βラクタム系抗菌薬の原材料はほぼ100%中国依存、経済安全保障推進法が特定重要物資に指定した抗菌性物質製剤と2030年国産化目標の到達点
医薬品が国内で製造されていても、その主成分である原薬と原材料は輸入に頼っている。厚生労働省は、βラクタム系抗菌薬の原材料をほぼ100%中国に依存すると公表資料に明記した。2019年のセファゾリン供給途絶を起点として、経済安全保障推進法に基づく国産化と備蓄の取組がどこまで進んだのかを、一次資料に基づいて記録する。
TL;DR — 3行要約
- 厚生労働省は取組方針において、抗菌性物質製剤のうち注射剤の大半を占めるβラクタム系抗菌薬について、その原材料をほぼ100%中国に依存していると明記している。推計や報道ではなく行政の公式見解である。
- 2019年にセファゾリンナトリウムが中国での製造上のトラブル等により長期にわたり供給が滞った事案を経て、令和4年12月23日に抗菌性物質製剤が経済安全保障推進法の特定重要物資に指定された。
- 国産原料由来の原薬製造設備と備蓄設備を一体で整備し、2030年までに供給途絶時にも必要量を切れ目なく供給できる体制を目指す。令和5年7月に2件の供給確保計画が認定された。
厚生労働省はβラクタム系抗菌薬の原材料をほぼ100%中国に依存すると公表資料に明記している。2019年のセファゾリン供給途絶を受け、抗菌性物質製剤は経済安全保障推進法の特定重要物資に指定された。2030年までの国産化と備蓄体制の整備が進み、令和5年7月に2件の供給確保計画が認定された。
CONTENTS
厚生労働省 取組方針
経済安保推進法施行令
2023年に構築開始
参画5社
CHAPTER 01原薬とは何か、供給網における位置
医薬品の供給を論じる際、「国産」という言葉が何を指すのかを最初に整理する必要がある。国内の工場で製造された医薬品であっても、その主成分が国内で作られているとは限らないためである。
1.1 製剤から基礎化学品まで
医薬品の供給網は、患者に届く製剤から遡って複数の段階に分かれる。
| 段階 | 内容 | 担い手 |
|---|---|---|
| 製剤 | 錠剤・注射剤・外用剤など、患者に投与される最終形態。原薬に賦形剤・添加剤を加えて成形する。 | 製造販売業者、CMO・CDMO |
| 原薬(API) | 医薬品の有効成分そのもの。Active Pharmaceutical Ingredientの略。 | 原薬メーカー(国内・海外) |
| 中間体 | 原薬を合成する過程で生じる化合物。複数段階を経る場合が多い。 | 化学メーカー |
| 基礎化学品・原材料 | 中間体を合成する出発物質。汎用の化学品であることが多い。 | 石油化学・化学工業 |
段階の区分は一般的な整理による。実際の工程数と担い手は品目によって異なる。
1.2 「国内製造」の内実
PwC Japanグループが公開する分析によれば、薬事工業生産動態統計調査(2020年度)に基づき、医療用医薬品の生産金額の約7割は輸入品であり、品目ベースでも後発医薬品の原薬の約7割を輸入に頼っているとされる。原薬の供給元となる国は多岐にわたるが、特に依存度が高いのは中国、インド、韓国、イタリアである。
同分析は、このうち韓国とイタリアで製造されている原薬について、その原材料を中国やインドから調達しているケースが多いため、医薬品のサプライチェーンが中国やインドに依存する割合は調査数値以上に高いと考えられると指摘している。
原薬の輸入元だけを見れば依存先は分散しているように見える。しかし原薬メーカーがその原材料をどこから調達しているかまで遡ると、集中の度合いは高まる。供給網の把握を一次サプライヤーで止めると、実際のリスクの所在を見誤ることになる。この構造は、当社が扱う樹脂製品でも同型である。国内メーカーの製品でも、原料樹脂の重合原料まで遡れば調達先は限られる。
CHAPTER 02依存の実態、ほぼ100%という記述
原薬の海外依存について、行政が最も踏み込んだ記述を示しているのが抗菌薬の分野である。
2.1 厚生労働省の公式見解
