使い捨て医療材料の樹脂別マップ、PP・PE・PVCが担う用途と医療用グレードの要件、厚生労働省114品目を素材から再編成する
注射器はポリプロピレン、輸液バッグはポリエチレン系、血液回路はポリ塩化ビニル。使い捨て医療材料の素材は、物性の要求に従って選ばれている。その対応関係と、医療用グレードが物性ではなく管理体制で区別される理由を整理したうえで、厚生労働省が公表した供給課題品目を素材別に再編成し、実際に制約が現れた層を数値で特定する。
TL;DR — 3行要約
- 使い捨て医療材料の素材は物性の要求で決まる。耐薬品性と透明性が要る注射器はPP、柔軟性が要る血液回路はPVC、封止性が要る輸液バッグはPE系というように、器具ごとに樹脂が選ばれている。
- 医療用グレードは物性ではなく管理体制で区別される。日本薬局方に準拠した組成と添加剤処方、異物管理の強化、専用区画での保管、生物学的安全性評価、滅菌耐性の確認が要件となる。
- 厚生労働省の資料に個別名称が記載された85品目を本稿で数え上げたところ、52品目が溶剤・ガス・潤滑油等の工程材で、樹脂製品や容器包装そのものは33品目にとどまった。
使い捨て医療材料はPP・PE・PVC・PC・PSU系の物性に従って素材が選ばれ、医療用グレードは管理体制で区別される。厚生労働省の公表資料に個別名称のある85品目を再編成すると52品目が工程材で、樹脂製品そのものは33品目だった。制約は素材より工程材の層に現れている。
CONTENTS
本稿による再編成
厚生労働省
医療機器部品商社の資料
為替163.32円
CHAPTER 01使い捨て医療材料と樹脂の全体像
医療の現場で使われる器具の多くは、感染防止の観点から使い捨てに移行してきた。かつてガラス製が主流だった注射器は現在ほとんどが樹脂製であり、同様の置き換えは輸液セット、採血器具、カテーテル、各種容器へと広がっている。
1.1 樹脂が選ばれる理由
医療材料に樹脂が用いられるのは、次の条件を同時に満たせるためである。
- 使い捨てが成立する製造コスト。材料費が抑えられ大量生産が可能であるため、1回ごとに廃棄する運用が経済的に成立する。
- 生体適合性。体液や血液と接触しても過度な反応を起こさない材質が選べる。
- 耐薬品性。酸・アルカリ・薬剤に対して浸食されにくい。
- 飛散防止。ガラスと異なり破損時に鋭利な破片が生じにくい。
- 滅菌への耐性。方式に応じた耐性を持つグレードが選択できる。
この5条件は、金属やガラスでも一部は満たせるが、コストと飛散防止の両立は樹脂に固有の利点である。使い捨て運用が普及した背景にはこの経済性がある。
1.2 素材選定は物性の要求から逆算される
どの樹脂を使うかは、器具に求められる物性から決まる。主要な要求と対応する樹脂を整理する。
| 求められる物性 | 主に対応する樹脂 | 代表的な器具 |
|---|---|---|
| 耐薬品性+透明性+剛性 | ポリプロピレン(PP) | 注射器のシリンジ、薬剤容器、検査用器具 |
| 柔軟性+復元性 | ポリ塩化ビニル(PVC) | 血液回路、輸液チューブ、カテーテル |
| 封止性+耐薬品性+低溶出 | ポリエチレン(PE) | 輸液バッグ、薬液容器、点眼容器 |
| 透明性+耐衝撃性 | ポリカーボネート(PC) | 機器のカバー、ハウジング、コネクタ |
| 耐熱性+分離性能 | ポリスルホン系(PS・PES) | 血液浄化器の膜、フィルター |
対応関係は各樹脂の一般的な用途に基づく整理。個別製品の材質構成は製造販売業者の設計による。
- 樹脂ごとの用途分担は物性で決まっており、相互の代替は容易ではない。柔軟性が要る箇所に剛性の高い樹脂を使うことはできない。
- 医療用グレードと一般グレードの違いは物性ではなく管理体制にある。同じPPでも、医療分野向けには別の管理指針が適用される。
- 2026年に供給課題として現れたのは、樹脂製品そのものより工程材の層であった。この点はCHAPTER 08で数値により確認する。
樹脂の原料となるナフサの価格推移についてはナフサ・原油完全まとめに3系列の全記録を整理している。
CHAPTER 02ポリプロピレン(PP)が担う用途
