ニュースで聞くイラン情勢が招く「2026年ゴム手袋ショック」をやさしく解説、手袋がどこにも売っていない本当の理由
病院・歯科・食品工場・研究室から「手袋が入らない」という声が相次いでいます。その原因は、石油と海峡と工場の連鎖でした。
ゴム手袋の原料NBRは石油由来。ホルムズ海峡封鎖で世界の約45%を供給するマレーシアの工場が原料不足に。Top Glove会長「30%が足りない」、国内7社以上が出荷制限。政府が備蓄5,000万枚を放出したが、価格は高止まりで正常化は見えていない。
「石油と手袋」がつながっている、という意外な話
「手袋って、ゴムじゃないの?石油と関係あるの?」と思った方へ。実は、私たちが病院や食品工場で使っているあの青や白の薄い手袋は、石油から作られています。
ゴム手袋の原料「NBR(ニトリルブタジエンゴム)」は、石油を蒸留したときに出る「ナフサ」という液体から作ります。パンを焼くには小麦粉が必要なように、ゴム手袋を作るにはナフサが必要なのです。そのナフサが、イラン情勢の影響で世界的に不足しています。
原料の流れをシンプルに整理するとこうなります。
- 中東の油田で原油を採掘
- ホルムズ海峡を通ってタンカーで日本・アジアへ輸送
- 製油所でナフサを精製
- ナフサからNBR(合成ゴム)を製造
- マレーシアの工場でNBRを使ってゴム手袋を成形
- 日本の病院・歯科・食品工場・研究室へ
この連鎖のどこか一箇所でも詰まると、最終的に手袋が届かなくなります。2026年2月末、まさにその詰まりが起きました。
- ゴム手袋の原料NBRは石油(ナフサ)から作られる
- 中東→タンカー→マレーシア工場→手袋という連鎖がある
- この連鎖の入口が、2026年2月末に詰まった
「世界の石油の20%が通る海峡」が事実上封鎖された
2026年2月末、米国・イスラエルとイランとの間で軍事的な緊張が高まり、ペルシャ湾の出口にあるホルムズ海峡の通航が事実上制限されました。
ホルムズ海峡は、幅がいちばん狭いところで約55キロメートル。世界の原油の海上輸送量の約20%がここを通ります。首都高速の特定の入口が閉まると、周辺道路がすべて渋滞するように、ここが閉まると世界の石油供給全体に影響が出ます。
日本は原油輸入の約9割を中東に頼っており、そのほとんどがホルムズ海峡を通ります。手袋の原料になるナフサも、日本の必要量の7割以上は中東産です。
世界の原油輸送量
中東依存の割合
世界のゴム手袋シェア
(MARGMA)
マレーシアは世界のゴム手袋のおよそ半分を作っています。Top Glove・Hartalega・Kossanといった大手メーカーが集中しており、その工場がNBR(原料)を調達できない状況に陥りました。
- ホルムズ海峡は「世界の石油の20%が通る要所」
- 日本は原油の9割を中東に頼っており直撃を受けた
- 世界の手袋の45%を作るマレーシアが原料不足に陥った
「次回入荷未定」、病院・歯科・研究室での実態
世界の工場で起きた「原料不足→生産減→値上げ」という波は、数週間から数か月のタイムラグを経て日本の現場に届きました。
卸売・メーカーの出荷制限が相次ぐ
2026年3月以降、国内の大手卸やメーカーが次々と出荷制限を通知しました。
「ホルムズ海峡封鎖による石油からの原料(ブタジエンゴム)供給停止の影響を受け、ニトリルグローブ各種において平常時を大幅に上回るご発注が集中しております。在庫が急速に枯渇する恐れがあるため、緊急の出荷制限を実施します」
歯科向け大手のこの通知に続き、理化学・医療向けの卸でも同様の制限が広がりました。
- 中野デンタルサプライ(3月11日)── 歯科向け卸。ホルムズ封鎖を明示して緊急制限
- アズワン(4月)── 理化学・医療機器卸。ニトリル手袋200品番超が対象
- グライナー・ジャパン(4月)── Sapphireニトリルグローブ全サイズ制限、新規取引お断り
- 日本製紙クレシア(3月)── ニトリル手袋等のグローブ製品を出荷制限
- Ciモール・P.D.R.など歯科卸でも購入数制限・欠品が常態化
茨城県の診療所では「100件超の注文が殺到して即座に在庫切れ」
