実態解説
ホルムズ海峡の「シャトル輸送」とは、日量200万バレルの迂回
この記事の答え
- 何が起きた
- 湾内から海峡外へ原油を運ぶピストン輸送と、オマーン湾での船舶間積み替え(STS)を組み合わせた迂回輸送が広がりました。UAEは輸出約300万バレル/日のうち、最大約200万バレル/日をこの方法に移したと報じられています。
- 原油と樹脂原料への影響
- 民間分析の試算では、STS経由の中東原油は日本着で1バレル当たり約7〜9.5ドルの上乗せです。ナフサを起点とする樹脂原料にも、時間差で波及します。
- 確かめておくこと
- 上乗せ幅は試算で、確定した取引価格ではありません。被弾・船員死亡のリスクは残り、LNGは同じ方法で代替できません。
- 次に見るところ
- オマーン湾・フジャイラ沖でのSTSの実施状況、戦争危険追加保険料(AWRP)の料率、中東〜アジア向けVLCC運賃(TD3C)の推移です。
この記事は2026年7月23日に更新した内容です。イラン情勢はその後も動いています。
次の2つまでの推移は、続きの記事で整理しています。
- 2026年7月31日の日米協調介入による円高
- 9月の原油100ドル再突破・サウジアラビアの産油量が前月比190万バレル減
ホルムズ海峡を通る原油は、世界の海上石油の約25%です(IEA・2025年平均)。
「シャトル輸送」は、ピストン輸送と洋上の積み替えの組み合わせです
いま「ホルムズ海峡のシャトル輸送」と報じられている輸送は、海運で従来から使われてきた「シャトルタンカー」とは意味が異なります。実務上は、ピストン輸送(シャトル)+洋上積み替え(STS)という二段階の組み合わせです。
この迂回輸送は、戦争保険網の引受が難しくなったことを背景に、UAEを中心に広がりました。この記事では、その仕組み・担い手・コスト構造・限界・日本への波及を、確認済みの事実と推計を分けて整理します。
まず用語を整理します。
| 用語 | 意味 | 扱い |
|---|---|---|
| シャトルタンカー(本来) | 北海やブラジル沖などの洋上油田で、浮体式生産設備(FPSO)や係留ブイから陸上ターミナルへ原油を往復輸送する専用船。港湾が近い油田で、パイプラインの代替として使われる | 今回の主題とは別の概念 |
| ホルムズ・シャトル輸送(今回) | 湾内の油田・港から海峡外の待機海域へ原油を運ぶ短距離ピストン輸送。海外報道では「ミルクラン(milk run)」とも呼ばれる。海峡外でVLCCへ積み替える前段の工程 | この記事の主題 |
| STS(船舶間積み替え) | 洋上で船舶同士が接舷し、貨物を移し替える運用。ここでは海峡外のオマーン湾やフジャイラ沖で、ピストン輸送してきた中型船からアジア向けのVLCCへ原油を移す工程を指す | シャトル輸送と一体で機能 |
「本来の意味・今回の意味」を「意味」の列にまとめています。
VLCC本体はホルムズ海峡の内側に入れず、危険海域の外側に待機させます。湾内の輸送は中型船が担い、海峡外でVLCCへ積み替えてアジアへ運びます。
海峡の通航統計が大きく落ち込んでも、貨物の流れは完全には止まりません。この迂回工程が機能しているためです。
戦争保険が引き受けにくくなり、VLCCは湾の中に入らなくなった
この輸送方式が広がった直接の理由は、軍事的リスクそのものよりも、海上保険の引受構造の変化にあります。VLCCを湾内に直接入れる直航は、保険コストの面で成立しにくくなりました。
危険海域を航行する船舶には、通常の保険に加えて、戦争危険追加保険料(AWRP)が必要になります。
民間分析によると、2026年2月末の米国・イスラエルによるイラン攻撃を機に、戦争危険保険の料率が急騰しました。3月上旬には、主要な船主責任相互保険組合(P&Iクラブ)が、既存の戦争リスク特約について解約通知を出しました。ペルシャ湾内の包括的な戦争保険カバーは、実質的に引き受けられなくなりました。
