家賃の値上げは拒否できるのか、いくら払えばよいのか、借地借家法32条と年1割の利息
大家さんから家賃の値上げを告げられたとき、断れるのかどうか。借地借家法32条は、話し合いがつかない間は借主が「相当と認める額」を払えばよいと定めています。ただし後で増額が認められた場合、不足額には年1割の利息がつきます。統計上の家賃はほとんど動いていません。それでも値上げが起きる理由まで、条文と公表データでご説明します。
- 借地借家法32条は、家賃の増額について話し合いがつかないとき、借主は増額を正当とする裁判が確定するまで「相当と認める額」を払えばよいと定めています。つまり、値上げの通知が来ただけでは新しい家賃を払う義務は生じません。
- ただし後で増額が正当と認められた場合、それまでの不足額に年1割の利息をつけて払うことになります。断ることには費用がかかる可能性があります。
- 統計上の家賃はほとんど動いていません。総務省の消費者物価指数で民営家賃は前年同月比0.7%、食料の3.5%の5分の1です。住居全体でも1.0%で、13か月にわたり0.8〜1.0%台に収まっています。
- それでも値上げが起きるのは、統計が今住んでいる人の家賃を含むからです。これから借りる人向けの募集家賃は別に動いており、東京23区のワンルームは前年同月比10.5%、1年で10,882円上がっています。統計の15倍です。
値上げの通知が来ても、合意しなければ今の家賃を払い続けられます。借地借家法32条が、裁判で確定するまでは「相当と認める額」を払えば足りると定めているためです。ただし後で増額が認められると、不足額に年1割の利息がつきます。統計上の民営家賃は前年同月比0.7%とほとんど動いていませんが、新規に募集される家賃は別に上がっています。
CHAPTER 01統計では、家賃はほとんど上がっていません
まず数字から見ます。総務省が毎月公表している消費者物価指数の、2026年7月分です。
| 項目 | 2026年7月の前年同月比 |
|---|---|
| 総合 | 1.9% |
| 食料 | 3.5% |
| 住居 | 1.0% |
| └ 家賃 | 0.5% |
| └ 民営家賃 | 0.7% |
| └ 設備修繕・維持 | 4.1% |
総務省「2025年基準 消費者物価指数 全国 2026年7月分」(令和8年8月21日公表)を直接参照しました。民営家賃は、大家さんに払う家賃のうち民間の賃貸住宅にあたる部分です。
民営家賃は0.7%です。同じ月の食料が3.5%ですから、上がり方は食料の5分の1にとどまります。
これは一時的な話ではありません。住居全体の前年同月比は、2025年7月から2026年7月までの13か月間、いちばん高い月で1.1%、いちばん低い月で0.8%と、ほぼ動いていません。
住居の中では、上がっているものもあります。設備修繕・維持は4.1%で、その中の外壁塗装費は7.8%です。家賃は動かず、建物を直す費用が上がっているという形です。持ち家の方が実感する値上がりは、こちらのほうかもしれません。
家計に占める重みも小さくありません。消費者物価指数のウエイトで、住居は10000のうち2182です。支出のおよそ21.82%を占めます。それだけの割合を持つ項目が動いていない、ということです。
CHAPTER 02それでも「上がった」という話が絶えないのはなぜでしょうか
統計が0.7%なのに、値上げの話は身の回りで聞きます。矛盾しているように見えますが、そうではありません。
消費者物価指数の民営家賃は、実際に住まわれている住宅の家賃を調べたものです。そこには、何年も同じ部屋に住み続けている方の家賃も入ります。その家賃は、大家さんが値上げを申し出て借主が合意しないかぎり動きません。動かない部屋が多数を占めるため、平均も動きにくくなります。
いっぽう、これから借りる人に向けて募集される家賃は、まったく別に動いています。不動産情報サービスのアットホームが2026年8月27日に公表した2026年7月分の調査から、東京23区の数字を並べます。
| 東京23区 マンション | 平均募集家賃 | 前年同月比 | 1年間の差額 |
|---|---|---|---|
| 30㎡以下(シングル向き) | 114,147円 | +10.5% | +10,882円 |
| 30〜50㎡(カップル向き) | 184,051円 | +9.1% | +15,286円 |
| 50〜70㎡(ファミリー向き) | 259,881円 | +5.1% | +12,506円 |
| 70㎡超(大型ファミリー向き) | 416,440円 | +6.7% | +26,179円 |
アットホーム「全国主要都市の『賃貸マンション・アパート』募集家賃動向(2026年7月)」(2026年8月27日発表)の図表1によります。同調査の「家賃」は賃料に管理費・共益費を加えた額です。消費者物価指数の家賃とは範囲が異なります。
| 東京23区 アパート | 平均募集家賃 | 前年同月比 | 1年間の差額 |
|---|---|---|---|
| 30㎡以下(シングル向き) | 76,812円 | +11.4% | +7,831円 |
| 30〜50㎡(カップル向き) | 127,762円 | +8.1% | +9,519円 |