茨城県保険医協会が2026年4月7日にFAXで手袋1品目を案内したところ、100件を超える注文が一度に殺到し、即時在庫切れ・次回入荷未定となりました(同協会2026年4月8日公式発表)。医療機関がいかに手袋の調達に困っているかがわかる出来事です。
研究室・大学ラボでも「一時、完全に発注できなくなった」
化学系の研究者コミュニティ「Chem-Station(化学ステーション)」(2026年5月8日)は、「ニトリル手袋は一時完全に発注できなくなった」「出荷制限(1度に何個まで)がかかっている製品も多い」と大学ラボの実態を報告しています。医療・歯科だけでなく、研究・教育の現場にも影響が広がっています。
- 2026年3〜4月以降、国内7社以上が出荷制限を相次いで実施
- 歯科・病院では「注文が即座に在庫切れ」という事態が発生
- 研究室・大学ラボでも「一時、発注できなくなった」
「世界最大手でも赤字ギリギリ」、価格上昇が止まらない理由
ゴム手袋の価格は、なぜこんなに上がっているのでしょうか。世界最大手Top Glove(マレーシア・証券取引所上場)の動きを見るとわかります。
世界最大手が「必要量の30%が足りない」と宣言
Top Gloveの会長Tan Sri Dr Lim Wee Chaiは2026年3月、「現在の供給不足は必要量の約30%に達する」と推定。合成ゴム(NBR)の仕入れ価格は1トンあたり1,500米ドルと以前の2倍になり、4月・5月に販売価格を各1,000枚あたり7〜9ドル引き上げました(The Edge Malaysia、2026年3月18日)。
パン屋さんが小麦粉を仕入れると、仕入れ値が2倍になったとします。今まで100円で売っていたパンが、同じ利益を出すには180円以上で売らないといけない。それでも値上げが追いつかずに赤字ギリギリで売っている状態が「逆ザヤ」です。Top Gloveはまさにその状態に入りつつあります。
専門金融機関のHLIBリサーチ(2026年4月23日)は「4四半期連続で下がっていた販売価格が、2026年3月下旬についに上昇に転じた」と確認。また、ゴム手袋の原料サプライヤーは現金の100%前払いを要求するようになっており(以前は20〜30%)、業界全体での資金繰り圧力が高まっています。
仕入れコスト上昇率
(Top Glove発表)
価格上昇率(前年比)
(CIMB分析)
卸売価格(2026年6月)
(LabPro)
政府は国備蓄5,000万枚を放出したが……
事態を受け、高市首相は2026年4月16日の関係閣僚会議で、感染症対策として備蓄していた医療用手袋5,000万枚を5月から放出することを決定しました。アスクルがG-MIS(医療機関等情報支援システム)経由で診療所・歯科診療所に供給する体制が整えられましたが、これで不足が解消されたわけではありません。保団連(全国保険医団体連合会、開業医・勤務医約10万6,000人加入)は5月14日時点でも小規模な医療機関への供給改善を政府に要望し続けています。
- 世界最大手Top Gloveが「30%不足・NBR2倍」と公表、価格が上昇
- 政府が備蓄5,000万枚を放出したが、根本的な解消には至っていない
- 「低コストな手袋の時代は、産地を問わず終わった」(Glove Saver)
「停戦したら元に戻る」は間違い、ナフサ価格が教える現実
「2026年4月にイランと米国が停戦したのだから、もう大丈夫では?」と思うかもしれません。でも、現実はそう単純ではありません。
「停戦」と「物流正常化」は別の話
2026年4月7日に米・イランが戦闘停止に合意し、4月17日にイランがホルムズ封鎖解除を表明しました。しかし、イランによる通航管理制度(通行料の徴収)は停戦後も続いており、英紙フィナンシャル・タイムズ(5月23日)時点で停戦交渉は依然流動的な状況にあります。
高速道路の事故が片付いて通れるようになっても、以前の通常速度に戻るまでには時間がかかります。積み残した荷物を解消し、遠回りルート(喜望峰経由)を使っていた船が元に戻るのも時間がかかります。「道が通れる」と「交通が正常に戻る」は別の話なのです。