使い捨て医療材料で最も広く使われる樹脂がポリプロピレンである。当社が扱うプラスチックパレットの主原料でもあり、同じ樹脂が用途に応じて全く異なるグレードで供給されている。
2.1 PPの物性
ポリプロピレンはポリエチレンと並ぶ代表的なオレフィン系樹脂であり、汎用樹脂のなかで最も軽い。結晶構造によって次の3種に分類される。
| 分類 | 特性 | 医療分野での位置づけ |
|---|---|---|
| ホモPP | 剛性・耐熱性に優れる | 形状保持が求められる部材に適する。 |
| ランダムPP | 透明性・ヒートシール性に優れる | 内容物の視認が必要な容器やシリンジに適する。 |
| ブロックPP | 物性のバランスに優れる | 耐衝撃性と剛性の両立が必要な部材に用いられる。 |
出典:医療機器部品を扱う商社が公開する材料データベースの記載に基づく整理。
PPは硬質でありながら繰り返しの曲げに対する耐性が高く、酸・アルカリ等への耐薬品性も高い。耐熱性は110℃で、汎用樹脂のなかでは高い部類に入る。この耐熱性により、高圧蒸気滅菌で生じる熱に耐えられるグレードが存在する。滅菌方式と樹脂の対応関係はCHAPTER 07で体系的に扱う。
2.2 PPが用いられる医療器具
| 器具 | PPが選ばれる理由 | 備考 |
|---|---|---|
| 注射器のシリンジ(筒) | 透明性により薬液量が視認でき、耐薬品性により薬剤と反応しにくい | ポリスチレン(PS)やポリエチレン(PE)が用いられる場合もある。キャップやガスケットには熱可塑性エラストマーやブチルゴム等が使われる。 |
| 薬剤容器・処方ボトル | 耐薬品性と軽量性 | 厚生労働省の公表資料では薬剤容器が供給課題品目として計上された。 |
| 穿刺針のハブ・翼状部 | 成形性と剛性 | 針本体は金属で、樹脂部品と組み合わせられる。 |
| 廃液容器 | 耐薬品性と大容量成形への適性 | 手術・処置全般で使用される。 |
| 心臓カテーテル部品 | 医療実績のあるグレードが供給されている | 部品単位で材料が選定される。 |
| 検査用器具・実験器具 | 耐薬品性と使い捨てへの経済性 | 試験管、スポイト等。 |
当社が扱うプラスチックパレットの主原料もPPであり、成形品としての性質は共通する。異なるのはグレードと管理体制である。物流用途では耐候性・耐衝撃性・リサイクル材の配合率が選定基準となるのに対し、医療用途では溶出物の管理と滅菌耐性が基準となる。同じ樹脂名でも、要求される品質保証の体系が全く異なる。
CHAPTER 03ポリエチレン(PE)が担う用途
ポリエチレンは、薬液と長期間接触する容器類で中心的な役割を担う。溶出物が少なく、生物学的に不活性である点が評価されている。
3.1 医療用ポリオレフィンという製品カテゴリ
国内の樹脂メーカーは、医療分野専用のポリオレフィン製品を供給している。住友化学が公開する製品情報によれば、同社の医療用ポリオレフィンは、日本薬局方に準拠した樹脂組成と添加剤処方を施し、異物管理を強化した製品として位置づけられ、高いガンマ線滅菌耐性を特徴とする。
同社の公開資料では、品質確認の枠組みとして次の内容が示されている。
- 日本薬局方に基づく試験。第17改正日本薬局方の「7.02 プラスチック製医薬品容器試験法」のうち、プラスチック製水性注射剤容器の規格に定めるポリエチレン製またはポリプロピレン製水性注射剤容器の項目・試験内容に従って実施される。
- 生物学的安全性評価。使用用途に応じた医療機器の接触部位と接触期間(累計)を元に、定められた評価項目を確認する。
- 混入リスクの低減。専用包材の使用、オーバーカバーの設置、専用区画での保管、専用出荷プロセスの実施。
- 独自の管理指針。医療分野への展開にあたり、製造管理・品質管理・物流管理・取扱指導を独自の指針に沿って実施する。
この4項目が示すのは、医療用グレードの実体が物性値ではなく管理プロセスにあるという事実である。詳細はCHAPTER 06で扱う。
3.2 PEが用いられる医療器具
| 器具 | PEが選ばれる理由 | 備考 |
|---|---|---|
