Supply Chain Report / Marine Urea AUS 40
AUS40(船舶用尿素水)にAdBlueは使えるのか|ISO 18611とISO 22241の規格差、どこで買えるか
船舶用SCRの還元剤AUS40は、名前も見た目もAdBlueに似ていますが別の規格です。ISO 18611-1とISO 22241の規格値を並べ、濃度・不純物・凍結温度の差を確認します。あわせて、どの船にTier III対応が要るのか、2026年時点の原料価格と供給の状況、国内外の供給者を整理します。
ANSWER
AUS40とAdBlueは相互に代替できません。ISO 18611-1のAUS40は尿素39〜41%、AdBlue(AUS32)は31.8〜33.2%で、SCRの投与量計算が合わなくなります。不純物の許容値も別系統で、アルデヒドはAUS40が100mg/kg、AUS32が5mg/kgです。AUS40は0℃付近で結晶が出ます。
AUS40の尿素濃度
39–41%(m/m)
ISO 18611-1:2014 表1。目標値は40%。AdBlue(AUS32)は31.8〜33.2%
アルデヒド許容上限の差
20倍
AUS40は100mg/kg、AUS32は5mg/kg。両規格値から当社が算出
尿素の通関価格
119.7千円/t
2026年6月。5月の141.4千円/tから下落。農林水産省掲載の貿易統計ベース
この記事の要点
- AUS40は船舶用SCRの還元剤で、規格はISO 18611-1:2014。陸上車両用のAdBlue(AUS32、規格はISO 22241およびJIS K 2247-1)とは尿素濃度が違うだけでなく、規格を作った委員会も、不純物の許容値も別系統です。
- 不純物の許容値は、AUS40のほうが緩く設定されています。アルデヒドはAUS40が100mg/kg以下、AUS32が5mg/kg以下。「AdBlueのほうが薄いから船に使っても安全」という理解は、濃度の面でも純度の面でも成り立ちません。
- AUS40は0℃付近で尿素の結晶が出ます。尿素の水への溶解度は0℃で40.0%(w/w)で、40%溶液のAUS40はこの温度がちょうど飽和点にあたるためです。ISO 18611-3も1℃未満での保管を避けるよう示しています。AdBlueの凍結温度マイナス11.5℃とは前提が異なります。
- Tier III対応が必要なのはNECA(NOx排出規制海域)を航行する船だけです。指定は北米・米カリブ海・バルト海・北海に加え、2026年3月1日発効の改正でカナダ北極海域とノルウェー海域が追加されました。日本近海はNECAではありません。
- AUS40の需要は環境規制の強化から生まれています。NOxは酸性雨と呼吸器への影響が指摘され、規制は2005年の一次規制、2010年の二次規制(約20%減)を経て、2016年の三次規制で一次規制比80%削減となりました。この水準からSCRが必要になります。
- AUS40には公開されたスポット価格の指標がなく、取引は相対の見積りが基本です。原料側の尿素通関価格は2026年5月の141.4千円/tをピークに6月は119.7千円/tへ下がりましたが、国内の尿素水は改定後の価格が続いています。
AUS40とAdBlue(AUS32)は何が違うのか
どちらも尿素を純水に溶かした無色透明の液体で、外観では区別がつきません。しかし規格は別々に作られており、要求される数値も一致しません。
AUS40は、船舶ディーゼルエンジンおよびボイラーのSCR(選択的触媒還元)装置に使う40%尿素水です。規格はISO 18611-1:2014で、ISOの専門委員会TC 8(船舶及び海洋技術)の分科委員会SC 2(海洋環境保護)が担当しています。一方、AdBlueが準拠するISO 22241はディーゼル機関の系統で作られた規格で、日本国内ではJIS K 2247-1として運用されています。2つの規格は別々の委員会で独立して作られており、両者は「濃度違いの同じ製品」ではありません。
規格値を並べて比較する
両規格の主要な項目を並べます。濃度が違うだけでなく、不純物の許容値も別々に定められています。
| 項目 | AUS40(ISO 18611-1) | AUS32(ISO 22241) |
|---|---|---|
| 尿素含有量 | 39〜41 % | 31.8〜33.2 % |
| ビウレット | 0.8 % 以下 | 0.3 % 以下 |
| アルデヒド | 100 mg/kg 以下 | 5 mg/kg 以下 |
| 不溶解分 | 50 mg/kg 以下 | 20 mg/kg 以下 |
