エンジンオイル危機2026
(4月2日/USD/bbl)
(IEA/3月)
(バレル/3月11日)
(喜望峰回り)
2026年4月時点、日本のエンジンオイル(潤滑油)市場は前代未聞の混乱状態にある。ホルムズ海峡封鎖を受けてBrent原油先物は4月2日に約128ドル/bblでピークを記録。IEAは3月11日に4億バレル(400 million barrels)の緊急備蓄放出を加盟国と合意した。国内主要メーカーは一斉に受注制限へ移行し、ENEOSは受注停止品目48商品追加・前年同月実績ベースへの数量管理、出光ダフニーは4月8日10時から受注停止、シェルは取引先の受注枠超過のため受注停止継続、コスモはエンジン油・トランス油以外の全油種受注停止(日立工油2026年5月1日付動向情報)。エンジンオイルの主成分(約80%)であるベースオイルは中東依存度が高く、Group III/GTLは特に深刻不足で、業界団体は90日間の緊急暫定措置としてGroup IIへの代替使用を条件付き承認している。
2026年イラン危機のタイムラインと市場への衝撃
2026年に入り、中東情勢は急速に悪化した。現在の潤滑油不足がどのように引き起こされたか、以下の時系列が示している。ナフサショックの全体像と他産業への波及については「2026年ナフサショック|ホルムズ海峡封鎖が引き起こす供給網危機の全貌」で詳述している。
IEA Oil Market Report(2026年3月)によれば、中東からの石油供給は3月だけで日量800万バレル(8 mb/d)減少した。これは世界の石油供給の約8%に相当し、1970年代の石油危機を上回る供給ショックと定義されている。
潤滑油供給を支える「ベースオイル」の断絶
エンジンオイルの主成分(約80%)であるベースオイルは、その多くを中東の巨大製油所に依存している。今回の危機はベースオイルの世界的逼迫という形で、潤滑油市場に直撃している。
Luberef(ルベレフ)の出荷拠点シフトと攻撃の影響
サウジアラビアのベースオイル大手Luberef(ルベレフ)は、ホルムズ海峡封鎖を受けて出荷拠点をペルシャ湾側から紅海側のヤンブー港へシフトした。しかし、ヤンブー港もドローン攻撃の標的となっている。3月19日にはSAMREF精製所(アラムコ・ExxonMobil合弁)へのドローン直撃と港への弾道ミサイル攻撃(ミサイルは迎撃)が確認された(サウジ国防省、アラブニュース)。ただし当日の油積み出し作業は通常通り継続されたとも報告されており(Al Arabiya)、港湾全体の稼働状況は流動的な状況が続いている。
Group III/GTLベースオイルの深刻不足
世界最大のGroup III供給元である韓国のSK Enmoveは、原料調達コスト急騰を理由にアジア・欧州向け価格の大幅引き上げを決定した。TAKUMIモーターオイルの分析によれば、省燃費車(0W-20、0W-16指定車)に必要な100%化学合成油のベースオイル(Group III)の調達が特に困難になっている。
Group IIIベースオイル不足に対し、業界団体は90日間の緊急暫定措置としてGroup IIへの代替使用を条件付きで承認している。GTL(Gas-To-Liquids)は世界最大のカタール工場が出荷停止中で最も混乱が大きい状況だ。これは省燃費車のオイル指定への影響を意味し、整備工場や運送事業者は粘度選定の柔軟な対応が必要となっている。
ベースオイルのグレード別影響度
| ベースオイル分類 | 主な用途 | 2026年4月時点の影響度 |
|---|---|---|
| Group I | 低粘度指数・一般工業用 | 影響中度 |
| Group II | 中粘度指数・一般エンジン油 | 代替需要急増 |
| Group III | 高粘度指数・省燃費車(0W-20等)100%化学合成油 | 深刻不足(SK Enmove値上げ) |
| GTL | 最高品質・プレミアム合成油 | 最も混乱大(カタール工場出荷停止) |
| Group IV (PAO) | レーシング・高性能車向け | 影響大 |
国内主要メーカーの最新供給状況(2026年5月1日時点)
日立工油株式会社が2026年5月1日付で公表した「中東情勢影響による油剤メーカー各社動向」によれば、国内潤滑油メーカーは一斉に受注制限・大幅値上げの局面にある。同様の値上げドミノは梱包資材業界でも進行しており、「ストレッチフィルム・PPバンド・OPPテープ供給危機と価格急騰の全貌レポート Vol.1」で詳述している。