| 輸液バッグ・点滴バッグ | 低溶出性と柔軟性の両立、ヒートシールによる封止が容易 | PVCとの併用または使い分けが行われる。 |
| 水性注射剤容器 | 日本薬局方に容器規格が定められている | PPと並んで規格に明記された材質。 |
| 点眼容器 | 低溶出性と絞り出しに適した柔軟性 | 点眼剤用プラスチック容器の規格が別途定められている。 |
| 透析装置洗浄剤の容器 | 耐薬品性 | 厚生労働省の公表資料で供給課題品目に計上された。 |
| 補綴物 | 生物学的に不活性で体内で分解されない | 体内留置用途では特に高い要求が課される。 |
日本薬局方の容器規格に関する記載は、住友化学が公開する製品情報の記述に基づく。
3.3 経済産業省の要請対象にPEが名指しされた経緯
、経済産業省は石油関連製品の製造者や卸業者等に対し、医療用途を中心とした安定供給確保への協力を要請した。この要請では、医療用品の原料となるポリエチレン等の安定供給を図ることが明示されている。汎用樹脂のなかでPEが名指しされたのは、輸液バッグや薬液容器といった生命維持に直結する用途を担っているためである。
CHAPTER 04ポリ塩化ビニル(PVC)が担う用途
柔軟性が要求される医療器具では、PVCが中心的な素材となる。可塑剤の配合量を変えることで硬質から軟質まで幅広い物性が得られる点が、他の汎用樹脂にない特徴である。
4.1 柔軟性と復元性が要求される場面
血液回路やチューブ類は、ローラーポンプによる反復圧送や、患者の体動に伴う屈曲に耐える必要がある。剛性の高い樹脂では折れやキンクが生じ、流路が閉塞する。一方で柔らかすぎれば圧送時に潰れてしまう。この中間の物性を安定して得られることがPVCの利点である。
| 器具 | PVCが選ばれる理由 | 備考 |
|---|---|---|
| 血液回路・透析チューブ | 柔軟性と復元性の両立、ポンプ部での耐久性 | 厚生労働省の公表資料で透析チューブが供給課題品目に計上された。 |
| 輸液セットのチューブ | 透明性により気泡が視認できる | 接続部品は他の樹脂が用いられる。 |
| 各種カテーテル | 体内挿入に適した柔軟性 | シリコン樹脂やポリウレタンが用いられる場合もある。 |
| 吸引チューブ・尿道カテーテル | 同上 | いずれも公表資料に品目名が現れている。 |
| 酸素マスク・呼吸回路 | 柔軟性と成形性 | 顔面へのフィットが求められる。 |
4.2 PVCの供給構造が他の汎用樹脂と異なる点
PVCは原料構成が他の汎用樹脂と異なる。ポリエチレンやポリプロピレンがナフサ由来のエチレン・プロピレンを主原料とするのに対し、PVCはエチレンに加えて塩素を必要とする。塩素は食塩電解によって得られるため、原料の一部が石油化学の外側に位置する。
この構造は、原料調達の観点では分散として働く。ナフサ市況の変動がPVCに与える影響は、PE・PPと比べて相対的に緩和される場合がある。ただし電解プロセスは電力多消費であるため、電力価格の変動を受ける。原料リスクの所在が異なるという理解が実務上は有用である。
当社の取扱品目でも、パレット(PP・PE系)とPVC系製品では価格改定のタイミングと要因が一致しないことがある。同じ「樹脂製品の値上がり」として報じられていても、原料の遡り先が違えば動く時期も幅も異なる。医療材料の調達においても、品目を樹脂系統で分けて把握しておくと、変動の予兆を読み取りやすくなる。
CHAPTER 05PC・PS・PSU系とその他の樹脂
汎用3樹脂で対応できない要求には、エンジニアリングプラスチックや特定の物性を持つ樹脂が用いられる。
5.1 用途別の対応
| 樹脂 | 特徴 | 医療分野での用途 |
|---|---|---|
| ポリカーボネート(PC) | 透明性が高く耐衝撃性に優れる | 血圧計や体温計のカバー・ゲージ、機器ハウジング、コネクタ類。 |
| ポリスチレン(PS) | 透明性と成形性、低コスト | シリンジに用いられる場合がある。検査用器具にも使われる。 |
| ポリスルホン(PSU)/ポリエーテルスルホン(PES) | 耐熱性と分離性能、滅菌耐性 | 血液浄化器の中空糸膜、各種フィルター。 |