| 金属分(カルシウム・鉄・ナトリウム等) | 各1 mg/kg 以下 | 各0.5 mg/kg 以下 |
AUS40はISO 18611-1:2014(E) 表1を直接参照。AUS32はCrown Oil社が公開するISO 22241規格表(2026年5月7日更新)による。国内のJIS K 2247-1準拠品の製品仕様も同じ数値帯で流通している。このほか密度・屈折率・アルカリ度・りん酸なども両規格で個別に規定されており、AUS32側では銅・亜鉛・クロム・ニッケル・アルミニウムの上限も定められている(AUS40には規定がない)。
不純物の許容値は、船舶用のほうが緩い
表の右列(AUS32)のほうが、ほぼすべての不純物項目で数値が小さい、つまり厳しく設定されています。アルデヒドは20倍、ビウレットは約2.7倍、不溶解分は2.5倍の開きがあります。船舶用だから高品位、という理解は規格上は逆です。船舶用SCRは触媒の容量が大きく、投与量も桁違いに多いため、要求される純度の考え方そのものが陸上とは別に設計されています。
ISO 22241の規格値は、ISO本文を直接参照したものではなく、供給事業者が公開している規格表から取得しました。AUS40側はISO 18611-1:2014の公開サンプルPDFで表1を直接確認しています。取得経路の違いを記事内で明示しておきます。
入れ替えると何が起きるのか
AUS40の代わりにAdBlueを積む、あるいはその逆をした場合、問題は3つの層で起こります。濃度、不純物、そして温度です。
濃度が合わないと投与量の前提が崩れる
SCRは、排ガス中のNOx量に対して必要なアンモニア量を計算し、尿素水として噴射します。この計算は「投入した液体に尿素が何%入っているか」を前提に組み立てられています。40%を前提とする船舶用SCRに32.5%の液を入れれば、同じ体積を噴射しても供給されるアンモニアは約8割にとどまります。逆に32.5%前提の車両用SCRに40%の液を入れれば、尿素が過剰になり、噴射口周辺で析出物が生じる要因になります。
不純物の許容値の向きが逆になる
前章の表のとおり、不純物の許容値はAUS32のほうが厳しく設定されています。したがってAUS40を車両用SCRに転用すると、アルデヒドやビウレットの含有量がAUS32の規格値を超えている可能性があります。ビウレットは尿素の加熱時に生じる副生成物で、アンモニアに分解されず投与ラインに堆積します。AUS32の限度が0.3%と厳しいのはこのためです。AUS40の限度は0.8%で、車両用の基準からは外れます。
AUS40は0℃付近で結晶が出る
尿素の水への溶解度は温度で変わります。0℃で40.0%、10℃で45.7%、20℃で51.9%(いずれもw/w)です。AUS40は尿素40%の溶液なので、0℃がちょうど飽和点にあたります。これより温度が下がれば尿素が溶けきれなくなり、結晶として析出します。ISO 18611-3:2014でも、凝固を防ぐため1℃未満での保管を避けること、尿素の分解と水の蒸発を防ぐため25℃超での長期の輸送・保管を避けることが示されています。同規格には、凝固したAUS40は液体より体積が大きいため、満量の密閉容器を破裂させることがあるという注記もあります。ただし30℃を超えない範囲で慎重に加温し、固形物がなくなれば品質は損なわれず使用できるとされています。
一方、AdBlue(AUS32)の32.5%という濃度は、尿素水の凝固点が最も低くなる共晶点にあたり、凍結温度はマイナス11.5℃です。同じ「尿素水」でも、寒冷地・寒冷航路での扱いは前提から異なります。船内タンクの断熱・加温が必要になるのはこのためです。
外観では判別できない
AUS40もAdBlueも無色透明・無臭で、目視やにおいでの区別はできません。20LのBIBやIBCコンテナに入った状態では容器の形状も似ています。取り違えを防げるのは、容器の表示(ISO 18611に適合する製品は「AUS 40 ISO 18611」の呼称を表示することが規格で定められています)と、ロットごとの試験成績書(COA)だけです。
どの船にAUS40が要るのか
SCRとAUS40が必要になるのは、Tier III規制の適用を受ける船が、規制対象の海域を航行する場合に限られます。すべての船に必要なわけではありません。
IMOのNOx規制は、Tier I・Tier II・Tier IIIの3段階です。Tier IIIはTier I比で80%の削減を求める水準で、これを満たすには燃焼制御だけでは足りず、SCRまたはEGR(排ガス再循環)という後処理が必要になります。ただしTier IIIが適用されるのはNECA(NOx排出規制海域)の中だけで、同じ船でも海域を出ればTier IIが適用されます。対象は出力130kWを超えるディーゼル機関です。
