ナフサ・クライシス2026
「プラスチック文明」の基盤が揺れる
製造・調達・代替技術と広範な産業波及
エネルギー・素材・産業波及 専門レポート Vol.1
2026年2月28日、中東紛争でホルムズ海峡が事実上封鎖。シンガポール・ナフサは3月25日1,000ドル/MT突破(2月27日比+56%)、国内民間在庫20日分、エチレン12基中6基減産、21業種に波及。5/12 旭化成・三井・三菱が西日本エチレンJV出資比率45/45/10合意、能力30%カット・FY2030統合確定。5/16最新版TOP20。
ナフサ・クライシス2026 ―― 「プラスチック文明」の基盤が揺れる
2026年2月末に勃発した中東紛争はホルムズ海峡を事実上封鎖し、日本・アジアの石油化学産業に「ナフサ・ショック」をもたらした。国内ナフサ民間在庫はわずか20日分。エチレン設備の半数が減産に追い込まれ、自動車・医療・農業・半導体材料まで21の産業中分類に影響が波及している。Discovery Alert(2026年5月12日)によれば、5月上旬時点でホルムズ海峡は現代史上最長の封鎖状態にあり、1973年OPECオイルショックや1979年イラン革命を上回る規模のバレル数が世界供給から失われている。
本稿は2026年4月15日時点の重要ニュースTOP20を、製造・調達・代替技術・産業波及の4軸でプロフェッショナルに整理・考察したうえで、5月16日時点までの最新動向を本文に統合した完全アップデート版である。個別資材の詳細な動向は、建材有事・シーリングショック・シンナー目詰まりなどの個別レポートで詳述している。
価格高騰と市場構造の崩壊
シンガポール市場でナフサが1,000ドル台突破 — 2月末から約1.6倍に急騰し、プラスチック全バリューチェーンに衝撃波
2026年2月28日に始まった中東軍事衝突を起点に、シンガポールのナフサスポット価格は3月25日に1,000ドル/MT台に到達した。4月1日時点では917ドル(約14万5,800円)と依然高水準で推移しており、2月27日比で約60%上昇している。米国化学会の業界誌C&EN(2026年3月17日)は、石油化学アナリスト川上正則氏の発言として、ナフサ価格が3月6日のメートルトンあたり776ドルから1週間後には1,000ドルを突破したと記録しており、わずか7日間でエチレン・プロピレン価格が大幅に押し上げられたことを示している。この価格上昇は、エチレン・プロピレン・ブタジエン・BTX(ベンゼン・トルエン・キシレン)などすべての石化基礎原料のコストを押し上げ、ポリエチレン・ポリプロピレン・PVCなどの汎用樹脂価格にも波及している。日本経済新聞(2026年4月15日)によれば、汎用合成樹脂の取引価格は3月比3割上昇し、食品包装材を中心に値上げが加速しつつある。
フォルモサ・プラスチックスがエチレン下流製品でフォースマジュール宣言 — インドのPVC価格が3月だけで78%上昇、アジア域内の樹脂需給が連鎖的に崩壊
台湾フォルモサ・プラスチックスは4月1日付でエチレン下流の複数製品についてフォースマジュール(不可抗力)を宣言。住友化学グループのシンガポール子会社PCS(年産能力110万トン)もフォースマジュールを発動し、さらにメタクリル酸メチル(MMA、アクリル樹脂原料)へと不可抗力宣言の連鎖が川下へと広がった。C&EN(2026年3月17日)の追加報告によれば、台湾石油化学(フォルモサ・プラスチックス・グループ傘下)も3月10日にフォースマジュールを宣言、麦寮コンビナートの2基あるエチレン装置の片方が停止リスクに直面している。韓国では麗川NCC(Yeochun NCC)が先行してフォースマジュールを宣言、Lotte ChemicalとLG Chemも追随警告を発した。中国ではShellと中国海洋石油(CNOOC)の合弁惠州エチレンクラッカーが停止に追い込まれ、3月5日からポリエチレン出荷を無期限停止。万華化学(Wanhua Chemical)も3月6日にTDI・MDI(ポリウレタン中間体)のフォースマジュールを宣言した。PVC需要の主要拠点であるインドでは3月の国内価格が78%急騰した。こうした連鎖は、スポット市場の機能不全を招いており、「価格」以上に「現物確保の可否」そのものが経営リスクの核心となりつつある。