| アクリル(PMMA) | 透明性が高く生体適合性を有する | 歯科用マウスピース、矯正装置、観察窓、保護カバー。 |
| ポリエチレンテレフタレート(PET) | 透明性と寸法安定性 | 包装材、一部の医療機器部材。 |
| 熱可塑性エラストマー/ブチルゴム等 | 弾性とシール性 | シリンジのガスケット・キャップ、各種パッキン。 |
| シリコン樹脂・ポリウレタン | 柔軟性と生体適合性 | 長期留置カテーテル、医療用チューブの一部。 |
用途は各樹脂の一般的な採用例に基づく整理。血液浄化器の中空糸膜については透析医療の資材供給に関する記事で技術構造を詳述している。
5.2 1つの器具が複数の樹脂で構成される
実際の医療器具は単一素材ではない。注射器を例にとると、筒はPP、ガスケットは熱可塑性エラストマーまたはブチルゴム、針は金属、包装はPE系のフィルムや紙という構成になる。輸液セットであれば、バッグはPE系、チューブはPVC、接続部はPCという組み合わせが一般的である。
この点は供給の観点で重要な含意を持つ。1つの器具が完成するには、複数の樹脂系統がすべて揃う必要がある。いずれか1系統が欠ければ製品は成立しない。素材別の依存を把握する際は、器具単位ではなく部材単位で見る必要がある。
CHAPTER 06医療用グレードとは何か
「医療用グレードのPP」と「一般グレードのPP」は、樹脂の基本的な化学構造としては同じものである。では何が違うのか。この問いに対する答えは、物性値ではなく管理体制にある。
6.1 医療用グレードを規定する3つの層
CHAPTER 03で挙げた医療用ポリオレフィンの管理項目を、性格別に再構成すると次の3層になる。個別のメーカーの取組ではなく、医療用グレード一般に共通する枠組みとして整理したものである。
| 層 | 内容 | 具体的な枠組み |
|---|---|---|
| 組成の管理 | 樹脂組成と添加剤処方を医療用途向けに設計し、異物混入の管理を強化する | 日本薬局方に準拠した組成・添加剤処方。専用包材の使用、オーバーカバーの設置。 |
| 安全性の評価 | 接触部位と接触期間に応じた生物学的安全性評価を実施する | 第17改正日本薬局方 7.02 プラスチック製医薬品容器試験法。国際的にはISO 10993に基づく生体適合性試験、USP Class VIの試験。 |
| 流通の管理 | 製造から出荷までの経路で混入と取り違えを防ぐ | 専用区画での保管、専用出荷プロセスの実施、製造管理・品質管理・物流管理・取扱指導を独自指針に沿って実施。 |
組成・評価・流通に関する記載は住友化学が公開する医療用ポリオレフィンの製品情報、ISO 10993およびUSP Class VIに関する記載は樹脂メーカーEnsingerが公開する医療用グレード製品の説明に基づく。
6.2 なぜ管理体制が本質なのか
医療材料に求められるのは、性能を発揮することに加えて、体内や体液と接触したときに有害な物質を溶出させないことである。溶出物の有無は樹脂の主成分だけでは決まらず、添加剤、製造時の残留物、保管中の混入物によって左右される。したがって管理すべき対象は素材そのものではなく、素材が製品になるまでの全経路になる。
この構造は、供給の観点では代替の難しさとして現れる。一般グレードの樹脂が市場に潤沢にあっても、医療用グレードの供給が細ればそのまま置き換えることはできない。同じ樹脂名であっても、供給網としては別の系統に属していると理解する必要がある。
樹脂の市況ニュースは通常、汎用グレードの需給を扱う。医療用グレードの需給はその内側にある小さな市場であり、汎用市況が落ち着いても医療向けの調達が改善するとは限らない。逆に、汎用市況が動く前に医療向けで先に制約が出ることもある。市況指標と自施設のリードタイムを別々に観測すべき理由がここにある。
CHAPTER 07滅菌方式と樹脂の適合関係
使い捨て医療材料は、製造後に滅菌工程を経て出荷される。この工程が素材選定を制約する。滅菌方式によって樹脂が受けるダメージの性質が異なるためである。
7.1 主な滅菌方式
| 方式 | 原理と条件 | 樹脂への影響 |