NECAの指定海域と適用開始
| 海域 | Tier III適用の対象船 |
|---|---|
| 北米・米カリブ海 | 2016年1月1日以後に起工された船舶 |
| バルト海・北海 | 2021年1月1日以後に起工された船舶 |
| カナダ北極海域 | 2025年1月1日以後にキールが据え付けられた船舶または同様の建造段階にある船舶 |
| ノルウェー海域 | 2026年3月1日以後に建造契約が結ばれた船舶。建造契約がない場合は2026年9月1日以後にキールが据え付けられる船舶 |
北米・米カリブ海およびバルト海・北海はUK P&Iの解説による。カナダ北極海域・ノルウェー海域は国土交通省が公表したIMO第82回海洋環境保護委員会(MEPC 82)の審議結果による。両海域の指定は決議MEPC.392(82)として採択され、2026年3月1日発効。日本海事協会の解説では、同海域の燃料油硫黄分0.10%規制については2027年3月1日まで免除される。
どれくらいの量を使うのか
民間調査会社の報告では、世界で7,000隻超のSCR搭載船がAUS40を使用しており、船上消費量は1.5〜3.5リットル/MWhとされています。負荷・船種・運航形態によって幅がありますが、この係数を使えば、主機出力とNECA内の航行時間から自船の必要量を概算できます。たとえば出力10,000kW(=10MW)の主機を50%負荷で100時間運転する場合、仕事量は500MWhとなり、必要量は750〜1,750リットルという計算になります。あわせて、世界のバンカリング港は100港超と報告されています。
消費量の係数・隻数・港数はBusiness Research Insightsの報告による推計値で、一次統計ではない。上記の必要量は当社が係数を用いて計算した例示であり、実際の消費量はエンジンメーカーおよびSCRメーカーの仕様書によって確認されたい。
日本近海はNECAに指定されていません。国内航路のみを走る船にTier III対応の義務は生じず、AUS40も不要です。AUS40の需要が発生するのは、北米・欧州・カナダ北極海・ノルウェー海の各海域に入る外航船です。2026年3月1日の発効で対象海域が2つ増えたことは、今後の需要見通しにおいて増加方向の要因になります。
価格と供給の状況
「AUS40はいくらか」という問いに、公開された相場表で答えることはできません。理由と、代わりに何を見るかを整理します。
公開されたスポット指標が存在しない
AUS40は、船舶燃料のように日次で価格が公表される商品ではありません。取引は供給事業者との相対で行われ、数量・荷姿・納入地・納入方法(陸上側からの給液か、バージによる海上側からの給液か)によって条件が変わります。調達価格を知る唯一の方法は、条件を明示して見積りを取ることです。この記事の執筆時点で、公開されている実勢価格の一覧は確認できていません。
原料である尿素の価格推移
AUS40の原料は工業用尿素と純水です。液体の価格に最も効いてくるのは尿素の仕入れ値なので、こちらは公表統計で追えます。農林水産省が公表している貿易統計ベースの尿素通関価格は次のとおりです。
| 2026年 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 尿素(千円/t) | 77.3 | 79.2 | 93.1 | 129.7 | 141.4 | 119.7 |
農林水産省「肥料の価格情報」(2026年8月3日更新)掲載の貿易統計ベースの通関価格。5月がこの期間のピーク。
5月の141.4千円/tをピークに、6月は119.7千円/tへ約15%下がりました。ただし1月の77.3千円/tと比べると依然として5割以上高い水準です。国内の尿素水では、三井物産プラスチックが2026年4月20日出荷分から全荷姿で1リットルあたり10円の改定を実施しており、改定後の価格が続いています。原料の下落が製品価格に反映されるまでには時間差があります。尿素水は原料尿素を仕入れて溶解・充填する工程を経るため、6月に下がった通関価格が反映されるのは、その原料で製造されたロットが流通する段階です。6月の下落をもって現在の調達価格が下がったと読むことはできません。陸上用の価格改定の経緯は【速報】アドブルーの価格高騰と供給状況及び今後の見通しについてで扱っています。
供給の制約は「量」より「届ける仕組み」にある