厚生労働省は、経済安全保障推進法に基づく抗菌性物質製剤に係る安定供給確保のページにおいて、次のように記している。抗菌性物質製剤は供給が途絶すると国民の生存に直接的かつ重大な影響が生じる一方で、抗菌性物質製剤の中でも注射剤の大半を占めるβラクタム系抗菌薬は、その原材料をほぼ100%中国に依存している。
この記述の重要性は、推計値や業界の見立てではなく、所管官庁が公式ページに明記した認識である点にある。医薬品の海外依存を論じる際、依存度の数値は調査手法によって幅が出ることが多いが、この分野については行政自身が上限に近い水準を示している。
2.2 βラクタム系抗菌薬とは
βラクタム系抗菌薬は、分子内にβラクタム環と呼ばれる構造を持つ抗菌薬の総称である。ペニシリン系、セファロスポリン系などが含まれ、細菌の細胞壁合成を阻害することで作用する。
| 分類 | 代表的な成分 | 臨床上の位置づけ |
|---|---|---|
| ペニシリン系 | アンピシリンナトリウム・スルバクタムナトリウム、ピペラシリンナトリウム・タゾバクタムナトリウム | いずれも供給確保計画の認定対象となった成分。 |
| セファロスポリン系(セフェム系) | セファゾリンナトリウム、セフメタゾールナトリウム | セファゾリンは2019年に供給途絶を経験した成分。両成分とも認定対象。 |
成分名は厚生労働省が公表した供給確保計画の認定実績に記載されたものによる。分類は一般的な整理。
注射剤の大半を占めるという記述が示すとおり、これらは入院医療、周術期管理、重症感染症の治療で日常的に使用される。代替可能な薬剤が限られる場面も多く、供給が滞れば治療方針の変更を迫られる。
CHAPTER 032019年セファゾリン供給途絶が示したもの
制度の整備が動き出した直接の契機は、2019年に発生した事案である。
3.1 何が起きたか
厚生労働省の記述によれば、βラクタム系抗菌薬であるセファゾリンナトリウムについて、中国での製造上のトラブル等に起因し、2019年に長期にわたって供給が滞り、国内での医療の円滑な提供に大きな影響を及ぼす事案が発生した。同省は、サプライチェーンの構造を踏まえれば今後も供給途絶のおそれがあると記している。
供給が止まった原因は、日本国内の製造能力の不足ではなく、また地政学的な意図によるものでもなかった。海外の一拠点で生じた製造上のトラブルが、そのまま国内の医療提供体制に波及したという構造である。つまり、平時の需給が安定していても、供給網が一点に集中していれば、その一点の事故が全体に及ぶ。依存の問題は、相手国との関係の良し悪しとは独立して存在する。
3.2 なぜ代替が効かなかったのか
医薬品の原薬は、任意の供給元から調達できるものではない。製造販売承認においては原薬の製造所が特定されており、供給元を変更するには薬事上の手続きを要する。加えて、原薬メーカーごとに不純物プロファイルが異なるため、品質の同等性を確認する試験も必要になる。
この構造は、医療材料の樹脂グレードが容易に置き換えられない理由と同型である。詳細は使い捨て医療材料の樹脂別マップで扱った医療用グレードの管理体制の議論を参照されたい。素材や成分そのものより、それが承認された条件で製造されたことの証明に時間がかかる。
CHAPTER 04依存構造が生むリスクの3類型
原薬の海外依存が具体的にどのようなリスクとして現れるのか、性格の異なる3つに分けて整理する。分類は本稿による。
| 類型 | 内容 | 2026年時点で確認できる事例 |
|---|---|---|
| ①事故型 | 海外拠点の製造上のトラブル、災害、設備故障により供給が停止する。意図せず発生し、予告がない。 | 2019年のセファゾリンナトリウムの供給途絶。中国での製造上のトラブル等に起因すると厚生労働省が記載。 |
| ②政策型 | 相手国の輸出規制、通関の運用変更、環境規制による生産制限などにより供給が制約される。 | 厚生労働省が「海外依存度が高い医薬品が、突如相手国の事情により供給が停止されるリスク」として補助事業の目的に明記。 |