|---|---|---|
| 高圧蒸気滅菌(オートクレーブ) | 高温高圧の飽和水蒸気で処理する | 耐熱性のある樹脂に限られる。PPは耐熱110℃で、オートクレーブ内で発生する熱に耐えるグレードが存在する。 |
| 酸化エチレンガス滅菌(EOG) | 酸化エチレンガスを用いる低温滅菌 | 熱に弱い樹脂に適用できる。ガスの供給はエチレン系の生産動向に連動する。処理後にガスを除去する工程を要する。 |
| 放射線滅菌(ガンマ線・電子線) | 電離放射線を照射する | 包装後の滅菌が可能。線量によって材質が劣化するため、滅菌耐性を高めたグレードが用意される。 |
高圧蒸気滅菌・放射線滅菌に関する記載は医療用樹脂成形事業者および医療機器部品商社が公開する資料、ガンマ線滅菌耐性に関する記載は住友化学の製品情報に基づく。
7.2 滅菌工程が供給の制約点になる構造
滅菌は製造の最終段階に位置するため、ここで止まれば製品は完成しない。そして滅菌工程には、樹脂とは別系統の資材が必要になる。
- 酸化エチレンガス。厚生労働省の公表資料では、医療機器の滅菌等に用いる酸化エチレンガス、心臓を補助する特殊なカテーテルの滅菌用ガス、人工透析用の注射針の滅菌用ガスがそれぞれ品目として計上された。
- 燃料(A重油・灯油)。滅菌設備のボイラー等に用いられる。小児カテーテルの滅菌用A重油、注射器のシリンジの滅菌用A重油、医療機関12機関における滅菌等に必要なA重油、錠剤製造の滅菌工程に必要なボイラー用灯油、非臨床試験施設の機材滅菌用等のA重油が計上されている。
製品を構成する樹脂ではなく、製品を仕上げる工程に必要な材料である。この層に制約が生じると、樹脂の在庫があっても出荷は止まる。次章では、この構造を公表資料の全品目から定量的に確認する。
CHAPTER 08厚生労働省の公表品目を素材別に再編成する
厚生労働省がに公表した資料には、安定供給に影響があると判断された品目の個別名称が列挙されている。この一覧を素材の観点から再編成すると、2026年の供給課題の性格が明確になる。
8.1 再編成の方法
資料に個別名称が記載された品目を、次の2類型に分類した。分類は本稿による整理であり、厚生労働省が示した区分ではない。
- 類型①:製品・容器・包装。樹脂や素材そのものが製品の本体または直接の構成要素となるもの。透析チューブ、錠剤包装シート、医薬品の容器キャップ、各種原材料など。
- 類型②:工程材。製造・滅菌・加工・洗浄・印字の各工程で使用され、製品には残らないか微量しか残らないもの。溶剤、滅菌用ガス、潤滑油、A重油、灯油、洗浄剤、コーティング剤など。
8.2 集計結果
| 類型 | 品目数 | 構成比 |
|---|---|---|
| 類型② 工程材(溶剤・ガス・潤滑油・重油等) | 52 | 61.2% |
| 類型① 製品・容器・包装(樹脂・素材が本体) | 33 | 38.8% |
| 個別名称が記載された品目の計 | 85 | 100% |
出典:厚生労働省「石油関連製品の供給不足に伴う医療分野の影響・対応について」(時点、内閣官房タスクフォース第3回 資料2)に個別名称が記載された品目を本稿で数え上げ、本稿の基準で分類したもの。厚生労働省の公表値は品目単位で精査した114品目であり、括弧内の複数件表記や「その他(医療機器等の原材料等)(5件)」等の一括計上分があるため、本稿の集計値85とは一致しない。構成比は85品目を分母として算出した。
8.3 この結果が示すこと
個別名称が記載された品目のうち、6割超が工程材であった。2026年に医療分野で顕在化した供給課題は、樹脂そのものの不足というより、製品を作り上げる過程で使われる少量・多品種の材料に集中していたことになる。
この構造には理由がある。
- 製品重量に占める比率が小さい。溶剤や潤滑油は最終製品にほとんど残らないため、購買の管理対象として優先度が上がりにくい。
- 調達先が分散していない場合がある。特定の工程に特化した材料は供給者が限られることがあり、代替の選択肢が少ない。
- 在庫として認識されにくい。製造ラインの消耗品として扱われ、製品在庫と同じ精度では管理されない場合がある。