海外の調査会社の報告では、中小港湾の48%超に専用のAUS40給液設備がなく、船社の約42%が供給網・港湾カバレッジの制約による納入の遅れを挙げています。新興国では舶用燃料供給拠点の30%未満しかAUS40に対応していないとされます。液体そのものが手に入らないというより、寄港地で受け取る手立てがないことが制約になっている、という構図です。
この段落の3つの比率は、いずれも民間調査会社の報告に基づく推計値で、一次統計ではありません。同種の市場レポートは市場規模の推計値が調査会社間で1桁異なることもあるため、比率の水準そのものは幅を持って読む必要があります。
どこで買えるか
国内では商社・化学メーカー・専門販売会社が供給しています。海外では世界最大の高品位尿素水生産者を含む数社に集中しています。
国内の供給者
| 会社 | 区分 | 公開情報から確認できること |
|---|---|---|
| 阪和興業 | 商社 | 工業用尿素を純水で溶解した船舶用40%高品位尿素水として掲載。国内・海外のサプライ体制を構築。船舶尿素水の専任チームを設置。肥料用・工業用・車用(AdBlue)・船舶用(AUS40)向けの尿素も販売 |
| 新日本化成 | メーカー | ISO 18611-1に適合したAUS40を製造すると明記 |
| タイキ薬品工業 | メーカー | 「40%高品位尿素水(AUS40)」を製品として掲載 |
| IEトレード | 販売 | AdBlueを製造する工場と同じ品質管理・製造ラインでAUS40を製造。品質規格はISO 18611を参照 |
| 芹沢薬品 | 販売 | 20L BIB・IBCコンテナ・ローリーで納入方法を提案 |
| 株式会社無垢 | 販売 | 陸上車両用AdBlue(AUS32)とは異なる船舶用の品質規格を持つ製品として掲載 |
| 伊藤忠エネクス | 販売 | 舶用SCRシステム向け尿素水(AUS40)の販売を発表(2019年3月) |
各社の公開ページおよびプレスリリースの記載内容を要約したもの。掲載順は順位を示すものではない。取扱いの有無・条件は変わる場合があるため、各社に直接確認されたい。
海外の供給者
海外ではノルウェーのYara(ヤラ)が「NOxCare 40 Marine」ブランドでAUS40を供給しており、SCRシステムの設計・施工から世界の港での運航中補給までを一体で提供しています。同社は自らを世界最大の高品位尿素水生産者と位置づけています。このほか、市場レポートではCF Industries(米)、GreenChem(欧)、四川美豊・山東新藍(中国)が上位供給者として挙げられ、上位5社で市場の約7割を占めるとされています。
船内で作るという選択肢
もう一つの経路が、船内でAUS40を製造する方法です。ヤンマーは2019年に舶用SCRシステム向けの尿素水製造装置の取り扱いを開始しており、尿素の粉末と造水装置で得られる蒸留水から必要量を船内で製造できます。貯蔵タンクを小型化できる点が利点として挙げられています。カナデビア(旧・日立造船)も舶用SCRシステムと尿素水製造装置を手がけています。この方式では、調達対象が完成した尿素水ではなく固体の工業用尿素になります。
当社は物流資材と工業用尿素を扱う商社で、AUS40の完成品を販売していません。取り扱っているのは原料側の固体尿素です。規格・荷姿・安全性の詳細は尿素の第二調達先 Pupuk Indonesia|nitrea の規格・安全性・荷姿と用途別の技術情報、アドブルー原料としての供給条件はアドブルー原料用尿素の第二調達先|インドネシア産、50kg袋・1tフレコン、1袋から供給でご案内しています。
環境対策として注目される理由
AUS40の需要は、船社が自主的に環境配慮を進めた結果ではなく、規制が段階的に強化されてきた結果として生まれています。何を減らすための規制なのか、そしてCO2とはどういう関係にあるのかを整理します。
NOxが引き起こすもの
船舶のディーゼル機関から出る排出ガスのうち、環境上の問題が指摘されてきたのが窒素酸化物(NOx)と硫黄酸化物(SOx)です。NOxは高濃度で呼吸器に影響を及ぼし、広く拡散した場合には酸性雨の原因になるとされ、バルト海沿岸諸国などから早くから問題提起されてきました。国際海運は国境をまたいで運航するため、一国が自国籍船だけを規制しても効果が上がらず、国際的な枠組みで対応する必要がありました。これがMARPOL条約附属書VI(船舶からの大気汚染防止のための規則)です。
規制は3段階で強化されてきた