| ③物流型 | 生産は継続していても、輸送経路の途絶や輸送コストの上昇により到達が遅れる。 | 2026年の中東情勢では、医薬品そのものではなく製造に用いる溶剤や容器の供給が課題として現れた。 |
類型の区分は本稿による整理。事例欄は各出典の記載に基づく。
4.1 3類型で対処が異なる
- ①事故型への対処は備蓄である。発生を予測できないため、途絶した期間を持ちこたえる在庫が要る。厚生労働省の取組方針が原材料および原薬の備蓄設備の構築を掲げているのはこのためである。
- ②政策型への対処は供給元の分散と国産化である。備蓄は時間を稼ぐが、長期化すれば尽きる。調達先を複数国に分けるか、国内に製造能力を持つかのいずれかが必要になる。
- ③物流型への対処は経路の複線化と在庫の前倒し配置である。生産が続いている以上、届け方の問題として扱える。
抗菌性物質製剤に関する取組方針が、製造設備の整備と備蓄設備の構築を「一体的に」整備するとしているのは、①と②の双方に同時に対応する設計である。
この3類型は、当社が扱う物流資材でもそのまま当てはまる。海外メーカーの成形機トラブル(①)、輸出国の規制変更(②)、海上輸送の遅延(③)は、いずれも実際に経験してきた事象である。対処が異なるため、欠品の連絡を受けた際にまず確認するのは「なぜ止まっているのか」である。原因の類型が分かれば、待つべきか、代替を探すべきか、経路を変えるべきかの判断がつく。
CHAPTER 05経済安全保障推進法と特定重要物資指定
原薬の海外依存に対する国の対応は、個別の補助事業から法律に基づく枠組みへと移行した。
5.1 法律の成立から指定まで
| 日付 | 内容 |
|---|---|
| 2022-05-11 | 経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(令和4年法律第43号、経済安全保障推進法)が成立。 |
| 2022-05-18 | 同法が公布。 |
| 2022-12-23 | 経済安全保障推進法施行令(令和4年政令第394号)が施行され、抗菌性物質製剤が同法第7条の規定に基づく特定重要物資として指定される。 |
| 2023-01-19 | 厚生労働省が「抗菌性物質製剤に係る安定供給確保を図るための取組方針」を策定。 |
| 2023-07-07 | 1件目の供給確保計画を認定。 |
| 2023-07-28 | 2件目の供給確保計画を認定。 |
出典:厚生労働省「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律に基づく抗菌性物質製剤に係る安定供給確保について」。
5.2 制度の枠組み
抗菌性物質製剤の安定供給を図ろうとする事業者は、経済安全保障推進法第9条第1項の規定により、厚生労働大臣から安定供給に係る計画(供給確保計画)の認定を受けることで、取組方針に基づく支援を受けることができる。
支援業務を担う機関として、同法第42条第2項の規定に基づき、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(大阪府茨木市彩都あさぎ7丁目6番8号)が安定供給確保支援独立行政法人として指定されている。同研究所には抗菌薬原薬国産化支援基金が設置され、令和4年度から令和6年度までの業務に関する報告書が国会に報告されている。
特定重要物資の指定は、当該物資の供給途絶が国民の生存に直接的かつ重大な影響を及ぼすという判断を法的に確定させるものである。補助金による個別支援とは異なり、計画の認定、支援法人の指定、国会への報告という一連の手続きが法定される。医薬品分野では、これまで抗菌性物質製剤が指定を受けている。
CHAPTER 06取組方針と2030年国産化目標
令和5年1月19日に策定された取組方針は、何を、いつまでに整備するのかを具体的に定めている。
6.1 目標の内容
取組方針では、βラクタム系抗菌薬について、製造設備の整備により国産原料由来の原薬を提供可能とすることに加えて、原材料および原薬の備蓄設備の構築を通じて、海外からの原薬の供給が途絶した場合であっても医療現場に切れ目なく製品を供給する製造および備蓄体制を一体的に整備することとしている。