さらにロイズ共同戦争委員会(JWC)が、3月中旬に危険海域の指定範囲を広げました。ペルシャ湾とオマーン湾の全域が対象に入っています。
これにより、湾内へ超大型原油タンカー(VLCC)を直接入れる場合は、年間包括保険が使えなくなりました。1航海ごとに、個別のAWRPを調達する必要が生じています。
迂回輸送が選ばれる論理
- VLCCを危険海域の外側(オマーン湾など)に待機させれば、船体価値に対して課される高額な湾内AWRPを避けられます。
- 湾内は中型のピストン船に限り、危険海域に入る船体規模とリスク総額を抑えます。
- 海峡外でVLCCへ積み替えることで、アジア向けの長距離輸送を担う本船を、最初から安全側に置けます。
結果として、「VLCCを湾内に直接入れる直航」は、保険コストの面で成立しにくくなりました。STSを介した迂回輸送が、実質的な商業ルートとして定着しています。
ここで大事なのは、海峡が物理的に「通れる」かどうかとは別の点です。保険と傭船という商業条件が、輸送の形を決めています。
UAEは「ミルクラン」とダーク運航で原油を運び出している
この方式を最も体系的に運用しているのがUAEです。フジャイラ沖でVLCCへ積み替え、湾内のピストン輸送ではAISを止めた「ダーク運航」が多用されています。
海事メディアと通信社の報道を総合すると、運用の骨格は次のとおりです。
フジャイラ沖に集め、VLCCへ積み替える
UAEは輸出する原油の相当部分を、パイプライン経由で、オマーン湾に面したフジャイラへ振り向けています。
フジャイラ沖の錨地では、国営石油会社ADNOCのVLCCが、運び込まれた原油を外国船籍のタンカーへ積み替えます。そこからアジア市場へ送り出しています。
UAEの原油輸出は約300万バレル/日です。このうち最大約200万バレル/日を、海峡を通らない代替ルートへ移したと報じられています。
UAEの5月の輸出は、前年(2025年)水準の約82%まで回復しました。6月の生産量は、日量376万バレルに達しています。
Reutersは、2026年7月11日の衛星画像で、オマーン湾で少なくとも3組のSTSを確認しました。
ダーク運航で、オマーン側の南側航路を通る
湾内のピストン輸送では、船舶が位置情報を発信するAIS(船舶自動識別装置)を止めた「ダーク運航」が多用されています。これは本来、制裁対象国の船舶に多くみられる手法です。
船は無線を控え、夜間を利用して、オマーン側の南側航路(ムサンダム半島沿い)を通ります。海峡外で貨物を移し替えたのち、再び積み込みのために湾内へ戻ります。
この往復運航が「ミルクラン」と呼ばれます。米軍が南側航路で、航空機による護衛を行う場面もあったと報じられています。
見えにくくなるという副作用 ダーク運航が広がると、Kplerなどの公開追跡データで確認できる通航隻数は、実際の輸送量より少なく表示されます。
海峡の通航統計が「ゼロに近い」と報じられても、それはAISで可視化された分がゼロに近いという意味です。貨物の流れが完全に止まったことを、必ずしも意味しません。
担い手は湾岸の6つの船隊で、輸出の戻り方は国ごとに違う
この迂回輸送を物理的に支えているのは、湾岸産油国が抱えるタンカー船隊です。輸出の回復度合いは国によって差があります。
海事専門メディアの整理によると、地域には主に6つのエネルギー輸送船隊があります。
| 船隊 | 国・特徴 |
|---|---|
| ADNOC L&S | UAE国営。フジャイラ経由のシャトル輸送とVLCC積み替えの中核を担う |
| Bahri | サウジアラビア。VLCC約50隻を保有し、6船隊の中で最大規模 |
| Kuwait Oil Tanker Co. | クウェート国営の石油タンカー船隊 |
| Asyad | オマーンの物流・海運グループ |
| Nakilat | カタール。世界最大のLNG船隊を運航し、カタールの基幹産業を支える |
| NITC | イラン国営タンカー会社。制裁下でダーク運航による輸送実績を持つ |