日本では、MARPOL条約附属書VIが2005年5月19日に発効し、船舶に搭載されるディーゼル機関のNOx排出規制(一次規制)が始まりました。その後2010年7月1日から二次規制が開始され、規制値は一次規制比で約20%削減されています。そして2016年1月1日からの三次規制(Tier III)では、一次規制比80%削減が求められるようになりました。
| 規制 | 開始 | 一次規制比の削減幅 | 必要な技術 |
|---|---|---|---|
| 一次規制(Tier I) | 2005年5月19日 | 基準 | 燃料噴射時期の調整など機関内部の対応 |
| 二次規制(Tier II) | 2010年7月1日 | 約20%減 | 機関内部のチューニングで対応可能 |
| 三次規制(Tier III) | 2016年1月1日 | 80%減 | 機関内部の調整では届かず、SCRまたはEGRが必要 |
発効日と削減幅は日本小型船舶検査機構(JCI)の解説による。Tier IIIの内容は新日本化成およびヤンマーの技術資料で確認。三菱重工の技報でも、Tier IIまでは燃料噴射タイミングの調整等の機関内部のチューニングで対応してきたが、Tier IIIでは従来のチューニングでは適合できないと説明されている。
AUS40の需要が生まれたのは、この三次規制からです。二次規制まではエンジンの設計と調整で対応できましたが、80%削減という水準は燃焼の工夫だけでは届かず、排出後に処理する装置が必要になりました。舶用エンジンに設置されたSCRのNOx除去率は90〜95%とされ、現時点でディーゼル機関の排出ガスからNOxを除去する最も効果的な方法と評価されています。
規制海域は広がり続けている
もう一つの要素が、対象海域の拡大です。NECA(NOx排出規制海域)は2016年の北米・米カリブ海から始まり、2021年にバルト海・北海が加わりました。さらに2026年3月1日発効の改正で、カナダ北極海域とノルウェー海域が追加されています。規制の水準が上がるのではなく、規制がかかる海域そのものが増えているという構造です。既存船の設備を変えなくても、就航する航路が規制海域に含まれるようになればTier III対応が必要になります。市場調査各社がAUS40市場の年平均成長率を7〜20%と見込んでいるのは、この海域拡大が背景にあります。
CO2との関係は正確に理解する必要がある
ここで誤解が生じやすい点を整理します。尿素SCRはNOxを減らす技術であって、CO2を減らす技術ではありません。排気中で尿素は次のように加水分解し、アンモニアとともにCO2が発生します。
CO(NH2)2 + H2O → 2NH3 + CO2
ただし、この式には続きがあります。尿素はもともと、アンモニアと二酸化炭素を反応させて製造されています(2NH3 + CO2 → CO(NH2)2 + H2O)。SCRで放出されるCO2は、製造時に固定したものが戻る形です。ただし尿素の原料であるアンモニアは天然ガスや石炭を改質して作られるため、製造工程全体で見ればCO2は排出されています。「差し引きゼロ」と単純化することはできません。
Tier III対応の手段選択が燃費に効く
Tier III対応にはSCRとEGR(排ガス再循環)の2つの方法があります。EGRは排ガスの一部を燃焼室に戻して燃焼温度を下げる方式で、還元剤を積む必要がない反面、燃焼そのものを変えるため燃費に影響します。韓国の練習船で行われた実船試験(MAN 5S35ME-B9.5、2025年10月公表)では、EGRのTier IIIモードでNOxを76.4%削減(1,464→346ppm)した一方、燃料消費率が176.59から206.16 g/kWhへ16.8%悪化しました。燃料消費の増加はCO2排出量の増加に直結します。SCRは燃焼を触らず排出後に処理するため、この観点では選択の意味があります。
上記の実船試験ではCO2濃度が45.2%上昇したとも報告されていますが、これは排出ガス中の濃度であって排出量ではありません。EGRでは排ガスの一部が循環するため濃度が上がります。排出量の指標として読むべきは燃料消費率の16.8%です。また同試験はEGRを搭載した1隻の特定機種での測定であり、SCRとの直接比較試験ではありません。SCR側の燃費データは同じ条件では取得できていません。
温室効果ガスの規制は別の枠組みで動いている
NOx規制(Tier III)と、温室効果ガスの規制は別のレイヤーです。IMOは2023年のGHG戦略に基づき、燃料のライフサイクル全体で温室効果ガス強度を規制し価格メカニズムを組み合わせる「ネットゼロ枠組み」を検討してきました。この枠組みは2025年10月の臨時会合で採択が1年延期され、2026年10月に再開される予定です。AUS40はNOx規制への対応手段であり、この枠組みの下で評価されるのは燃料側です。両者を混同すると、対応の優先順位を誤ることになります。