時期については、2023年から国内での製造および備蓄設備の構築を開始し、2030年までにβラクタム系抗菌薬について、供給途絶時においても医療現場において必要な量を切れ目なく安定供給できる体制を整備することを目標としている。
| 整備の対象 | 目的 | 対応するリスク類型 |
|---|---|---|
| 製造設備の整備 | 国産原料由来の原薬を提供可能とする | ②政策型(相手国の事情による供給停止)への対処。長期の途絶にも対応できる。 |
| 原材料および原薬の備蓄設備の構築 | 供給途絶時に切れ目なく製品を供給する | ①事故型(予測できない停止)への対処。途絶期間を持ちこたえる。 |
整備の対象と目的は取組方針の記載による。リスク類型との対応はCHAPTER 04の整理に基づく本稿の解釈。
6.2 「国産原料由来」という条件
注目すべきは、単に国内で原薬を製造することではなく、国産原料由来の原薬を提供可能とすると規定している点である。国内に原薬工場を建てても、その原料を輸入に頼っていれば、依存の構造は一段階後ろにずれるだけで解消されない。CHAPTER 01で確認した「一段階遡るごとに依存度が変わる」構造への対応が、目標の設計に組み込まれている。
ただし、この条件は達成の難度を高める。原料の国内生産まで含めるとなれば、対象となる化学品の製造能力を国内に確保する必要がある。2023年開始で2030年までという7年の期間設定は、この難度を織り込んだものと読める。
CHAPTER 07認定された供給確保計画
厚生労働省は認定実績を公表している。どの企業がどの成分を対象に、何に取り組むのかが明示されている。
| No. | 認定供給確保事業者名 | 対象となる特定重要物資 | 取組内容・認定日 |
|---|---|---|---|
| 1 | Meiji Seika ファルマ株式会社 富士フイルム富山化学株式会社 大塚化学株式会社 |
アンピシリンナトリウム・スルバクタムナトリウム ピペラシリンナトリウム・タゾバクタムナトリウム |
原薬等製造設備導入、備蓄体制整備 認定日 |
| 2 | シオノギファーマ株式会社 Pharmira株式会社 |
セファゾリンナトリウム セフメタゾールナトリウム |
原薬等製造設備導入、備蓄体制整備 認定日 |
出典:厚生労働省「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律に基づく抗菌性物質製剤に係る安定供給確保について」の認定実績。
7.1 この2件が示す構造
- 複数社の連携で1件を構成している。1件目は3社、2件目は2社が名を連ねる。原薬の製造、製剤化、備蓄という工程が単一企業で完結しないことを反映している。
- 2019年に途絶した成分が対象に含まれる。2件目のセファゾリンナトリウムは、まさに供給途絶を経験した成分である。制度が具体的な事案に対応していることが確認できる。
- 取組内容は2件とも同じ2項目である。原薬等製造設備の導入と備蓄体制の整備。取組方針が掲げた「一体的な整備」がそのまま計画の内容になっている。
7.2 対象の範囲
認定された2件で対象とされているのは4成分である。βラクタム系抗菌薬全体からすれば一部にとどまるが、いずれも注射剤として広く使用される成分である。取組方針が2030年までの目標としているのはβラクタム系抗菌薬についての体制整備であり、認定実績はその過程にある。
経済安全保障推進法に基づく枠組みとは別に、厚生労働省は医薬品安定供給支援事業を実施している。同事業は、海外依存度が高い医薬品が突如相手国の事情により供給が停止されるリスクに備え、海外依存度の高い医療上必要不可欠な医薬品の原薬・原料等について、代替供給源の探索・検討を行う経費などを支援するものである。令和6年度補正予算では51百万円が計上されている。制度は、法律に基づく重点対応と、より広い品目を対象とする補助事業の二層で構成されている。
CHAPTER 08安定確保医薬品制度と2026年度改定との接続