受注停止・出荷停止:受注停止済6商品に17商品を加えた計23商品(全荷姿)、2026年4月6日(月)から終了時期未定。さらに5月時点では48商品追加。
数量管理:上記対象外の潤滑油全商品について、2026年4月1日納入分から前年同月実績並みへの数量管理を実施。スーパーハイランド32・46(作動油)、ディーゼルエンジン油 DH2 CF4(10W-30、15W-40)他で欠品発生。
例外対応:ライフラインやインフラ用途等で対応が必要な場合は担当者へ個別相談。不要不急のオーダーは控えるよう要請。
受注停止/制限日:2026年4月8日(月)10時から受注停止。3月11日15時以降の先付けオーダー分も制限数量に含む。
受注再開:4月1日より受注再開(前年同月実績による制限あり)。
納入方針:今後の納入は基本的に昨年実績ベース。新規顧客への供給は事実上ストップ。4月出荷分大幅値上げ通知済。
3月分対応:3月中旬以降のオーダーは全てキャンセル扱い。再オーダー要。
4月以降:4月1日より新価格体系での受注再開(受注制限あり)。4月出荷分大幅値上げ通知済。
5月時点:取引先の受注枠超過のため受注停止継続中。
受注停止対象:エンジン油およびトランス油を除く全油種の受注停止。
背景:ベースオイルだけでなく、添加剤の入手困難も影響している。
配送状況:納期回答に1週間程度を要する(全製品対象)。
価格改定:5月1日出荷分より全製品大幅値上げ。受注制限中で過去出荷実績のある商品しか注文不可、新規商品受付不可。
MORESCO・タイユ:2026年4月8日から出荷調整開始(全製品)、今後価格改定の可能性あり。
ネオス:2026年5月1日出荷分から価格改定。
パレス化学:出荷制限(全製品前年比50%)、全製品即時値上げ、6月にも追加価格改定予定。
ダンケミカル:緊急価格改定(2026年4月10日着分から大幅上昇)、4月販売数量は年平均実績の1/5、注残預かり不可。
業界関係者の報告によれば、4月分の仕入れ価格が3月31日時点でも決まらないという異常事態が発生。価格改定通知のタイミングと適用時期に大きなズレが生じており、調達担当者は最新の価格動向を毎日モニタリングする必要がある。
サプライチェーンを阻む「見えない壁」
今回の危機が深刻なのは、原油価格の上昇だけが原因ではない点にある。添加剤の物流停滞と石油化学品の品薄が、複合的に供給網を締め上げている。
添加剤メーカーの輸送ルート変更
エンジンオイルの性能を決定づける「添加剤」は、その多くが欧米の専門メーカー(ルーブリゾール、インフィニアム等)で製造される。これらは従来、中東を経由して日本へ運ばれていたが、ホルムズ海峡封鎖によりアフリカ・喜望峰回り航路への変更を余儀なくされている。この影響で輸送期間は通常より2週間以上増加し、4月以降の日本国内の生産スケジュールが大幅に遅延している。
石油化学品(MEK等)の品薄
潤滑油の製造工程で使用される脱ろう剤(MEK:メチルエチルケトン)などの石油化学品も、ナフサ供給の不安定化により品薄となっている。これは潤滑油だけでなく、自動車部品全般の製造にも波及している。同様の値上げドミノは自動車部品業界でも進行しており、トヨタ系Tier1サプライヤーの2026年4月決算でも「ナフサ6月懸念」が業界共通の警鐘となっている。
ホルムズ海峡通過船の激減
海事インテリジェンスプラットフォームWindowardによれば、4月22日(水)の通過船はわずか9隻。危機前の20%程度に過ぎない水準まで落ち込んでいる。マレーシア・タイ・フィリピン籍船は段階的に許可されたが、西欧・日本向けタンカーへの制限は継続中だ。
4月22日(水)
(4月下旬)
減少量(b/d)
週間上昇率(4月22日)
ホルムズ海峡のイラン側封鎖に加え、米海軍がイラン港を封鎖。代替ルートであるサウジのEast-Westパイプラインもイランのドローン攻撃で約70万b/d減少しており、迂回路すら機能不全に陥っている。
「在庫がある場所を探す」状態へ — 2026年4月時点の国内エンジンオイル市場の実態
ユーザーへの提言と今後の展望
2026年4月時点、エンジンオイルの入手は困難な状況にある。以下の対策が推奨される。
1. 既存取引先との関係維持を最優先:割当通知が来たら24〜48時間以内に確定発注。アロケーション体制下では既存実績がない新規発注は事実上不可。
2. 粘度選定の柔軟性:指定粘度(例:0W-20)が欠品の場合、エンジン保護性能に影響のない範囲で代替粘度(例:5W-30)への切り替えを専門家と相談。Group III不足によるGroup II代替使用は90日間の緊急暫定措置として承認済。