で、どうすればいいのか
ここに書くのは確認の手順です。どの供給者と契約するか、どの荷姿にするかといった判断そのものは、船の運航条件と社内の基準に照らしてご判断ください。
ACTION 01
自船がTier IIIの対象かを起工日と航路で確認する
キールの据付日(または建造契約日)と、就航予定の航路にNECAが含まれるかを突き合わせます。北米・米カリブ海は2016年1月1日以後、バルト海・北海は2021年1月1日以後の起工が対象です。2026年3月1日発効の改正で加わったカナダ北極海域とノルウェー海域は基準日が異なるため、国土交通省が公表しているMEPC 82の審議結果、または船級協会の解説で個別に確認できます。
ACTION 02
納入品の呼称表示と試験成績書を照合する
ISO 18611に適合する製品は、配送用のポンプおよび容器に「AUS 40 ISO 18611」の呼称を表示することが規格で定められています。荷受け時にこの表示があるかを確認し、あわせてロットごとの試験成績書(COA)で尿素含有量・ビウレット・アルデヒド・不溶解分の実測値が表1の限度内かを照合します。外観では判別できないため、書面での確認が唯一の手段です。
ACTION 03
寄港地でAUS40を受け取れるかを事前に調べる
寄港予定地に給液設備があるか、陸上側からの給液かバージによる海上側からの給液か、手配のリードタイムはどれくらいかを、供給者または船舶代理店に確認します。設備がない港では前後の寄港地での補給計画が必要になります。中小港湾では専用設備がない例が多いと報告されているため、航路全体で受け取り可能な地点を洗い出しておく形になります。
ACTION 04
保管温度と接触材料をISO 18611-3で突き合わせる
ISO 18611-3:2014は、1℃未満での保管を避けること、25℃超での長期の輸送・保管を避けること、直射日光を避けること、密閉容器またはフィルター付きの通気容器を使うことを示しています。同規格では保存期間を「所定の条件で保管したときにISO 18611-1の表1の規格内に留まる期間」と定義し、保管温度の関数として表3に規定していますが、公開されているサンプル版には表3の数値が含まれておらず、具体的な月数は確認できていません。25℃超での長期保管が保存期間を縮めうる点は同規格の注記に示されています。
接触材料も規格に一覧があります。推奨されるのはステンレス鋼(304・304L・316・316L等)、チタン、添加剤を含まないポリエチレン・ポリプロピレン・PTFE、適切な樹脂によるFRPなど。推奨されないのは炭素鋼、亜鉛めっき鋼、銅・銅合金・亜鉛・鉛、アルミニウムおよびアルミ合金、マグネシウム、ニッケルめっきです。タンク・配管・継手・ホース・ガスケットまで含めて、AUS40に直接触れる部材が該当しないかを確認します。
よくある質問
- AUS40の代わりにAdBlue(AUS32)を船舶用SCRに使えますか
- 使えません。AUS40は尿素39〜41%、AUS32は31.8〜33.2%で、船舶用SCRの投与量計算は40%を前提に組まれています。同じ体積を噴射しても供給されるアンモニアが約8割にとどまり、NOx削減が設計値に届きません。エンジンメーカーやSCRメーカーの指定還元剤に従ってください。
- 逆に、AUS40を車両のAdBlueタンクに入れてもよいですか
- 規格上は外れます。ISO 22241のAUS32はビウレット0.3%以下・アルデヒド5mg/kg以下ですが、ISO 18611-1のAUS40はビウレット0.8%以下・アルデヒド100mg/kg以下です。AUS40がAUS32の不純物基準を満たす保証はありません。加えて濃度が高いため、噴射口周辺で析出物が生じる要因になります。
- AUS40はいくらですか
- 公開されたスポット価格の指標がなく、相対の見積りが基本です。数量・荷姿・納入地・納入方法で条件が変わります。原料側の目安としては、農林水産省が公表する尿素の通関価格が2026年5月の141.4千円/tから6月は119.7千円/tへ下がっており、1月の77.3千円/tと比べると依然5割以上高い水準です。
- 日本国内を走る船にもAUS40は必要ですか
- 日本近海はNECA(NOx排出規制海域)に指定されていないため、国内航路のみの船にTier III対応の義務は生じません。AUS40が必要になるのは、北米・米カリブ海・バルト海・北海・カナダ北極海域・ノルウェー海域に入る外航船で、かつ各海域ごとに定められた基準日以後に起工または建造契約された船舶です。