供給構造の脆弱性と生産停止リスク
市場は、ナフサ供給が止まった場合の連鎖的インパクトをまだ織り込んでいない。日本は非常に脆弱だ。コロナと同様の事態になりかねない
— Mateen Chaudhry, BCMG Managing Director(Bloomberg, 2026/3)
日本のナフサ民間在庫はわずか20日分 — 原油254日の国家備蓄と対比される制度的欠陥。中東依存度は2020年比で53%→74%に急上昇
日本は原油の国家備蓄を254日分保有するが、ナフサは国家備蓄制度の対象外で民間在庫は約20日分しかない。2020年時点では中東からのナフサ輸入依存度は53.1%だったが、2024年には73.6%に急上昇した。米国化学会C&ENの分析(2026年3月17日)も、日本がナフサ供給の60%以上を輸入に依存し、輸入分の約70%が中東産であることを確認している。石油化学協会の統計によると、日本のエチレン原料の95%以上をナフサが占めるが、米国(シェール由来エタンが主体)や欧州(LPGを一定活用)と比べ突出した一本足構造だ。「縦割り行政の盲点」として、石油会社が輸入する原油は国が守るが、石油化学メーカーが輸入するナフサは同じ中東依存でも誰も守らない状況が今次危機で露わになった。「4ヶ月分確保済み」の数字に隠れた構造的問題はナフサ備蓄4ヶ月の陰で進む石化産業の構造的敗北で詳述している。
国内エチレン12基中6基が減産継続 — 出光興産・三菱ケミカル・三井化学が相次いで生産調整、5月12日には旭化成・三井・三菱が西日本エチレンJV出資比率45/45/10で正式合意
2026年3月初旬から国内エチレン設備の半数が減産を開始し、4月15日現在も通常稼働は3基のみ(残3基は定期修理中)。三菱ケミカルは3月6日から鹿島事業所と水島AMECクラッカー(旭化成との共同保有)でエチレン減産を開始(Argus Media 2026/3/12)。Resonacの子会社クラサスケミカルは年産61.8万トンのナフサクラッカーを2月から定期修繕で停止中だ。出光興産は徳山事業所(年産能力62万トン)・千葉事業所(同37万トン)の2拠点で停止可能性を取引先に通知済みで、国内エチレン生産能力の16%に相当する。石油化学工業協会・工藤会長(旭化成社長)は当初「4月は稼働を維持できる」と述べていたが、5月12日の旭化成記者会見で同社長は「日本のナフサクラッカーは損益分岐となる90%稼働を44ヶ月連続で下回り、直近は70%台にとどまっている」と発言。各社は最低稼働率の60〜70%を下回らないよう調整を続けており、2月のエチレン稼働率75.7%は協会が好不況の目安とする90%を43カ月連続で下回っている状態だ。さらに重大な転換点として、5月12日に旭化成・三井化学・三菱ケミカルの3社が西日本エチレン統合JV出資比率を三井45%・三菱45%・旭化成10%とすることで正式合意した(旭化成プレスリリース 2026/5/12)。2030年に水島のAMECクラッカーを停止し、大阪・高石市のOPC(大阪石油化学)クラッカーへ集約。さらに2034年からは旭化成の「Revolefin」技術を用いてバイオエタノールから低炭素エチレン・プロピレンを共同商業生産する方針が確定した。中東インフラの物理的な被害状況は中東エネルギーインフラの崩壊と「失われる5年間」を参照。
緊急調達の多角化と政府対応
日本政府、4月の中東域外ナフサ調達を通常比2倍の90万KLに拡大 — 米国(30万KL含む)・アルジェリア・豪州・ペルーなど新規サプライヤー開拓、5月60%・6月70%カバーへ
経産省の細川成美危機管理副局長は、中東域外からの月間ナフサ調達量を通常の45万キロリットルから倍増させ90万キロリットルに引き上げると発表。米国産30万KLを含め、アルジェリア・豪州・インド・ペルー・ナイジェリア・アンゴラへの調達接触を本格化している。高市早苗首相は4月5日、少なくとも4カ月分のナフサ需要を確保済みと公表(国内精製由来2カ月分+ポリエチレン等の中間化学品在庫2カ月分)。5月1日の関係閣僚会議では、高市首相がさらに踏み込み「ナフサ系化学品の安定供給は年末以降も見通せる」と表明。経産省は3月24日の第1弾国家石油備蓄放出(1ヶ月分)に続き、5月にも第2弾を実施し、5月14日時点で備蓄残量は約206日分となった。News on Japan(2026年5月14日)によれば、ホルムズ海峡封鎖の継続を受け、中東域外からの代替調達は5月需要の約60%、6月需要の約70%をカバーする見通しとなっている。ただし米メキシコ湾からのタンカーは通常の2倍の45日を要し、コスト面・納期面の制約が課題として残る。