国産ナフサ価格は2026年6月4日時点で91,021円/kL(大景化学)。2026年1〜3月期の確定値65,700円/kLと比べ、約1.4倍の水準で高止まりしています。
「元の価格には戻らない」という長期的な見方
市場調査会社Mordor Intelligenceは、世界のNBR市場が2025年の31.2億ドルから2033年には50億ドルに拡大すると予測(年率6.1%成長)しています。電気自動車のシール部品など新しい用途も増えており、ゴム手袋の原料が世界で取り合いになる構造は今後も続きます。
Glove Saverは「低コストなゴム手袋の時代は、産地を問わず終わった」と言い切っています。「いつか元に戻る」という前提ではなく、「これが新しい標準」として対応を考える必要があるということです。
- 停戦しても「物流正常化」には時間がかかる、ナフサ価格はまだ高止まり
- NBR市場は構造的に拡大基調、「元の価格に戻る」という前提は崩れた
- 新しい価格水準への適応が、暮らしと現場に求められている
- イラン情勢とニトリルグローブ供給危機の深層(前編) ── NBRの石油化学的構造・MARGMA緊急声明・マレーシア依存の歴史
- ニトリルグローブ危機の最前線2026(続報) ── 出荷制限の拡大・Top Glove会長発言・調達戦略5フレームワーク
- 2026年ナフサショック全貌 ── ホルムズ海峡封鎖が引き起こす供給網危機の構造
- MARGMA(マレーシアゴム手袋製造業者協会)公式声明(2026年3月26日)── マレーシア世界シェア約45%、NBR国内優先供給緊急要請
- The Edge Malaysia / i3investor「Top Glove to raise nitrile glove selling prices as nitrile latex costs double」(2026年3月18日)── 会長「必要量の30%が不足」、4〜5月に1,000枚+7〜9ドル値上げ
- HLIBリサーチ / Business Today Malaysia(2026年4月23日)── 4四半期ぶり価格上昇転換確認、NBRサプライヤーが現金100%預託を要求
- 中野デンタルサプライ「ニトリルグローブ供給逼迫に伴う出荷制限および緊急体制への移行について」(2026年3月11日)
- 一般社団法人 茨城県保険医協会「ニトリルグローブの販売 在庫切れのご連絡」(2026年4月8日)── 100件超注文殺到で即時在庫切れ
- アズワン株式会社「中東情勢に伴う製品供給に関するお知らせ」(2026年4月)── 200品番超の出荷制限、販売価格上昇の可能性も明記
- 株式会社グライナー・ジャパン(文書番号GBOJP-202604004、2026年4月)── Sapphireニトリルグローブ全サイズ出荷制限・新規取引お断り
- Chem-Station(化学ステーション)「2026年、過去最大規模の『有機溶媒危機』が始まった?」(2026年5月8日)── 大学ラボでニトリル手袋が一時完全発注不可
- 高市早苗首相・厚生労働省(2026年4月16日)── 国備蓄医療用手袋5,000万枚を5月から放出、アスクルがG-MIS経由で供給
- 全国保険医団体連合会(保団連)(2026年3月25日・5月14日)── 医療資材安定供給確保の緊急要望
- CIMB Securitiesアナリスト分析(2026年4月)── 合成ゴム手袋価格前年比約40%上昇・1,000枚29ドル
- Glove Saver(2026年3月19日)── マレーシア・タイ・ベトナム産も15〜25%値上がり
- LabPro Inc.(2026年6月)── 標準品卸売価格1,000枚80〜140ドル、「ポストパンデミックの価格正常化は終わった」
- 大景化学株式会社「ナフサ価格推移表」(2026年6月4日)── 国産ナフサ指標91,021円/kL
- Mordor Intelligence / データブリッジ市場調査「NBR市場予測 2026-2033」── 2025年31.2億ドル→2033年50億ドル(CAGR 6.1%)
- Financial Times(2026年5月23日)── 米・イラン停戦交渉は流動的な状況で継続中