エンジンオイル・潤滑油危機2026の最新動向
23日に100ドル突破(Bloomberg)
全船通過分の到着見込み(日経7/13)
国際市況基準へ移行(出光)
(6/5成立)
2026年7月、局面は「正常化」から再燃へ反転した。7月8日にトランプ大統領が停戦終了に言及し、23日にブレントは100ドルを突破、24日終値96.78ドル。一方で日本向け原油タンカーは13日までに全船がホルムズを通過し、国内メーカーの出荷制限は解除が拡大。8月・9月に値決め方式の転換が始まる。
2026年潤滑油危機タイムライン(危機ピークから7月の再燃まで)
2026年に入り、中東情勢は急速に悪化し3〜5月にかけてピークを付けたのち、6月中旬に劇的な転機を迎えた。以下の時系列は、危機の発生から6月17日ベルサイユ覚書署名による一時的な落ち着き、そして7月8日の停戦終了表明に始まる再燃までを一貫して示している。ナフサショックの全体像と他産業への波及については「2026年ナフサショック|ホルムズ海峡封鎖が引き起こす供給網危機の全貌」で詳述している。
IEA Oil Market Report(2026年3月)によれば、中東からの石油供給は3月だけで日量800万バレル減少した。世界供給の約8%減少という規模は1970年代の石油危機を上回るもので、CNBCはIEAが現状を歴史上最大のエネルギー安全保障脅威と評価したと報じている(2026年5月1日)。6月17日の覚書署名と7月2日のBrent戦争前水準到達で局面はいったん落ち着いたが、7月8日の停戦終了表明を境に再燃し、7月23日には100ドルを突破した。5月時点でJPMorgan・Goldman Sachs等が示していた短期100〜130ドルのレンジ(Global-SCM整理)に、7月下旬の実勢価格は回帰している。
ベースオイルの世界的断絶と修復シナリオ ── Pearl GTL 1年修復・Luberef Jeddah継続
エンジンオイルの主成分(約80%)であるベースオイルは、その多くを中東の巨大製油所に依存している。今回の危機はベースオイルの世界的タイトネスという形で潤滑油市場に直撃したが、7月時点ではShell/QatarEnergyの公式修復見通し、Luberef Jeddahの継続稼働決定、Chevron・ExxonMobilの北米増強計画など、正常化に向けた供給側の姿が具体化してきている。以下は「損傷 → 修復・代替 → 正常化」の3層で最新状況を整理する。
中東Group III/GTLプラント3拠点の停止と修復・代替の現状
Argus Media傘下baseoilnews.com(2026年3月19日)およびLubes'N'Greases(2026年5月12日)の整理によれば、グループⅢベースオイルの中東主要生産3拠点の状況は以下の通り:①アブダビ・ルワイス製油所(ADNOC Group II・Group IIIプラント、ドローン攻撃で1トレイン被害・ベースオイルユニット自体は無傷、ADNOC情報筋によれば「稼働率を落として運用、紅海側港湾から出荷」)、②バーレーン国営PABCO(パブコ)シトラ製油所(Force Majeure=不可抗力での契約不履行宣言)、③カタール・Pearl GTL(詳細は次項)。この3拠点並行停止で欧州・米国市場でGroup III価格が急騰したが、韓国SK EnmoveとMalaysia Petronasが増産で下支え、Chevron Pascagoula「NEXBASE 4 XP」2026年Q4本格稼働、ExxonMobil Baytown+8,000b/d増強(2025年8月発表)が北米サプライを段階的に補強する見通し。
Pearl GTL(カタール・Shell運営)── 「約1年で修復」の公式見通し
2026年3月18日、イランのミサイルがカタール・ラスラファン工業地区を直撃。Shellの旗艦施設「Pearl GTL(Gas-to-Liquids)」プラントの2つある同型トレインのうち1つが損傷し、安全確保のため全施設が停止した。Pearl GTLは世界最大のGTL施設で、QatarEnergyとShellのProduction Sharing Agreement(PSA)、最大1.6 billion cubic feetの井戸頭ガスを処理し、日量最大140,000バレルのナフサ・灯油・ガスオイル・base oils・石油化学原料を生産する戦略的拠点である。うちGTLベースオイルユニットは30,000バレル/日(Argus Media整理)。修復期間は当初「3〜5年」との速報段階の憶測もあったが、Shell/QatarEnergy CEO Saad al-Kaabi氏の公式声明で「約1年(approximately one year)」と修正されている。Argus Media(baseoilnews.com)によれば、カタールから米・欧・アジアへのベースオイル出荷は2025年に170万トン超と過去6年以上で最高水準、米国のGroup III+輸入の28%以上(1月時点)がカタール産だった。損傷したのは2トレインのうち1つで、もう1つは無傷である。
Luberef(サウジ)── Jeddah工場継続稼働決定でGroup I/II/III全対応の唯一のサプライヤーへ
サウジアラビアのベースオイル大手Luberef(ルベレフ)は、ホルムズ海峡封鎖を受けて出荷拠点をペルシャ湾側から紅海側のヤンブー港へシフトした。Lubes'N'Greases(2026年5月12日Weekly Asia Base Oil Price Report)の整理によれば、当初2026年半ばに閉鎖予定だったJeddah工場について、新たな原料供給契約を締結し2026年以降も継続稼働することを決定。同工場の現行生産能力はGroup I年産275,000トンを維持、Yanbu Growth-IIプロジェクト完成で合計153万トン/年の生産能力に拡大、地域唯一のGroup I・Group II・Group III全対応サプライヤーとなる見通し。ヤンブー港では3月19日にSAMREF精製所(アラムコ・ExxonMobil合弁、日量400,000バレル)へのドローン直撃と港への弾道ミサイル攻撃(迎撃)が確認されたが、当日の油積み出し作業は通常通り継続との報告(Al Arabiya)もあり、港湾全体の稼働状況は流動的な状況が続いた後、7月時点で正常化方向にある。