- 止まったときの影響は製品と同じ。比率が小さくても、欠ければ工程は動かない。
8.4 工程材の内訳
類型②に分類した52品目を、材料の種類別に整理する。
| 材料の種類 | 用いられる工程 | 公表資料に現れた例 |
|---|---|---|
| 溶剤 | 製造・洗浄・塗装・印字 | ダイアライザーの製造用溶剤、献血バッグの製造用溶剤、解熱鎮痛薬等の製造用溶剤、電動手術台の塗装用シンナー、医療用粘着テープの製造用溶剤、皮膚保護用フィルムの製造用溶剤、医療用漢方製剤等に必要なメタノール |
| 滅菌用ガス | 滅菌 | 医療機器の滅菌等の酸化エチレンガス、心臓補助カテーテルの滅菌用ガス、人工透析用注射針の滅菌用ガス |
| 燃料(A重油・灯油) | 滅菌設備・製造設備の稼働 | 製薬工場等の稼働に必要なA重油(6件)、医療機関12機関の滅菌等に必要なA重油、錠剤製造の滅菌工程に必要なボイラー用灯油 |
| 潤滑油・摺動油・油圧油 | 部品加工・機器メンテナンス | 手術用器械等の製造に必要な潤滑油、外科手術用ドリルバー加工用潤滑油、歯科用ダイヤモンドバー加工用摺動油、医療用ゴム部品成形用の油圧油 |
| 洗浄剤 | 機器・部材の洗浄 | ECMOの洗浄剤、人工心肺装置の人工肺等の洗浄剤、手術用縫合糸・手術用メスの洗浄剤、留置針等の洗浄剤、血液検査分析装置の洗浄剤 |
| 試薬・検査用薬品 | 検査・病理 | 血液検査の試薬、病理検体の染色に必要なキシレン、病理検体を保存するための中性緩衝ホルマリン |
| コーティング剤・塗料 | 表面処理・印字 | 歯科用注射針のコーティング剤、注射針のコーティング剤、検査用スライドグラス等の印字用塗料、冠動脈バルーンカテーテルのマーカー印字用溶剤 |
品目名は公表資料の記載に基づく。材料の種類による整理は本稿による。
8.5 類型①に分類した品目
樹脂・素材そのものが本体となる33品目には、次のようなものが含まれる。透析チューブ、吸引チューブ、尿道カテーテル、呼吸器の加湿装置、吸入器のアダプタ、フェイスシールド、眼内レンズおよびレンズ挿入機器、リハビリ用機器の部品、分娩監視装置の外装カバー材、診察台等の原材料、血液検査用試験管の原材料、検査用スポイトの先端の原料、内視鏡検査用マウスピースの原材料、伸縮包帯等の原材料、歯科治療用セメントの原材料といった製品・部材と、錠剤包装シート、医薬品の容器キャップ、注射薬瓶用の容器キャップ、外用薬の容器、消毒液の容器、薬剤容器、分包紙、各種梱包材といった容器・包装類である。
容器・包装類が課題として現れた経緯と、その解消手法については医薬品物流の3制約を扱った記事で詳述している。
CHAPTER 09調達実務と観測の時間軸
ここまでの整理を、調達の実務に落とし込む。素材別マップが実務上の意味を持つのは、変動の予兆を読み取る手がかりとして使える場合である。
9.1 品目を樹脂系統で束ねる
医療機関や薬局の購買管理は通常、診療科別・用途別・取引先別に整理されている。これに樹脂系統という軸を重ねると、市況変動との対応関係が見えやすくなる。
| 樹脂系統 | 束ねられる品目 | 連動する上流指標 |
|---|---|---|
| PP系 | 注射器、薬剤容器、廃液容器、検査用器具、穿刺針のハブ | ナフサ、プロピレン、PP樹脂価格 |
| PE系 | 輸液バッグ、点眼容器、薬液容器、洗浄剤容器 | ナフサ、エチレン、PE樹脂価格 |
| PVC系 | 血液回路、輸液チューブ、カテーテル、酸素マスク | エチレン+塩素(食塩電解)、電力価格 |
| PSU・PES系 | 血液浄化器の膜、各種フィルター | エンジニアリングプラスチックの需給、専用グレードの供給 |
| 工程材 | 滅菌用ガス、溶剤、潤滑油、A重油、灯油 | エチレン系の生産動向、石油製品価格 |
連動関係は原料の遡り先に基づく整理。実際の価格反映には時間差があり、系統ごとに幅も異なる。
この整理の利点は、1品目の欠品情報から同系統の他品目のリスクを推測できる点にある。逆に、系統が異なる品目の欠品は別要因である可能性が高いと判断できる。
9.2 医療用グレードと汎用グレードの需給を分けて見る