韓国政府がナフサ輸出規制と尿素買い占め禁止を発動 — 25兆ウォン「戦時補正予算」で3段階シナリオ対応、ナフサ供給は80%まで回復
韓国は3月末、ナフサを「経済安全保障上の重要品目」と位置づけ輸出規制を実施。高コストでの海外調達への補助支援と備蓄の優先配分を通じて、医療・重要産業・生活必需品への供給継続を図る方針を示した。コ・ユンチョル副首相は「政府は経済戦時状況の重大性を認識し、最悪シナリオにも備える」と述べ、25兆ウォン(約166億ドル)の補正予算を4月中に実施すると発表。4月12日時点のキム・ジョングァン産業通商資源部長官の発言では、原油輸入量は通常水準の80%を確保、ナフサ供給も80%まで回復しつつあるとしている。
IEA緊急レポート:2025年のホルムズ経由石化フィードストック輸送は世界石化市場の4分の1 — 5月時点で「現代史上最長の封鎖継続」、世界供給の約11%がオフラインに
IEAが3月12日に公表した緊急石油市場レポートは、2025年のホルムズ海峡経由輸送が石油製品換算で日量400万バレル超に上り、世界石化市場の約4分の1を占めることを明示した。LPGで日量150万バレル、ナフサで同120万バレルが東アジアの石化コンビナートに向かっていた規模の供給が途絶した。封鎖後、中国・韓国・インドネシア・シンガポールの石化プラントが大幅な稼働率削減またはフォースマジュールを宣言したと記録している。また、LPG・エタン不足の一部は中国国内でナフサ代替使用(年間+9万バレル/日)で補われているとも分析している。Discovery Alert(2026年5月12日)は、5月上旬時点でもホルムズ海峡は「現代史上最長の封鎖が継続」し、1973年OPECオイルショックや1979年イラン革命を上回る規模のバレル数(世界供給の約11%、日量1,000〜1,100万バレル)がオフラインまたは出荷不能の状態にあると報告した。さらにICIS石油・ガス・NGLアナリスト Kojo Orgle氏(World Oil 2026/5/14)は「停戦合意は市場の正常化を意味しない。物理的なタイトネスは封鎖解除後も少なくとも3ヶ月以上は継続する」と警告している。
代替フィードストック技術と構造転換
今次の危機が突きつけた最大の現実は、エタン・LPGへのクラッカー改造には数年規模の設備投資が必要で、バイオナフサや廃プラ熱分解油も現時点では補完的位置づけにとどまるという点だ。しかし今次危機は、これらの技術投資を「環境戦略」から「経済安全保障戦略」へと一気に引き上げるターニングポイントになっている。実際、5月12日の旭化成・三井・三菱の西日本エチレンJV合意も、当初の「カーボンニュートラル戦略」の枠組み下で進められていた統合を、ナフサ・ショックが「経済安全保障の構造再編」として再定位した象徴的事例と言える。
タイ・韓国の石化大手が米国産エタン代替フィードストック採用を加速 — コスト競争力格差が危機対応の突破口に
日経アジア(2026年2月)によれば、タイ・韓国の主要石化メーカーがコスト優位性を持つ米国産エタンの採用計画を加速させている。ナフサ系クラッカーとエタン系クラッカーとのコスト格差(ナフサ‐エタンスプレッド)が拡大する局面では、米国・中東のエタン系プラントが相対的優位に立つ。三井O.S.K.ラインズも、アジアの石化各社からのエタン輸送需要が拡大していることを確認している。今次ナフサ危機は、長年の「いつかエタン転換を」という先送りを、「今すぐ投資判断を」へと転換させる圧力になっている。
Technip Energies、ベトナムLong Son石化のナフサ→エタン転換クラッカー改造を受注 — 世界的にも希少な転換プロジェクト、Q1 2026に契約成立