| 50〜70㎡(ファミリー向き) | 176,959円 | +5.5% | +9,287円 |
同調査の図表3によります。アパートは3区分とも2015年1月以降の最高値です。
消費者物価指数の民営家賃は+0.7%。東京23区のワンルームの募集家賃は+10.5%。15倍の開きがあります。上昇率がいちばん大きかった札幌市のアパート30㎡以下は+28.9%で、民営家賃の約41倍です。どちらも正しい数字で、測っているものが違うだけです。
つまり、今の部屋に住み続ける人の家賃と、これから部屋を探す人が見る家賃は、別々に動いています。引っ越しを考えた方が「こんなに高いのか」と感じるのは後者です。統計が示す0.7%は前者を含んだ平均です。
ひとつ、報じられ方に注意が要ります。この調査では、東京23区のマンションのシングル向きが26カ月ぶりに下落したことが取り上げられています。これは前月比の話です。前月から0.1%(95円)下がったという意味で、前年同月比は+10.5%の上昇です。「下落」という言葉だけを見ると、家賃が下がり始めたと読めてしまいます。
CHAPTER 03今住んでいる人の家賃が動きにくい理由は、法律にあります
ここからが本題です。継続して住んでいる人の家賃が動きにくいのは、偶然ではありません。そう定めた法律があります。
借地借家法32条の第1項は、こう定めています。建物の家賃が、税などの負担の増減、土地や建物の価格の変動その他の経済事情の変動により、または近くの似た建物の家賃と比べて不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は将来に向かって家賃の増減を請求することができる、というものです。
大事なのは「請求することができる」という書き方です。大家さんができるのは請求であって、通知だけで家賃が変わるわけではありません。値上げの根拠として認められているのも、税負担の増減・価格の変動・近くの似た物件との比較といった事情であって、大家さんの都合ではありません。
CHAPTER 04値上げを告げられたら、断れるのでしょうか
32条の第2項が、この記事でいちばんお伝えしたいところです。条文はこう定めています。
建物の家賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない——。
① 合意しないかぎり、新しい家賃を払う義務は生じません。「相当と認める額」を払えば足ります。多くの場合、それは今までの家賃です。
② ただし後で増額が認められると、差額に年1割の利息がつきます。断ることは無料ではありません。
「拒否できる」とだけ書いてある説明を見かけますが、②を抜かすと判断を誤ります。数字にしてみます。
| 計算例(当社が仮定を置いたものです) | 金額 |
|---|---|
| 求められた増額幅(月額) | 10,000円 |
| 増額が認められるまでの期間 | 24か月 |
| あとから払う不足額 | 240,000円 |
増額幅と期間は当社が置いた仮定で、実際の事案を示すものではありません。不足額に加えて年1割の利息がかかりますが、利息は支払期ごとに計算されるため、ここでは金額を示していません。正確な額は個別の事情によります。
払わずに済んだお金ではなく、後でまとめて払う可能性のあるお金だということです。手元に置いておく判断もあれば、別に取り分けておく判断もあります。
CHAPTER 05断ったあとに何が起きるのでしょうか
大家さんが増額を通したい場合、次に進む手続きが法律で決まっています。いきなり裁判にはなりません。
民事調停法24条の2は、借地借家法32条による家賃の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければならないと定めています。調停を経ずに訴えを起こした場合、裁判所はその事件を調停に付さなければならない、とも定められています。
| 段階 | 何が起きるか |
|---|---|
| 協議 | 大家さんと借主で話し合う。合意すれば新しい家賃になる |
| 調停 | 合意できない場合、訴訟の前に必ず調停を経る(民事調停法24条の2) |
| 訴訟 | 調停でも決まらない場合。確定するまでは「相当と認める額」を払えばよい |
民事調停法24条の2および借地借家法32条2項の条文によります。当社で整理したものです。
大家さんが値上げを通すには、合意を得るか、調停を経て裁判で認めてもらうしかありません。手間と時間がかかるため、多くの場合は合意できる範囲に落ち着きます。統計上の民営家賃が0.7%しか動かないのは、この仕組みが効いているためです。制度が数字を作っています。
CHAPTER 06逆に、下げてほしいと言えるのでしょうか
言えます。32条は増額だけの規定ではありません。
第1項は「増減を請求することができる」と書かれており、借主の側からも減額を請求できます。第3項は、減額について協議が調わないときは、請求を受けた大家さんは減額を正当とする裁判が確定するまで相当と認める額の支払を請求できると定めています。裁判で確定したとき、既に受け取った額が正当な額を超えていれば、超過額に年1割の利息をつけて返還することになります。