CHAPTER 06で確認したとおり、医療用グレードは汎用グレードの内側にある別の市場である。報道される樹脂市況は汎用グレードの需給を扱うため、次の2点に注意を要する。
- 汎用市況の改善が医療向けの改善を意味しない。医療用グレードは製造ラインと管理体制が限定されるため、汎用の余力がそのまま振り向けられるわけではない。
- 汎用市況が動く前に医療向けで制約が出ることがある。専用グレードは生産量が少なく、切替のスケジュールが固定されている場合があるため、需要変動への追随が遅れやすい。
9.3 観測の時間軸、4段階の整理
素材面の制約は段階を追って現れる。現時点で確認できる事実と、各段階で観測すべき対象を整理する。推計値ではなく、公表資料で追跡可能な事項に限って記載する。
| 時間軸 | 2026年7月時点で確認できる事実 | 観測すべき対象 |
|---|---|---|
| 即時 (1〜3日) |
厚生労働省の情報提供窓口、医療機関での定点観測、EMISを用いたオンライン報告システムが稼働している(の確保対策本部第2回で整備を説明)。 | 自施設で欠品が生じた品目の樹脂系統。同系統の他品目に同時に影響が出ているかを確認すると、原因が原料側か個社側かの切り分けができる。 |
| 短期 (1〜4週間) |
時点で供給に影響があると判断された品目は114件、うち解決済み98件、解決の道筋が立った品目13件、対応検討中3件。 | 次回のタスクフォース資料に新たに計上される品目が、製品側か工程材側か。本稿の集計では工程材が6割超を占めた。 |
| 中期 (1〜3か月) |
ナフサのアジア指標は時点で982ドル/t、為替163.32円で国産ナフサ価格指標は113,464円/kl。原油(WTI)は同日1バレル89ドル前後で、週間では約10%上昇した。 | 樹脂グレード別の価格改定通知。汎用グレードと医療用グレードで改定時期が一致しないことがある。 |
| 長期 (3〜12か月) |
に経済産業省が石油関連製品の製造者・卸業者等に対し、医療用途を中心とした安定供給確保への協力を要請した。ポリエチレン等の安定供給と、病院等への偏りのない供給が対象とされた。 | 要請の枠組みが継続するか、または制度的な優先供給の仕組みへ移行するか。現行法に医療用途への原料優先配分を義務づける仕組みは置かれていない。 |
各段階の「確認できる事実」は本文中で引用した公表資料に基づく。観測対象は当社編集部による整理であり、将来の状況を予測するものではない。
9.4 モニタリングすべき5指標
| 指標 | 確認先 | 着眼点 |
|---|---|---|
| 供給課題品目の類型構成 | 内閣官房タスクフォース/厚生労働省提出資料 | 新規計上分が製品側か工程材側か。工程材側が増える局面は、製造工程の制約が広がっていることを示す。 |
| ナフサ価格の3系列 | アジアスポット/通関CIF/国産基準価格 | 系列ごとにピーク時期が約2か月ずれる。PP・PE系の原料指標として追う。 |
| 電力価格 | 各電力会社の料金改定 | PVC系は食塩電解を経由するため、他の汎用樹脂と異なる感応度を持つ。 |
| 樹脂グレード別の価格改定通知 | 取引先メーカー・商社 | 汎用と医療用でタイミングが分かれる。系統別に記録すると変動の伝播が読める。 |
| 自施設の品目別リードタイム | 取引卸・メーカー | 公表統計に現れない変化が最初に観測される場所。工程材に起因する遅延は品目横断で同時に現れる傾向がある。 |
医療材料の供給を器具名だけで追うと、個別の欠品が独立した事象に見える。素材と工程材の系統で束ね直すと、同じ原因から生じた複数の事象として把握できる場合がある。2026年の経過は、この見方の有効性を示す事例として記録できる。当社は物流資材の供給を通じて同じ原料構造の下流にあり、樹脂系統別の変動を継続して追跡している。
CHAPTER 10用語集
CHAPTER 11出典・エビデンス一覧
一次資料(官公庁)
- 厚生労働省「石油関連製品の供給不足に伴う医療分野の影響・対応について」(時点)
- 内閣官房「中東情勢に関する対応」
- 厚生労働省「第2回 中東情勢の影響を受ける医薬品、医療機器、医療物資等の確保対策本部」