Technip Energiesはベトナムのロングソン石油化学から、既存のナフサベーススチームクラッカーをエタンフィードストックへと転換する改造エンジニアリング契約を2026年Q1に受注した。同社独自のUltra Selective Conversion(USC)炉設計とHeat-Integrated Rectifier System(HRS)を採用し、エネルギー効率の向上とエチレン回収率の最適化、炭素集約度の大幅低減を目指す。同プロジェクトは近年世界的にも数少ないナフサ→エタン転換案件の一つとして注目され、フィードストック多様化と低炭素化を両立する先行事例となりうる。
アジアのクラッカーが「フレキシブルフィードストック戦略」へ投資加速 — 中国の生き残り3エタンクラッキングプロジェクトが2026〜28年稼働へ
Argus Mediaの報道(2025年9月、APPECカンファレンス)によれば、アジアのクラッカー事業者は単一フィードストック依存を脱却し、エタンとナフサを状況に応じて切り替えられるフレキシブルクラッカーへの投資を本格化している。中国では当初計画の17百万トン/年のエタンクラッキング容量のうち3プロジェクト(計280万トン)が生き残り、2026〜28年に稼働予定。シンガポールのSP Chemicalは中国・江蘇省クラッカーでエタン比率を75%から90%へ引き上げる計画を公表。インドのReliance社は「今回の設備投資は生産量拡大ではなく、フィードストックセキュリティへの投資」と位置づけている。
バイオナフサ(HVO/HEFA副産物)が石化フィードストック代替として本格評価へ — 2026年の世界HVO能力は最大4,000万トン近くへ、三井化学が国内先行
nova-Instituteのレポート(2024年7月)によると、HVO(水素化植物油)製造の副産物として生成されるバイオナフサは、石油系ナフサと同様にスチームクラッカーでエチレン・プロピレン・ブタジエンに転換できる。2026年の世界HVO/HEFA設備能力は計画ベースで最大40百万トンに拡大する。国内では三井化学が2021年12月から大阪工場でバイオマスナフサ由来の化学品・プラスチックの生産を開始しており、マスバランス方式によるトレーサビリティ管理を実装している。さらに5月12日の西日本エチレン統合JV合意では、2034年から旭化成の「Revolefin」技術でバイオエタノールからエチレン・プロピレンを直接製造する商業生産開始が計画されており、バイオベース基礎化学品の量産フェーズが現実化しつつある。今次危機を機に、バイオナフサは「CSR施策」から「原料安全保障オプション」へと評価軸が移動しつつある。
廃プラ熱分解油(PyOil)のケミカルリサイクルが2026年世界年産能力150万トン超へ — 危機が加速させる「循環型ナフサ代替」への制度的投資
nova-Instituteの同レポートは、廃プラスチック・廃タイヤの熱分解油(PyOil)が現在進行中のプロジェクトが予定通り進めば2026年に年産150万トン超の代替ナフサ供給能力に達する可能性を示す。品質の標準化・不純物除去・スケールアップコストが課題であるが、今次危機はケミカルリサイクル投資を加速させる産業的・政策的インセンティブを生み出した。日本でも欧米の先行事例を踏まえた廃プラ→化学品のリサイクル制度整備と投資補助の議論が急務となっている。Specteeの分析でも「バイオエタノール由来の化学品製造や廃プラのケミカルリサイクルは中長期の構造転換として位置づけるべき」としている。
広範な産業波及 ―― 21業種への連鎖構造
石化「連産品」構造がエチレン減産→21業種への波及を引き起こす — 帝国データバンクは全国46,741製造業社に調達リスクと試算(5月14日)
石油化学の最大の特徴は「連産品」構造にある。ナフサ分解炉を動かすと、エチレン・プロピレン・ブタジエン・BTXが同時に生産される。一工程の変化が下流の複数製品ライン全体を一斉に揺るがす仕組みだ。今次危機の波及はおおむね4フェーズで展開する。第1波(燃料)、第2波(日用品・タイヤ)、第3波(衣料・家電)、第4波(建材・医療機器・機能性化学品)という時間差を伴う連鎖が、日本標準産業分類における21の中分類に及ぶ。日本の化学企業は世界シェア60%超の機能性材料を70種超保有しており、これらの生産基盤がナフサ途絶で揺らぐリスクは経済的損失を超えた産業競争力上の問題だ。News on Japan(2026年5月14日)は、帝国データバンクの最新試算として、ナフサ不足による調達リスクが全国46,741社の製造業に及ぶと報じた。京都府の中小製造業を対象とした4月下旬調査では、約80%の経営者が「すでに原材料調達に支障が出ている」と回答し、多くが「材料が単純に入手できない」と訴えている。経産省統計でも3月の化学工業生産は前月比-8.6%・前年同月比-15.1%に落ち込み、エチレン関連工場の稼働率も2-3月と比べ約10%低下したと示されている。