2026年5月時点で、輸出は前年水準比で、UAEが約82%、サウジアラビアが約57%まで戻しました。一方、クウェートは約7%、イラクは約8%にとどまりました。
イラクは自国のタンカーをほとんど持たず、迂回輸送の手段が限られることが弱点として指摘されています。
サウジアラビアは、東西パイプライン経由で日量約400万バレルを、紅海側のヤンブーへ振り向けています。その多くを、紅海経由でアジアへ送っています。
湾岸各国は、パイプラインとシャトル輸送を組み合わせています。それぞれの地理的条件に応じた迂回の形を採っています。
迂回では費用が重なり、平時の水準には戻らない
シャトル輸送とSTSは、海峡の物理的リスクを避ける代わりに、複数のコストを重ねて発生させます。STS経由の中東原油は、日本着でバレル当たり約7〜9.5ドルの上乗せになるとの試算があります。
以下の数値は主に民間分析による試算で、確定した取引価格ではない点に注意が必要です。
| 費用要素 | 内容と目安 | 確認水準 |
|---|---|---|
| 戦争危険追加保険料(AWRP) | 湾内へVLCCを直接入れる場合、船体価値の約5〜7.5%(緊迫時は10%まで)。5年落ちVLCC(評価額約1億3,400万ドル)で1航海最大約1,340万ドルとの試算。STS方式ではこの湾内AWRPを回避し、代わりに中型ピストン船のAWRPが発生 | 分析推計 |
| STS作業費 | 洋上での接舷・係留・移送作業。専門業者への委託料、防舷物・移送ホース、タグボート等を含め1回あたり約8万〜15万ドル | 分析推計 |
| 移送中ロス | 洋上移送に伴う揮発・配管残油などで0.3%程度。貨物残量条項に基づき調達価格へ上乗せされる | 分析推計 |
| 滞船料・傭船市況 | 船腹需給の引き締まりでスポット運賃が高騰。中東〜中国・日本向けVLCC運賃指標(TD3C)は一時1日約423,736ドルを記録。STSの接舷・移送で最短でも24〜48時間の拘束が発生し、遅延ペナルティが加わる | 分析推計・市場データ |
これらを積み上げると、STS経由の中東原油は、日本着でバレル当たり約7〜9.5ドルの上乗せになるとの試算があります。
一方、VLCCを湾内へ直接入れる直航は、船体・貨物を合わせた保険料が過大になります。バレル当たり30ドルを超える負担となり、商業的に成立しにくいとされます。
STSは、この直航の負担を大幅に抑えます。ただ、非中東産(米国産・ブラジル産など)を安全な航路で直接調達する場合よりは、なお割高になり得るという分析もあります。
読み解きの要点 STSは「湾内直航が成立しない状況での次善の生存ルート」です。コストを直航より下げる機能は明確ですが、平時の水準に戻すものではありません。
上乗せ幅は、保険料・運賃・作業条件によって変動します。単一の確定値としては扱えません。
海峡の外でも攻撃があり、LNGは同じ方法で代替できない
迂回輸送は万能ではありません。むしろ、リスクを海峡の内側から外側へ広げる側面があります。
海峡の外でも攻撃の対象になる
2026年7月13日には、ADNOC L&Sが運航するタンカー2隻(Al Bahyah、Mombasa B)が、オマーン水域で被弾したと報じられました。7月14日には、別のタンカーで船員2人が死亡したとされます。
積み替えを終えた直後の船が、無人機に攻撃された事例も伝えられています。戦闘が海峡そのものにとどまらず、迂回路として使うオマーン湾やフジャイラ周辺にも及んでいることを示しています。
用船料が異例の高水準にあるため、輸送が一時停止しても、短期にとどまる可能性があるとされます。ただし、船員の安全確保が、輸送継続の重要な変数になっています。
見えにくさが判断を難しくする
ダーク運航とGNSS(衛星測位)妨害が重なると、公開される船舶位置データが実態を反映しなくなります。
公開画面上で船が見えないことは、船が存在しないことを意味しません。表示位置が実際と一致するとも限りません。輸送量の把握や安全評価は、単一の追跡データだけでは完結しません。