原薬の確保をめぐる制度は、経済安全保障の枠組みだけではない。医療提供体制の側からも、対象品目の選定と現場での備蓄が制度化されている。
8.1 安定確保医薬品という区分
厚生労働省は、医薬品の製造・流通の関係者会議を令和2年3月に設置し、我が国の安全保障上、国民の生命を守るため、切れ目のない医療供給のために必要で、安定確保について特に配慮が必要とされる医薬品を「安定確保医薬品」として、3つのカテゴリに分類している。
この分類は、供給が滞った際の医療への影響度に応じて対応の優先順位を定めるものである。抗菌薬はこの枠組みにおいても重要性が高い品目として位置づけられている。
8.2 2026年度診療報酬改定との接続
2026年度診療報酬改定では、この流れが調剤報酬の要件に組み込まれた。新設された地域支援・医薬品供給対応体制加算1(27点)の施設基準には、重要供給確保医薬品のうち内用薬および外用薬であるものについて1ヶ月程度の備蓄をするよう努めることが含まれている。
| 層 | 担い手 | 対応の内容 |
|---|---|---|
| 国(経済安全保障) | 厚生労働省、医薬基盤・健康・栄養研究所、認定事業者 | 国産原料由来の原薬製造設備と備蓄設備の一体的整備。2030年までの体制構築。 |
| 国(医療提供体制) | 厚生労働省、関係者会議 | 安定確保医薬品の選定と3カテゴリへの分類。供給不安時の対応方針の策定。 |
| 現場(調剤報酬) | 保険薬局 | 重要供給確保医薬品の内用薬・外用薬について1ヶ月程度の備蓄。計画的な調達と在庫管理。 |
層の整理は本稿による。各層の内容は本文中で引用した各出典の記載に基づく。
原薬の国産化は2030年を目標とする長期の取組であり、それまでの期間は輸入依存が続く。その間の供給不安に対しては、現場での備蓄と流通の整流化で対応するという二段構えになっている。調剤報酬側の要件については2026年度診療報酬改定の全体像で詳述している。
8.3 後発医薬品との関係
2026年度改定では、後発医薬品の使用割合85%以上が加算の基礎要件に組み込まれた。一方で、後発医薬品の原薬は約7割が輸入とされる。使用促進と海外依存は同じ品目群において同時に進行している。
この構造については、後発医薬品の供給構造を扱った総論記事で別途整理している。原薬の調達構造と、価格・使用割合をめぐる制度は、それぞれ別の論理で動いている。
CHAPTER 09調達実務と観測の時間軸
原薬の供給構造は、医療機関や薬局の側から直接に制御できるものではない。しかし何を観測すれば変化の予兆を捉えられるかは整理できる。
9.1 供給網を遡って把握するという実務
2026年の医薬品供給を巡る対応で、厚生労働省が用いた手法の一つがサプライチェーンの遡り調査であった。供給不安の相談があった品目について供給元のメーカーを特定し、優先的な供給を要請する仕組みである。分包紙では相談のあった332の薬局等すべて、薬剤容器では437のうち399の供給不足が解消された。
この手法が機能したのは、遡った先に供給能力が存在していたためである。原薬の場合、遡った先が海外の一拠点に集中していれば、同じ手法は使えない。国内で解決できる範囲と、そうでない範囲を分けて把握することが実務上の起点になる。
9.2 医療機関・薬局の側で確認できること
- 取り扱い品目のうち、抗菌薬の構成を把握する。βラクタム系注射剤がどの程度含まれるかは、供給変動時の影響の大きさを左右する。
- 重要供給確保医薬品の指定状況を追う。2026年度改定で内用薬・外用薬について1ヶ月程度の備蓄が求められる対象である。指定品目の増減が備蓄負担に直結する。
- 同一成分で複数の製造販売業者から調達できるかを確認する。製造販売業者が異なっても原薬の製造所が同一である場合があり、その場合は分散の効果が限定される。
- 供給停止・出荷調整の情報源を一本化する。厚生労働省の情報提供窓口、業界団体の公表、卸からの連絡を並行して追う体制が要る。
9.3 観測の時間軸、4段階の整理