3. ロングライフ化の検討:オイル分析を併用し、交換サイクルを物理的に延長する「状態監視保全(CBM)」への移行も、リソース節約に有効な選択肢。
4. 物流・建設で必須の油種は早期手当て:作動油(スーパーハイランド32・46)、ディーゼルエンジン油(DH2/CF4)など物流現場・建設機械で必須の油種は欠品が顕在化中。早期確保が肝要。
5. 6月以降の追加改定波への備え:パレス化学・MORESCO等が6月以降の追加価格改定を予告中。価格スライド条項を顧客契約に組み込み、サーチャージ体系の整備も並行。
今後の展望
イラン情勢がいつ沈静化するかは予断を許さない。しかし過去のオイルショックと同様に、この危機は「脱中東依存」や「バイオベース・合成潤滑油」への技術転換を加速させる契機となるだろう。建材・物流資材を含む2026年5月1日出荷分からの値上げ動向については「建設・物流・包装資材30社一覧」で網羅的に整理している。
BIC Advisory Group・IEA Oil Market Reportなどの分析を総合すると、ホルムズ海峡情勢が早期解決した場合でも、価格・供給への影響は数か月続くと評価されている。Luberef・SAMREFなど複合プラントの再起動には数ヶ月、貿易ルート再編には数年かかる可能性がある。「いつ元に戻るか」を待つのではなく、「新しい正常状態」として在庫水準・価格水準・契約条件を組み直す姿勢が求められる。
2026年のこの試練を乗り越えるためには、正確なエビデンスに基づいた冷静な判断と、サプライヤーとの緊密な連携が不可欠である。
参照エビデンス一覧
- 日立工油株式会社「中東情勢影響による油剤メーカー各社動向(2026年5月1日版)」── ENEOS・出光ダフニー・シェル・コスモ石油・カストロール・MORESCO・タイユ・ネオス・パレス化学・ダンケミカル等の最新受注状況・価格改定動向の一次情報。
- IEA Oil Market Report(2026年3月)── 中東石油供給日量800万バレル(8mb/d)減少、3月11日4億バレル緊急備蓄放出合意、世界供給の約8%減少。
- JETRO 中東情勢分析レポート(2026年3月25日)── ホルムズ海峡封鎖の経緯と国際エネルギー市場への影響分析。
- 燃料油脂新聞「日立工油各社動向速報」(2026年4月1日)── 国内潤滑油メーカーの一斉受注制限・大幅値上げ動向。
- Reuters「Brent crude oil futures」(2026年4月2日)── Brent原油先物が4月2日に約128ドル/bblでピーク記録。
- サウジ国防省/アラブニュース(2026年3月19日)── SAMREF精製所(アラムコ・ExxonMobil合弁)へのドローン直撃と港への弾道ミサイル攻撃(迎撃)の確認。
- Al Arabiya(2026年3月19日)── SAMREF攻撃当日の油積み出し作業継続報道、港湾全体の稼働状況の流動性。
- SK Enmove(2026年3〜4月)── Group IIIベースオイルのアジア・欧州向け価格大幅引き上げ決定、原料調達コスト急騰が主因。
- TAKUMIモーターオイル分析(2026年3〜4月)── 省燃費車(0W-20、0W-16指定車)に必要な100%化学合成油のベースオイル(Group III)の調達困難の状況分析。
- Windoward(海事インテリジェンスプラットフォーム)── 2026年4月22日のホルムズ海峡通過船数9隻、危機前の20%水準。
- CRS(米議会調査局)/英国議会図書館/Britannica等の一次ソース── 2026年2月28日の米・イスラエルによるイラン軍・政府施設への攻撃に関するファクトチェック。
- EIA(米エネルギー情報局)── 国際原油市場動向、Brent原油価格推移データ。
- 業界団体緊急暫定措置告知(2026年4月)── Group III不足に対するGroup II代替使用の90日間条件付き承認。
免責事項・編集方針
本記事は2026年4月2日初回公開・2026年5月3日最終更新時点で取得した一次情報・公的機関・業界各社の公式情報を独自に収集・整理したものです。価格・供給状況は日々変動しており、実際の調達条件は取引先・数量・地域・契約内容等により異なります。本記事の情報に基づく調達判断・投資判断等については、必ず最新情報・専門家の助言を得た上で行ってください。