LNGは同じ方法で代替できない
原油には、パイプライン迂回とSTSという代替手段があります。LNG(液化天然ガス)には、これがありません。
IEAによれば、カタール産の約93%、UAE産の約96%のLNGが、ホルムズ海峡を通過しています。両国のLNGは、世界のLNG貿易の約19%に相当します。
LNGは、液化・専用船・再ガス化の一貫体制を要します。洋上積み替えや短期の代替海上ルートで、置き換えることはできません。
シャトル輸送は原油の生命線ではあっても、エネルギー全体の解決策ではありません。
湾岸の産油国は、迂回路を恒久的なインフラに組み替えている
当初は緊急避難的に始まった迂回ですが、湾岸産油国は一時しのぎで終わらせていません。恒久的なインフラへ組み替える動きを強めています。
UAEは、海峡の内側にある物流拠点ジェベルアリ港への依存を減らそうとしています。オマーン湾に面した東海岸のフジャイラ、コルファッカン、ディッバの拡張と、新港の建設を計画していると報じられています。
あわせて、内陸のハブシャンからフジャイラへ原油を送るパイプライン網を増強しています。輸出能力を将来的に倍増させる新設計画(West-East Pipeline)の前倒しにも、着手しています。
UAEの通商担当相は、海峡が再び安定しても計画は止めず、ホルムズ依存をゼロに近づける方針を示したと伝えられています。
これらは、ホルムズ海峡を「単一障害点(single point of failure)」にしないための構造的な投資です。港湾・パイプラインの整備には年単位の時間がかかるため、当面はシャトル輸送とSTSが橋渡しの役割を担い続けます。
海峡の情勢が仮に落ち着いても、迂回インフラへの投資と輸送ネットワークの多重化は、不可逆的に進むとみられています。この見方が、海事関係者の間で共有されつつあります。
日本向けの原油は、マラッカ沖でも積み替えられている
ホルムズ近傍(オマーン湾・フジャイラ沖)でのSTSに加え、さらに東のマラッカ海峡付近でも、積み替えの運用が確認されています。中東で積んだ原油を、日本向けのVLCCへ移す運用です。
輸送の「受け渡し点」が、海峡の外側から、さらに東の中間点へと広がっています。
報道番組のBS-TBS「報道1930」(2026年7月20日放送)も、この「マラッカでの受け渡し」を論点として取り上げました。この章では番組の主張の逐語には立ち入りません。この受け渡しが公開情報でどこまで裏づけられるかを、船舶追跡データと報道に基づいて検証します。
AISと衛星画像が、受け渡しを捉えた
この動きを具体的に捉えたのが、東京大学大学院情報学環の渡邉英徳教授による公開情報分析(OSINT)です。
渡邉教授は、船舶自動識別装置(AIS)の航跡データと衛星画像を用いました。2026年5月中旬にマラッカ海峡付近の錨地で行われた原油のSTSを、船名レベルで複数確認したと報告しています。
いずれも、中東で原油を積んだ供給側のタンカーが、マラッカ周辺で日本向けVLCCへ貨物を移す構図です。
| 供給側(積地) | 日本向けVLCC(仕向地) | 確認水準 |
|---|---|---|
| DHT MUSTANG(サウジ・ヤンブーで積載) | TOKIWA(鹿児島・喜入) | OSINT追跡 |
| OLYMPIC LIFE(UAE・フジャイラで積載) | HAKUSAN(川崎・日本船籍VLCC) | OSINT追跡 |
| LEICESTER(サウジ・紅海側から) | KISOGAWA(当初「四日市行き」から変更) | OSINT追跡 |
| NAVE SYNERGY(UAE・フジャイラ発) | TAMBA(日本関連・5月20日に接舷しSTS開始) | OSINT追跡 |
「供給側」は供給側タンカー、「日本向けVLCC」は受け取る日本向けVLCCです。
供給側のタンカーは、UAEのフジャイラやサウジアラビアのヤンブー沖で、喫水が増しています。そこで原油を積んだのち、マラッカ海峡まで航行したとみられます。