- 厚生労働省「医薬品・医療機器のサプライチェーン実態把握のための調査事業 調査結果概要」
樹脂メーカー・部品事業者の公開資料
- 住友化学「医療用PO(エクセレン®)製品情報」
- クニイ「材料データベース ポリプロピレン(PP)」
- Ensinger「PP 医療グレード TECAPRO MT」
- 親和工業「医療用プラスチック成形.com ポリプロピレン(PP)について」
- エージー技研「医療業界に利用されるプラスチック製品・材質紹介」
- 岸本工業「医療機器の樹脂材料を解説」
市況・経済分析
- 野村総合研究所 木内登英「医療用品の不足に備える:価格メカニズムと政府の生産資源配分への関与」
- 大景化学「ナフサ価格推移表」
- Trading Economics「原油 価格・チャート」
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CHAPTER 12よくある質問
注射器や輸液バッグはどの樹脂でできているのですか
注射器のシリンジは耐薬品性と透明性を備えたポリプロピレン(PP)が広く用いられ、ポリスチレン(PS)やポリエチレン(PE)が使われる場合もある。輸液バッグはポリエチレン系またはポリ塩化ビニル(PVC)で、血液回路や各種チューブは柔軟性が求められるためPVCが中心となる。いずれもナフサを起点とする石油化学由来の樹脂である。
医療用グレードの樹脂は一般グレードと何が違うのですか
物性そのものより、管理体制と評価の裏付けが異なる。医療用グレードでは日本薬局方に準拠した樹脂組成と添加剤処方、異物管理の強化、専用区画での保管と専用出荷プロセス、生物学的安全性評価の実施、滅菌耐性の確認などが行われる。国際的にはISO 10993に基づく生体適合性試験やUSP Class VIの試験が指標として用いられる。
滅菌方式によって使える樹脂は変わりますか
変わる。高圧蒸気滅菌は高温に耐える樹脂に限られ、熱に弱い樹脂には酸化エチレンガス滅菌または放射線滅菌が用いられる。放射線滅菌では線量による材質劣化が課題となるため、高いガンマ線滅菌耐性を付与したグレードが用意されている。樹脂の選定と滅菌方式の選定は独立ではなく、対で決まる。
2026年に供給課題となったのは樹脂そのものだったのですか
そうではない。厚生労働省が時点で公表した資料に個別名称が記載された品目を本稿で数え上げたところ、85品目のうち52品目が溶剤・ガス・潤滑油・重油といった工程材であり、樹脂製品や容器包装そのものは33品目であった。製品重量に占める比率が小さい材料ほど、変動時に制約要因として先に現れる構造が確認できる。
なぜプラスチックパレット株式会社がこの記事を書いているのですか
当社は千葉県我孫子市に本社を置き、プラスチックパレット・再生樹脂材料・PPバンド・ストレッチフィルム等の物流資材を全国に供給する専門商社である。取り扱う製品はPP・PEを中心とする樹脂成形品であり、原料グレードの選定と供給網の変動を日常的に扱っている。同じ原料構造を共有する医療材料について、樹脂の側から整理して提供している。
本記事のご利用にあたっての注意事項
- 本記事の内容は時点で公表されている情報に基づく。数値・供給状況は変動し得るため、実務判断にあたっては各出典の最新版を確認されたい。
- CHAPTER 08の類型別集計は、厚生労働省の公表資料に個別名称が記載された品目を本稿で数え上げ、本稿の基準で分類したものである。同省の公表値である114品目とは集計方法が異なり一致しない。分類の境界は本稿の判断によるため、別の基準では異なる結果になり得る。
- 樹脂と用途の対応関係は一般的な採用例に基づく整理である。個別製品の材質構成は製造販売業者の設計により、本記事の記載と異なる場合がある。
- 本記事は特定の材料・製品・供給元の選定を推奨するものではなく、投資判断に用いることを想定していない。医療機器の材質選定は薬事上の要件に基づいて行われる必要がある。
- 引用は各出典の表記に従い、要約にあたっては原資料の趣旨を損なわない範囲で行っている。詳細は各リンク先の原文を参照されたい。