自動車産業:1台あたり数百点の石油化学由来部品が脅威に — PP・合成ゴム・PVC配線被覆・塗料溶剤まで調達リスク拡大
ナフサ由来素材は1台の自動車に数百点以上組み込まれている。ポリプロピレン(PP)はバンパー・内装トリム・エアクリーナーハウジングに、SBR・BRはタイヤ・防振ゴム・ホースに、PVCは電線被覆に、キシレン系溶剤は塗装工程に不可欠だ。日本の自動車メーカーは世界トップクラスのPP消費国であり、今次の石化減産が数週間続けば生産ライン停止リスクが現実化するとアナリストは警告している。Specteeの分析では、製造原価の直接押し上げに加え、1点でも供給途絶が生じれば生産ライン全体が停止するリスクがあるとしている。
医療現場:使い捨て手袋・注射器・透析回路の原料不足が直撃 — ガソリンと違い政府補助の対象外、対策の空白地帯に
医療用品は「使い捨て」を前提とした大量のプラスチック部材に依存している。ナフサ由来のPP・PE・PVC・EVAは手袋・注射器・輸液チューブ・透析回路など病院消耗品の大部分を構成する。これらはガソリンとは異なり政府補助金の適用対象外であり、品目が多岐にわたるため個別補助は現実的ではない。ダイヤモンド・ビジョナリーが指摘するとおり、今次危機では医療現場の消耗品不足が「医療インフラの維持」そのものへの脅威となっている。半導体用ヘリウムの供給不安とあわせ、経済・社会インフラの基盤が同時に揺らいでいる。
建設・住宅産業:断熱材40〜50%・塗料最大80%の価格暴騰 — フクビ化学が全製品供給制限、クボタケミックスが新規注文受付を一時停止
今次ナフサ・ショックの最前線の一つが建設・住宅産業だ。フクビ化学工業は2026年3月26日に全製品の供給制限を発表。断熱材(ネオマフォーム等)で40〜50%の価格急騰が確認されている。信越化学工業・積水化学工業は塩ビ管や樹脂サッシの出荷制限・納期調整を余儀なくされており、クボタケミックスは4月13〜20日の新規注文受付を一時停止した。1棟の新築住宅における原価増は56万円超(全体の約3〜5%増)と試算され、工期遅延が利益率を直撃している。2026年春以降のリフォーム・新築工事費の高騰は、2009年起点の指数が154.6に達した時系列に、今次危機がさらなる押し上げを加える構造だ。建材・設備全体の波及は建材有事から設備有事への拡大で詳述している。
食品・飲料産業:PETボトル・包装フィルムのコスト急騰でサマー値上げラッシュ — TOPPANが仕入れ値2〜3割増を顧客に転嫁、「インクショック」でカルビーが6/25からポテトチップス14品目を白黒パッケージへ
日本経済新聞(2026年4月15日)によれば、TOPPANホールディングスは包装資材の仕入れ値が2〜3割増加しているとして、顧客の食品・日用品メーカーへの値上げ打診を4月21日以降に開始すると表明した。PETボトルの原料であるテレフタル酸(ナフサ→パラキシレン→テレフタル酸の経路で生産)も価格上昇が続いており、夏以降の飲料・日用品の小売価格への転嫁は不可避とみられている。PETボトル飲料の出荷量が最大となる夏季に向け、食品メーカーの在庫積み増し戦略の早急な再設計が求められている。さらに5月に入り中東情勢を端緒とする「インクショック(Ink Shock)」が食品包装業界を直撃。News on Japan(2026年5月14日)によると、カルビーは2026年6月25日からポテトチップスを含む14品目のパッケージを段階的に白黒デザインへ切り替え、印刷で使用する石油由来資材の削減に踏み切る。高知県のある印刷会社は、3月末以降にインク原料の納品が通常の約半分まで減少し、一部の素材は調達自体ができない状況にあると証言している。