これらは、目的地欄に日本の港名を掲げた「日本行きタンカー」ではありません。その背後にいる、供給側のタンカーです。日本の港名を掲げた船だけを追うと、この中継輸送は見落とされやすくなります。
こうした受け渡しは、単発ではなく繰り返し現れています。渡邉教授はここから、日本向け原油の受け取り地点そのものが東(マラッカ周辺)へ移動していると分析しています。
マラッカで積み替える理由
中間点で受け渡す理由
- リスク分散:日本向けVLCCを、中東の不安定な海域まで航行させずに済みます。中東側で積む動線と、日本まで運ぶ動線を分けられます。
- 配船の柔軟性:中間点にバッファを置くことで、受け入れ港・需要・船の空き状況に応じて、最終的な配船を調整しやすくなります。
- 地理的合理性:マラッカ・シンガポール海峡は、中東と東アジアを結ぶ最短ルート上にあります。中東出港から約10日の中間点にあたります。元来オイルロードの通過点で、検水など運航上の作業も行われてきました。
- 既存の実施海域:マレーシア・シンガポール沖は、従来からSTSが行われてきた海域です。洋上積み替えの素地があります。
元売りの直航と並ぶ「二層構造」になっている
この運用は、日本の元売り各社の正規手配分がホルムズ海峡を直航している事実と、矛盾しません。
日本経済新聞は2026年7月、ENEOS・出光興産・コスモエネルギーが手配した原油タンカーについて報じています。7月上旬までにホルムズ海峡を通過したという内容です。
つまり、日本向けの原油輸送には、次の2つの動線が併存しています。
- (1)元売りのVLCCが中東まで行って直接積む動線。
- (2)供給側タンカーが中東で積み、マラッカ周辺で日本向けVLCCへ引き渡す動線。
後者は公開データ上見えにくく、供給網が単線から多重のネットワークへ移っていることを示しています。
マラッカは、ホルムズと直列の関門にあたる
マラッカ・シンガポール海峡は、中東から日本へ向かう原油タンカーの8割以上が通過する要衝です。世界の海上石油輸送の約3割が通るとされます。
ホルムズ海峡とは別の海峡ですが、中東発の原油はホルムズを抜けたのち、この海峡も通過します。そのため両者は、日本向け供給の直列の関門にあたります。
同時に、マレーシア沖は従来から、「影の船団」による洋上積み替えの実施海域としても知られてきました。
外務省は2026年7月、マラッカ・シンガポール海峡の代替航路の海図整備に乗り出す方針を示しています。ホルムズ海峡の事実上の封鎖を教訓にしたものです。代替航路は、スンダ海峡経由のフィリピンルートと、インドネシア群島を抜けるインドネシアルートです。
マラッカでの受け渡しは、この海域の重要性が改めて高まっていることの表れでもあります。
確認水準の注記 AISの航跡や接舷の把握は、公開データに基づく分析です。移送された原油の銘柄や最終的な産地までは、公開情報だけでは断定できません。
渡邉教授自身も、AISデータからは産地・銘柄を確定できない旨を留保しています。この記事では、「中東側で積まれた原油がマラッカ周辺で日本向けVLCCへ積み替えられ、日本へ向かっている」という輸送構造の変化を示すものとして扱います。
迂回の費用は、日本の原油調達とナフサ・樹脂に時間差で届く
日本にとって、この迂回輸送は「見えにくいコスト」として調達に影響します。コストの上乗せは、ナフサを起点とする樹脂原料の価格・供給の見通しにも、時間差で波及します。
日本の原油輸入は、中東依存が従来約9割で、その多くがホルムズ海峡を経由してきました。攻撃と保険環境の変化を受け、調達ルートは大きく組み替えられつつあります。
民間分析によれば、日本は2026年5月時点で、原油調達の約6割について、非中東地域からの代替の目途を確立したとされます。調達先は、米国・中南米・中央アジア・アジア太平洋へと多角化しています。