増額と減額で、条文の作りは対称です。年1割の利息も両方に置かれています。ただし減額を求める側は、近くの似た物件の家賃と比べて不相当であることを示す必要があります。周辺の募集家賃が上がっている地域では、減額の主張は通りにくくなります。
CHAPTER 07契約書に「増額しない」と書いてあるかを見てください
32条1項には、ただし書きがあります。一定の期間、建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従うというものです。
つまり、契約書に「◯年間は家賃を増額しない」という条項があれば、その期間は32条の増額請求そのものが使えません。値上げの通知を受け取ったら、まず契約書にこの種の条項がないかを確認する意味があります。
条文が「増額しない旨の特約」と書いているとおり、ただし書きが認めているのは増額を制限する特約です。減額しない旨の特約については、この条文には書かれていません。契約書の書きぶりによって扱いが変わる部分なので、個別の判断は専門家にご相談ください。
CHAPTER 08この記事でお答えできないこと
当社は物流資材の商社であり、弁護士でも不動産業者でもありません。この記事で書いたのは、公表されている統計の数字と、法律の条文に書かれていることだけです。
| この記事で書いたこと | この記事で書けないこと |
|---|---|
| 統計上の家賃の動き(総務省の公表値) | お住まいの地域や物件の家賃相場 |
| 借地借家法32条と民事調停法24条の2の条文 | 個別の値上げが正当かどうかの判断 |
| 手続きが協議・調停・訴訟の順に進むこと | 断るべきか応じるべきかという助言 |
| 「相当と認める額」という条文の言葉 | いくらが「相当」にあたるかの具体的な額 |
「相当と認める額」がいくらかは、条文に金額の定めがありません。個別の事情によって判断されます。
① 通知が来ただけでは、新しい家賃を払う義務は生じません。合意するか、裁判で確定するまでは「相当と認める額」で足ります。
② ただし後で増額が認められると、不足額に年1割の利息がつきます。断ることは無料ではありません。
③ まず契約書を見てください。増額しない旨の特約があれば、その期間は増額請求ができません。
お困りの場合、法テラス(日本司法支援センター)や、お住まいの自治体の無料法律相談、宅地建物取引業協会の相談窓口があります。どこに相談すべきかも含めて、当社では申し上げられません。
CHAPTER 09この記事に出てきた言葉の意味
CHAPTER 10主な情報源
FAQよくあるご質問
家賃の値上げは拒否できますか。
借地借家法32条2項は、増額について協議が調わないとき、請求を受けた借主は増額を正当とする裁判が確定するまで「相当と認める額」を払えば足りると定めています。通知が来ただけで新しい家賃を払う義務が生じるわけではありません。ただし後で増額が認められた場合、不足額に年1割の利息を付けて払うことになります。
「相当と認める額」とはいくらですか。
条文に金額の定めはありません。多くの場合は従来の家賃が想定されますが、いくらが相当にあたるかは個別の事情によって判断されます。当社では具体的な額を申し上げられません。
断ったら追い出されますか。
32条は、協議が調わない場合の手続きとして「相当と認める額」の支払いを定めており、大家さんが増額を通すには合意か裁判の確定が必要です。また民事調停法24条の2により、訴訟の前にまず調停を経ることになっています。ただし個別の事案でどうなるかは、当社では申し上げられません。
家賃は実際にどれくらい上がっているのですか。
総務省の消費者物価指数では、2026年7月の民営家賃は前年同月比0.7%です。同じ月の食料が3.5%ですから5分の1にとどまります。住居全体でも1.0%で、2025年7月からの13か月間、0.8%から1.1%の範囲に収まっています。
統計が0.7%なのに、まわりで値上げの話を聞くのはなぜですか。
消費者物価指数の民営家賃は、今住んでいる方の家賃を含むためです。合意がなければ動かない家賃が多数を占めるので、平均も動きにくくなります。これから借りる人に向けた募集家賃は別に動いており、東京23区のマンション30㎡以下は前年同月比10.5%、1年で10,882円上がっています。統計の15倍です。
こちらから家賃を下げてほしいと言えますか。
借地借家法32条1項は増減の両方を請求できると定めており、借主からの減額請求もできます。3項には減額の場合の扱いも置かれています。ただし近くの似た物件と比べて不相当であることを示す必要があるため、周辺の募集家賃が上がっている地域では通りにくくなります。
まず何を確認すればよいですか。
契約書です。32条1項のただし書きは、一定の期間家賃を増額しない旨の特約がある場合にはその定めに従うとしています。その種の条項があれば、その期間は増額請求ができません。
なぜプラスチックパレット株式会社がこの記事を書いているのですか。
当社は物流資材の商社で、原料や資材の値上げがどこで決まり、どこで止まるのかを日々の仕入れで追いかけています。値上げには、相手が言えば通るものと、合意がなければ通らないものがあります。家賃は後者で、その線引きが条文にはっきり書かれている珍しい例です。値上げのニュースを制度の面から読む材料としてお伝えできると考えています。