半導体・電子材料産業:ベンゼン系フォトレジスト・電池電解質の供給リスクが浮上 — 日本の「機能性化学品70種・世界60%超シェア」が脅威に
ナフサ起源のBTX(ベンゼン・トルエン・キシレン)系中間品からは、半導体リソグラフィ用フォトレジスト、液晶・有機ELの配向膜材料、リチウムイオン電池の電解質(エチレンカーボネート等)が派生する。日本の化学企業はこれらの機能性化学品において世界シェア60%超の品目を70種以上保有しており、石化上流の停滞が技術的に代替困難な精密化学品の供給リスクに直結する。Specteeのサプライチェーン分析は「今回の危機がナフサ問題にとどまらず、日本の産業競争力の根幹への脅威である」と位置づけている。
市場構造・グローバル競争地図の再編
米国エタン系石化の相対的優位が鮮明に — 日本は12基→8基へ大幅再編、5月12日の旭化成・三井・三菱JV合意で能力30%カット・FY2030統合が確定
今次危機で浮き彫りになった最大の構造変化の一つは、ナフサ依存のアジア・欧州系石化メーカーと、シェール由来エタン主体の米国系との間に広がるコスト格差だ。韓国LG Chemは3月に麗水のナフサクラッカー(NCC)を停止した。Polymerupdate.comの分析では、高ナフサコストは「生産コストが仕上がり化学品の市場価格を上回る逆ザヤ」状態を生み出しており、米国系・中東エタン系プラントが相対的に優位に立ちつつある。この危機は、長期的にアジアの高コストナフサクラッカーに対する再編・廃棄圧力を高める可能性があり、グローバルな石化競争地図の書き換えを加速させるシナリオとなっている。その兆候はすでに日本国内で顕在化した。2026年5月12日、旭化成・三井化学・三菱ケミカルの3社は、西日本エチレン統合JV(合弁会社)の出資比率を三井45%・三菱45%・旭化成10%とすることで正式合意(旭化成プレスリリース 2026/5/12)。2030年に水島AMECクラッカーを停止し、大阪・高石市のOPCクラッカーへ統合する方針が確定した。さらにC&EN(2026年5月)の業界統計では、日本のエチレン基数は2026〜2030年にかけて12基から8基へと約3分の1が削減され、合計約175万トン/年の能力が消失する見通しだ。具体的には丸善石油化学が2026年度中に千葉のクラッカーを閉鎖(Cosmo Energyグループ)、出光興産が2027年7月に千葉クラッカーを停止(年産37.4万トン、三井化学市原拠点へ集約)、ENEOSが2027年度末までに川崎の2クラッカーを1ラインへ統合、そしてAMEC水島がFY2030に停止──。日本のエチレン能力は約30%カットされ、産業史上最大規模の構造再編が進行することになる。
2026年世界ナフサ市場規模1,940億ドル — 2032年に2,541億ドル(CAGR 4.6%)へ成長見通し、代替フィードストック競争が「次の構造転換」を決定
VPA Research(2026年2月)の市場調査によれば、2026年の世界ナフサ市場規模は1,940億ドルで、2032年には2,541億ドル(CAGR 4.6%)に成長すると予測されている。アジア太平洋が最大の消費地域であり続けるが、今次危機を経て、バイオナフサ・廃プラ熱分解由来ナフサ・エタン系フィードストックへの移行が中長期的な構造トレンドとして本格化する。IMARC Groupの予測では、2026〜2034年の市場CAGR は2.75%(世界規模1,804億ドル→2,303億ドル)とも試算されており、調達担当者・プロセス設計者・投資家にとっては「ナフサ単一原料の価格管理」から「複数フィードストックのポートフォリオ管理」へとパラダイムが転換する局面に差し掛かっている。
ナフサ・クライシス2026 主要経緯タイムライン
「ナフサ・ショック2026」が示す3つの構造的教訓
今次危機は、3つの構造的教訓を産業界・政策立案者に突きつけている。5月12日の旭化成・三井・三菱の西日本エチレンJV合意、5月14日に明らかになった「インクショック」の食品包装への波及、そして5月時点でも継続するホルムズ海峡封鎖──これらの最新動向は、初版で提示した3つの教訓を裏付けるだけでなく、より深い構造的問題として顕在化させた。