中東産をSTS経由で運ぶ場合の上乗せは、試算でバレル当たり約7〜9.5ドルです。これと、非中東産を安全な航路で直接調達する場合のコストを比べた試算もあります。性状が日本の製油所に適合するブラジル産などは、長距離運賃を払っても、中東STS原油より割安に着地し得るという内容です。
迂回輸送は、中東調達を維持する手段であると同時に、調達先を組み替える経済的動機にもなっています。
ナフサから樹脂原料へ届く道筋
プラスチックパレット・PPバンド・ストレッチフィルム・再生樹脂材料といった物流資材は、ナフサを起点とする石油化学製品です。ナフサはエチレン・プロピレンへ分解され、ポリエチレン(PE)・ポリプロピレン(PP)などの樹脂になります。
原油の迂回で生じるコスト上乗せや、石油製品としてのナフサ供給の不確実性は、樹脂原料の価格・供給の見通しに時間差で波及します。
再生樹脂材料も、新材価格との相対関係のなかで動きます。そのため、上流の変動から完全には切り離されません。
実務上は、原油価格そのものだけでなく、輸送方式に起因する物流コストが調達価格へ乗る構造を、理解しておくことが有効です。
現時点で確認できるのは、上流の輸送形態とコスト構造です。個別の追加価格改定の規模を断定できる段階ではありません。上流指標と輸送環境の推移を継続的に確認し、調達計画に織り込むことが、現実的な対応となります。
実務上のモニタリング指標
調達・購買のご担当の方へ
状況を把握するための観測点です。
- ホルムズ海峡の通航隻数(可視分)と、オマーン湾・フジャイラ沖でのSTS実施状況。
- ペルシャ湾・オマーン湾の戦争危険保険料(AWRP)の料率と、引受可能性の変化。
- 中東〜アジア向けVLCC運賃(TD3C)とスポット傭船市況の推移。
- 非中東産(米国・ブラジル等)原油の調達比率と、中東STS原油との相対コスト。
- ナフサ・エチレンなど石油化学系スポット指標と、樹脂原料の需給。
よくある質問
ホルムズ海峡でいう「シャトル輸送」とは何ですか。本来のシャトルタンカーと同じですか。
本来のシャトルタンカーは、洋上油田の浮体設備から陸上ターミナルへ原油を往復輸送する専用船を指します。一方、2026年のホルムズ海峡で拡大しているのは、湾内から海峡外へ原油を運ぶ短距離ピストン輸送(ミルクランとも呼ばれる)と、オマーン湾での船舶間積み替え(STS)を組み合わせた迂回輸送です。用語は共通しますが、運用形態と目的が異なります。
なぜVLCCがホルムズ海峡内に入らず、STSで積み替えるのですか。
戦争危険保険の引受が難しくなったためです。ロイズ共同戦争委員会(JWC)がペルシャ湾・オマーン湾を危険海域に指定し、湾内へ超大型原油タンカー(VLCC)を直接入れる場合は1航海ごとに高額な戦争危険追加保険料(AWRP)の調達が必要になりました。VLCCを危険海域外に待機させ、湾内は中型船でピストン輸送してSTSで積み替えることで、VLCC本体の湾内リスクと保険負担を抑える運用です。
この輸送方式でコストはどの程度上がるのですか。
民間分析の試算では、STS経由の中東原油は日本着のバレル当たりで約7〜9.5ドルの上乗せになるとされます。内訳はSTS作業費(1回8万〜15万ドル)、湾内ピストン船のAWRP、船腹需給の引き締まり下での滞船料、0.3%程度の移送ロスなどです。ただしこれは分析による推計であり、確定した取引価格ではありません。
LNGも同じようにシャトル輸送やSTSで迂回できますか。
できません。国際エネルギー機関(IEA)によれば、カタール産の約93%、UAE産の約96%のLNGがホルムズ海峡を通過しており、原油のような迂回パイプラインや洋上積み替えによる代替は事実上ありません。LNGは液化・専用船・再ガス化の一貫体制が必要で、原油とは代替可能性が根本的に異なります。
なぜプラスチックパレット株式会社がこの記事を書いているのですか。
プラスチックパレット株式会社は、プラスチックパレット・再生樹脂材料・PPバンド・ストレッチフィルムなどの物流資材を扱う商社です。これらの原料はナフサを起点とする石油化学製品であり、原油輸送の迂回コストは調達コストと供給の見通しに波及します。取引先の実務判断に資する情報を、一次ソースに基づき事実本位で整理する目的で編集部が執筆しています。
