な再編が進んでおり、情勢収束後も日本のプラスチック原料生産は以前と同じ水準には戻りません。
家計を守るために何をすればよいですか?
①値上げ品目の早めの買いだめは避ける:投機的な買い占めは需給を悪化させ、品薄を加速します。②代替品への切り替え:プラスチックラップ→ガラス・蜜蝋ラップ、使い捨て容器→繰り返し使える容器など。③簡素包装PBの活用:ドンキやスーパー系の白黒包装PB水(500ml=40円など)が登場しており、包装簡素化で値段を抑えた商品が選択肢に。④住宅設備・断熱材の工事は早めの判断を:給湯器・断熱材は値上げ・受注停止が継続。修繕は計画的に。⑤情報源を一次情報に:報道だけでなく、業界団体・政府機関の公式発表で動向を確認することが大切です。
ナフサとガソリンは何が違うのですか?
ナフサとガソリンは、いずれも原油を精製したときに得られる液体で、見た目もよく似ています。違いは『使い道』です。ガソリンは車を走らせる燃料、ナフサはプラスチックや化学製品の原料になります。原油を精製するとき、温度管理によって両者の割合を微調整できますが、社会インフラ維持のため有事には自動車燃料が優先されます。政府の緊急的激変緩和措置でガソリンには補助金が出る一方、ナフサには補助がないため、製油所には『ガソリンを多めに作る』経済的インセンティブが働きます。これが、政府の言う『目詰まり』の重要な原因の一つです。
プラスチックパレット株式会社はなぜこのテーマで発信しているのですか?
当社は千葉県を拠点に全国へプラスチックパレット・再生プラスチック原料・物流資材を扱う卸売・販売事業者です。プラスチックパレットは物流の基盤資材で、その原料はポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)── すなわちナフサから作られる樹脂そのものです。プラスチックパレットは国内物流だけでなく、食品・自動車部品・化学製品・電子機器など、さまざまな日本製品を海外へ輸出する際の梱包・輸送基盤としても広く使われており、輸出貨物と一緒に世界中の港湾を行き来しています。当社は日々、国内外の樹脂メーカー・成形メーカー・物流現場と直接やり取りをしているため、化学メーカーの現状(稼働率の変化、リードタイムの伸び、価格改定のタイミング)や、輸出入物流の温度感(コンテナ運賃・港湾の混雑・輸送日数の長期化)を、報道ベースではなく現場ベースで把握できる立場にあります。さらに、再生プラスチック原料(PCR材・PIR材・容器包装リサイクル法に基づくR-1材など)を扱うことで、新品樹脂の需給が引き締まる局面を補完する循環型の流れにも関与しています。こうした実需者としての日々の経験を踏まえ、業界一次情報を読み解き、現場感覚で発信することで、製造業の購買担当者から一般生活者まで、サプライチェーンの実像を理解する助けになればと考えています。
出典・エビデンス一覧(6月25日更新)21件(公的機関7・報道や企業14)
- 経済産業省 資源エネルギー庁(2026年4月14日) ── 「ナフサ供給目詰まり」公式表明・国家石油備蓄放出に関する発表。
- 首相官邸(2026年4月10日) ── 高市首相による国家石油備蓄追加放出(約20日分)決定。
- 石油化学工業協会(2026年5月21日) ── 4月エチレン稼働率67.3%(過去最低、44カ月連続90%割れ)発表、工藤幸四郎会長記者会見。
- 日本経済新聞(2026年5月21日) ── 「『ナフサはお金を出せば確保できる』化学大手が悩む高値在庫リスク」。
- 日本経済新聞(2026年5月27〜28日) ── 「米国からのナフサ輸入5倍に 中東情勢で調達シフト、相場は3割高」(Kpler船舶追跡情報)。
- 日本経済新聞(2026年5月30日) ── 「ガソリンとナフサ、値動き『ワニの口』」「食品値上げラッシュ、ナフサ不足で6月にも再燃」「ドンキが白黒包装の低価格PB」。
- 帝国データバンク「ナフサ関連製品サプライチェーン動向分析調査」(2026年4月17日) ── 全国製造業4万6,741社の調達リスク試算。
- 化学工業日報(2026年3月18日/4月30日) ── ナフサ市況推移・国産ナフサ基準価格予測。
- 大景化学株式会社「ナフサ価格推移表」(2026年5月16日/6月3日時点) ── 国際市況・為替・国産ナフサ価格指標。
- 三協化学株式会社(2026年6月2日) ── 「中東情勢に伴う一部製品の新規受付再開」案内。
- 旭化成株式会社(2026年5月12日) ── 水島事業所生産体制見直し・西日本エチレンJV基本合意発表。
- 三菱ケミカルグループ「2026年3月期決算」(2026年5月13日) ── 27年3月期180億円下振れリスク開示。
- 日本ポリエチレン株式会社「ポリエチレンの価格改定について」(2026年5月18日プレスリリース)。
- 財務省貿易統計・石油化学工業協会ウェブサイト ── ナフサ輸入国別構成(中東依存度7割)。
- JUNlogistics-today「赤澤経産大臣記者会見」(2026年6月2日) ── 赤澤亮正経済産業大臣が「ナフサは定期修理集中期間終了で7月に前年並みの生産量に戻る」との見通しを表明。
- JUN厚生労働省「中東情勢による価格高騰等に伴う事業活動縮小、休業で雇用調整助成金の活用案内」(2026年6月3日告知)。
- JUN米・イラン両政府「14項目覚書(イスラマバード覚書)」(2026年6月14日合意・6月18日デジタル署名で正式発効) ── 仲介国パキスタン。米国の海上封鎖30日以内に解除、イランの機雷除去30日以内、60日間ホルムズ海峡通行料無料、イランの石油輸出再開を含む。
- JUN首相官邸「高市内閣総理大臣記者会見」(2026年6月15日) ── 米イラン覚書合意について「事態の収束に向けた大きな一歩として歓迎」と表明。
- JUN日本経済新聞「日本向けなどタンカー6隻ホルムズ通過 原油4%安で衝突前水準近づく」(2026年6月19日) ── WTIは一時前週末比6%安の80ドル近辺と3月10日以来の安値、Brent 83ドル台と4%下落。最高値(4/7 144.42ドル)から4割以上の下落。
- JUN三菱総合研究所「アメリカとイスラエルによるイラン攻撃⑦ 危機の先延ばし 米・イラン覚書14項目の意味するもの」(2026年6月19日掲載コラム) ── 「和平ではなく対立の一時停止」「核問題・地域安全保障・制裁解除の最終形は今後の交渉に委ねられた」「最も難しい問題は60日後へ先送りした」との慎重評価。
- JUNNHK・Bloomberg(2026年6月20-21日) ── 6/20 NHK「船舶通過の動きはあるが戦闘開始前に比べると低調」。6/21 Bloomberg「ホルムズ海峡原油輸送、イランの再閉鎖表明後も続く」。週末を通じて約800万バレル分のタンカー5隻が通過。6/21にスイスで覚書署名後の初協議開始(NHK)。
免責事項
本記事は2026年6月4日公開・2026年6月25日最終更新時点の一次情報・公的機関・業界各社の公式発表を基に、一般読者向けにわかりやすく解説したものです。情勢は日々変動しており、最新の情報は引用元の公式発表をご確認ください。本記事の情報に基づく経済的判断・購買判断については、最新情報・専門家の助言を得た上で行ってください。JUNタグ=6月以降に取り込んだ新しい出典として識別表示しています。
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