原薬をめぐる変化は段階を追って現れる。現時点で確認できる事実と、各段階で観測すべき対象を整理する。推計値ではなく、公表資料で追跡可能な事項に限って記載する。
| 時間軸 | 2026年7月時点で確認できる事実 | 観測すべき対象 |
|---|---|---|
| 即時 (1〜3日) |
厚生労働省の情報提供窓口、医療機関での定点観測、EMISを用いたオンライン報告システムが稼働している(の確保対策本部第2回で整備を説明)。 | 特定成分の出荷調整・供給停止の発表。抗菌薬については代替薬の選定に時間を要するため、早期の把握が治療方針に影響する。 |
| 短期 (1〜4週間) |
厚生労働省が時点で公表した資料では、供給に影響があると判断された品目は114件、うち解決済み98件、解決の道筋が立った品目13件、対応検討中3件。 | 新たに計上される品目に原薬・製造用溶剤が含まれるか。2026年の事例では、ダイアライザーの製造用溶剤や解熱鎮痛薬等の製造用溶剤が計上された。 |
| 中期 (1〜3か月) |
2026年度診療報酬改定により、重要供給確保医薬品の内用薬・外用薬について1ヶ月程度の備蓄に努めることが加算の要件となった(施行)。 | 重要供給確保医薬品の指定品目の追加・変更。備蓄要件の対象範囲が広がれば、保管容量と調達計画の見直しが必要になる。 |
| 長期 (3〜12か月) |
抗菌性物質製剤の国産化・備蓄体制はまでの整備が目標。認定された供給確保計画は令和5年7月時点で2件。医薬基盤・健康・栄養研究所の基金業務については令和6年度分まで国会報告が公表されている。 | 供給確保計画の追加認定の有無と、対象成分の拡大。国会報告に示される基金の執行状況。βラクタム系抗菌薬以外の品目が特定重要物資に追加されるか。 |
各段階の「確認できる事実」は本文中で引用した公表資料に基づく。観測対象は当社編集部による整理であり、将来の状況を予測するものではない。
9.4 モニタリングすべき5指標
| 指標 | 確認先 | 着眼点 |
|---|---|---|
| 供給確保計画の認定実績 | 厚生労働省 経済安全保障関連ページ | 令和5年7月時点で2件・4成分。追加認定と対象成分の拡大が国産化の進捗を示す。 |
| 特定重要物資の指定品目 | 内閣府・厚生労働省 | 医薬品分野では抗菌性物質製剤が指定されている。対象の追加は依存構造の再評価を意味する。 |
| 抗菌薬原薬国産化支援基金の国会報告 | 厚生労働省 | 令和4年度から令和6年度分まで公表。執行状況と厚生労働大臣の意見が付される。 |
| 重要供給確保医薬品の指定状況 | 厚生労働省 | 調剤報酬の備蓄要件と直結する。指定品目数が現場の負担を規定する。 |
| 供給課題品目における製造用溶剤の動向 | 内閣官房タスクフォース/厚生労働省提出資料 | 原薬そのものより先に、製造工程で使う材料が制約となる場合がある。 |
国産化の目標年である2030年まで、βラクタム系抗菌薬の原材料は輸入への依存が続く。この期間の対応は、備蓄と流通の整流化が中心となる。行政は現場に対して計画的な調達と在庫管理を求め、同時に供給元の特定と優先供給という手法で個別の不足に対処している。制度の全体像は、長期の構造転換と短期の応急対応を並行させる設計になっている。どちらか一方だけを見ると、対応の妥当性を判断できない。
CHAPTER 10用語集
CHAPTER 11出典・エビデンス一覧
一次資料(厚生労働省・内閣官房)
- 厚生労働省「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律に基づく抗菌性物質製剤に係る安定供給確保について」
- 厚生労働省「抗菌性物質製剤に係る安定供給確保を図るための取組方針」
- 厚生労働省「医薬品安定供給支援事業」
- 厚生労働省「医薬品(抗菌薬)の重要性について」
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定の概要【調剤】」
- 厚生労働省「石油関連製品の供給不足に伴う医療分野の影響・対応について」(時点)