言葉の意味14語
出典・エビデンス一覧20件(公的機関2・報道や企業18)
一次官庁・国際機関
- IEA(国際エネルギー機関)ホルムズ海峡の原油・LNG通過量および代替輸送能力に関する分析(2026年)
- UKMTO(英国海運貿易オペレーション)/JMIC(統合海上情報センター)海域の事案通報・脅威評価
- 米国海事局(MARAD)ペルシャ湾・ホルムズ海峡・オマーン湾の商船向け警告
主要通信社・海事専門メディア・データ会社
- Reuters「オマーン湾でのSTS衛星画像(2026年7月11日)」「ホルムズ通航動向」
- Bloomberg「UAEのホルムズ・シャトル運航(2026年7月5日・7月15日)」
- The Maritime Executive「UAE Wants to End its Reliance on Shipping Through Strait of Hormuz(2026年6月18日)」
- AGBI「The high-stakes tanker trade that keeps oil flowing through Hormuz(2026年7月13日)」
- CNBC「Strait of Hormuz bypass: UAE, Saudi Gulf routes(2026年7月14日)」
- MEES「Gulf Producers Develop Hormuz Shuttle Route(2026年6月12日)」
- 渡邉英徳(東京大学大学院情報学環)「中東発の原油を日本行きに積み替える──マラッカ沖のSTS」AIS・衛星画像による公開情報分析(2026年5月)
- 日本経済新聞「日本の原油タンカー、全てホルムズ海峡通過(2026年7月13日)」
- 読売新聞「原油タンカーが通るマラッカの代替ルート確保へ、外務省が海図をODA整備(2026年7月18日)」
- Bloomberg「ホルムズに続きマラッカ海峡にも懸念(2026年)」
- CNN「マレーシア沖の影の船団による洋上積み替え(2026年4月)」
- BS-TBS「報道1930」マラッカ海峡での日本向け原油の受け渡しに関する報道(2026年7月20日放送)
- Kpler・LSEG・Windward・Baltic Exchange(TD3C)船舶追跡・運賃データ
日本語の分析・整理
- 今泉大輔(インフラコモンズ)洋上積み替え(STS)の経済的影響に関する調査分析(2026年5月)
- 渡邉英徳研究室 note「代替ルートとマラッカ沖STSに関する分析」
- global-scm.com(ロジスティック)ホルムズ海峡情勢の継続整理
- 関連する当社の過去記事:ナフサ供給に関する総論記事、イラン情勢とナフサ供給の構造分析
- ※この記事は2026年7月23日までに公開確認できた情報を、情報源ごとの確認水準を区別して整理したものです。情勢は変化しており、記載内容はその後変動している可能性があります。
- ※コスト構造に関する数値の多くは民間分析による試算・推計であり、確定した取引価格ではありません。保険料・運賃・作業条件により実際の値は変動します。
- ※戦時下の当事者発表・船舶位置情報・貨物量・被害情報は不完全で、後日訂正される可能性があります。AIS停止やGNSS妨害により公開データが実態を反映しない場合があります。
- ※この記事は一般的な情報提供のみを目的とし、投資判断・取引判断・保険・運航の判断を構成するものではありません。海外報道・英語資料の要約・翻訳を含みます。
- ※引用は各出典の趣旨を損なわない範囲での要約にとどめ、詳細は各一次資料をご参照ください。
文:プラスチックパレット株式会社 編集部
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