- なぜプラスチックパレット株式会社がこの記事を書いているのですか
- 当社は物流資材と工業用尿素を扱う商社で、AUS40の原料側にあたる固体の工業用尿素を取り扱っています。AUS40の完成品は販売していません。尿素を扱う立場から、AdBlueとの規格の違いが実務で誤解されやすい点を整理しました。尿素の廃棄の具体的な処理方法、空容器・空フレコンの取り扱いについては、販売元までご相談ください。
出典・エビデンス一覧
規格
- ISO 18611-1:2014(E) Ships and marine technology — Marine NOx reduction agent AUS 40 — Part 1: Quality requirements
- ISO 18611-3:2014(E) Ships and marine technology — Marine NOx reduction agent AUS 40 — Part 3: Handling, transportation and storage
- Crown Oil「AdBlue® Specifications: ISO 22241」
- JIS K 2247-1 ディーゼル機関−NOx還元剤AUS 32−第1部:品質要件
- IEトレード「AUS40 品質規格」
規制
- 国土交通省「IMO 第82回海洋環境保護委員会(MEPC 82)主な審議結果」
- 日本海事協会(ClassNK)「SOx・PM規制」
- UK P&I「IMO:船舶からの窒素酸化物(NOx) 第3次規制の遵守」
- 日本小型船舶検査機構(JCI)「NOx放出量確認」
- 国土交通省「船舶からの排出ガス対策」
- 日本船舶技術研究協会「欧州における極低排出」
- 三菱重工技報 Vol.53 No.2(2016年)
- Jaesung Moon「Combustion and Emission Trade-Offs in Tier-Regulated EGR Modes」(Journal of Marine Science and Engineering, 2025年10月9日)
- IMO「The IMO Net-Zero Framework - FAQs」/DNV「Decision on the IMO Net-Zero Framework delayed for one year」
- 新日本化成「船舶用尿素水」
価格・供給
- 農林水産省「肥料の価格情報」
- 三井物産プラスチック「三井のAdBlue® 価格改定のお願い」
- Global Growth Insights「Marine Urea AUS40 Market」
- Business Research Insights「Marine Urea (AUS 40) Market」
物性・取り扱い
- 高杉製薬「尿素についての製品情報 Q&A」
- New Age Chemicals「AUS40 (Urea 40%, high purity)」
- 日本マリンエンジニアリング学会誌「SCRシステムに使用される尿素水の特性と運用」
- Motor-Fan「ディーゼルエンジンの尿素SCR」/大車林「尿素SCR」
- Cardiag「AdBlue® AUS 32」
供給者
- 阪和興業「AUS40 舶用尿素水」および「尿素」
- タイキ薬品工業「40%高品位尿素水(AUS40)」/芹沢薬品「船舶用尿素水 AUS40」/株式会社無垢「AUS40(船舶用尿素水)」
- 伊藤忠エネクス「舶用SCRシステム向け尿素水(AUS40)の販売について」
- Yara「NOxCare 40 Marine」
- ヤンマー「SCRシステム用尿素水製造装置の取り扱いを開始」/カナデビア「舶用SCRシステム」
当社の関連記事
- 規格値はISO 18611-1:2014およびISO 22241に基づく記載時点の数値です。規格は改正される場合があるため、実務では最新版をご確認ください。
- アルデヒド許容上限の20倍という比較は、当社が両規格値から計算したものです。
- ISO 22241の規格値は供給事業者が公開する規格表から取得したもので、ISO本文を直接参照したものではありません。ISO 18611-3の表3(保管温度ごとの保存期間)の数値、およびAUS40の実勢価格は確認できていません。
- EGRの実船試験値は特定の1機種・1隻での測定であり、すべての機関に当てはまるものではありません。SCRを同条件で測定した比較データは確認できていません。
- 本稿は情報提供を目的としたもので、特定の判断を推奨するものではありません。