- 厚生労働省「医薬品・医療機器のサプライチェーン実態把握のための調査事業 調査結果概要」
- e-Gov法令検索「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(令和4年法律第43号)」
分析・解説(二次資料)
- PwC Japanグループ「製薬企業の観点から考察した経済安保推進法 ~医薬品の安定供給に向けて~」
- 日本経済新聞「あなたの薬も『中国製』 影の製薬大国が握るサプライチェーン」
- 一般社団法人日本薬業貿易協会「安定供給確保のための課題と取り組み」
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CHAPTER 12よくある質問
原薬とは何ですか
医薬品の有効成分そのものを指す。英語のActive Pharmaceutical Ingredientの頭文字をとってAPIとも呼ばれる。錠剤や注射剤として患者に届く製剤は、この原薬に賦形剤や添加剤を加えて成形したものである。原薬はさらに中間体と呼ばれる化合物から合成され、その中間体もまた別の化学品から作られる。供給網は製剤から原薬、中間体、基礎化学品へと何段階も遡る構造になっている。
日本の抗菌薬の原材料はどこに依存しているのですか
厚生労働省は公表資料において、抗菌性物質製剤の中でも注射剤の大半を占めるβラクタム系抗菌薬について、その原材料をほぼ100パーセント中国に依存していると明記している。これは推計や報道ではなく、行政機関が公式に示した認識である。
なぜ抗菌性物質製剤が特定重要物資に指定されたのですか
供給が途絶すると国民の生存に直接的かつ重大な影響が生じる一方で、原材料の調達が特定国に集中しているためである。2019年にはセファゾリンナトリウムが中国での製造上のトラブル等に起因して長期にわたり供給が滞り、国内での医療の円滑な提供に影響を及ぼす事案が発生した。この経緯を踏まえ、令和4年12月23日に経済安全保障推進法施行令の施行により特定重要物資として指定された。
国産化はどこまで進んでいるのですか
厚生労働省は2023年から国内での製造および備蓄設備の構築を開始し、2030年までにβラクタム系抗菌薬について供給途絶時にも必要量を切れ目なく供給できる体制の整備を目標としている。令和5年7月には2件の供給確保計画が認定され、Meiji Seika ファルマ・富士フイルム富山化学・大塚化学の3社と、シオノギファーマ・Pharmiraの2社が、それぞれ原薬等製造設備の導入と備蓄体制の整備に取り組んでいる。
なぜプラスチックパレット株式会社がこの記事を書いているのですか
当社は千葉県我孫子市に本社を置き、プラスチックパレット・再生樹脂材料・PPバンド・ストレッチフィルム等の物流資材を全国に供給する専門商社である。取り扱う樹脂製品も原料の遡り先が特定地域に集中する構造を共有しており、供給網を何段階も遡って把握する必要性を日常的に扱っている。同じ構造を持つ医薬品原薬の動向を、供給網の視点から整理して提供している。
本記事のご利用にあたっての注意事項
- 本記事の内容は時点で公表されている情報に基づく。制度・認定実績・指定品目はいずれも変動し得るため、実務判断にあたっては各出典の最新版を確認されたい。
- βラクタム系抗菌薬の原材料に関する「ほぼ100%中国に依存」との記述は、厚生労働省が公表ページに記載した表現をそのまま引用したものである。具体的な調査時点および算出方法は同ページには示されていない。
- 後発医薬品の原薬に関する約7割という数値は、PwC Japanグループが薬事工業生産動態統計調査(2020年度)に基づいて示した分析による。本稿は同分析を経由して引用しており、原統計を直接参照したものではない。
- CHAPTER 04のリスク3類型およびCHAPTER 08の3層の整理は本稿による分類であり、行政が示した区分ではない。別の基準では異なる整理になり得る。
- 本記事は特定の医薬品・供給元の選定、経営判断、投資判断を推奨するものではない。引用は各出典の表記に従い、詳細は各リンク先の原文を参照されたい。