Group III/GTLベースオイルの深刻不足と5月22日卸価格改定第4波
世界最大のGroup III供給元である韓国のSK Enmoveは、原料調達コスト急騰を理由にアジア・欧州向け価格の大幅引き上げを決定。同社のYUBASEはGroup IIIプレミアムベースオイル市場のリーダーで、世界50カ国以上に輸出している。CNBC(2026年5月1日)の報道によれば、Argus評価のGroup IIIベースオイル価格は北欧でイラン戦争開始以来約100%上昇。バーレーン・UAEの生産者はForce Majeureを宣言、韓国政府は石油製品の輸出キャップを導入した。米国ではGroup IIIベースオイル能力が約44%喪失し(Axios 2026年5月15日)、トヨタ・日産がディーラー向け配給制レターを発出。JobbersWorldは、米国内のGroup III生産が近年の需要の30〜50%程度にとどまり、2025年には中東ソースが米国Group III総供給の40%超を占めていたと整理している。
卸価格の改定も連続している。Gas-Price-Check(2026年5月20日更新)の整理によれば、AOCUSAとHighline Warrenは5月22日発効の卸価格改定を発表し、これは過去2か月で4回目の連続改定にあたる。改定幅はGroup II潤滑油で最大$2.40/ガロン、Group IIIで最大$3.00/ガロン。同レポートは、Highline WarrenがCostco「Kirkland Signature」およびWalmart「SuperTech」の受託製造元であるため、卸段階の改定が消費者向けブランドへ直接波及する点を指摘している。あわせてILMA(独立系潤滑油メーカー協会)が、Group IIIへの依存度が高いGM Dexosスペックについて、GMおよび米エネルギー省にフォーミュレーションの柔軟性を要請したとされる。
Group IIIベースオイル不足に対し、業界団体は90日間の緊急暫定措置としてGroup IIへの代替使用を条件付きで承認している。一方、Kline Group整理(Middle East Lubricants Consulting 2026年5月)では「業界は全体で500万トンの余剰(全体供給の10%超)を抱えつつも、約140万トンの新規Group III/III+能力が計画されている」と報告、供給側の質的シフトが継続中。HD Hyundai Shell Base Oil(大山工場)は2027年からGroup III商業生産開始予定、Chevron PascagoulaはNEXBASE 4 XPを2026年Q4本格稼働で北米初のGroup III+グローバルサプライヤーに、ExxonMobil BaytownはGroup III能力を+8,000 b/d(4cSt・6cStグレード)増強と、2026年後半以降の供給側刷新が徐々に見えてきている。
ベースオイルのグレード別影響度と修復シナリオ(2026年7月時点)
| ベースオイル分類 | 主な用途 | 2026年7月時点の状況 | 修復・代替の見通し |
|---|---|---|---|
| Group I | 低粘度指数・一般工業用・DH-2大型トラック油原料 | DH-2深刻不足(国内規格・代替不可) | ENEOSなど元売り出荷制限継続、韓国からの一部輸入で細く補完 |
| Group II | 中粘度指数・一般エンジン油 | 代替需要急増(Group III代替承認受け) | Luberef Yanbu Growth-II・ExxonMobil Baytown増強で下支え |
| Group III | 高粘度指数・省燃費車(0W-20等)100%化学合成油 | 欧州価格約100%上昇、米国能力44%喪失、5/22 AOCUSA/Highline Warren +$3.00/gal第4波 | SK Enmove増産、Petronas安定稼働、HD Hyundai Shell大山2027年から |
| GTL | 最高品質・プレミアム合成油 | Pearl GTL片トレイン損傷で全面停止、うち1つは無傷 | Shell公式「約1年で修復」・Malaysia Bintulu GTLが代替 |
| Group IV (PAO) | レーシング・高性能車向け(高級車・SUV含む) | フェラーリ等高級車市場で影響顕在化(CNBC) | 合成PAO専業メーカーの増産で漸進的緩和 |
「3〜5年」報道は速報段階の憶測、Shell/QatarEnergy公式で修正済 — Shell/QatarEnergy 2026年3月19-20日声明、Industrylinqs・JobbersWorld
国内潤滑油メーカー受注状況の総覧(10社網羅)
潤滑油代理店各社が2026年7月3日時点で公表する「中東情勢影響による油剤メーカー各社動向」(日立工油2026-07-03版など)によれば、国内潤滑油メーカーの状況は「危機継続組」と「緩和シフト組」に二分され始めている。危機継続組はENEOS・シェル・コスモを中心とした受注制限維持、緩和シフト組は出光ダフニー(6月29日一部受注制限解除)・東洋化学商会(6月22日出荷制限一時解除)で、これは6月10日稼働の経産省・潤滑油直接販売スキーム、6月17日ベルサイユ覚書署名、7月原油調達10割回復めどといった上流の正常化シグナルが徐々に下流の元売り経営判断に反映してきた結果と読める。ただし7月以降も追加価格改定波は続く。
月内潤滑油オーダー全て出荷停止継続。スーパーハイランド32・46(作動油)、ディーゼルエンジン油 DH2 CF4(10W-30、15W-40)他で欠品継続。7月3日時点で新たな緩和シグナルなし。
受注停止・出荷停止:受注停止済6商品に17商品を加えた計23商品(全荷姿)が2026年4月6日から終了時期未定で継続。さらに受注停止品目48商品追加状態も継続。
数量管理:上記対象外の潤滑油全商品について、2026年4月1日納入分から前年同月実績並みへの数量管理継続。
例外対応:ライフラインやインフラ用途等で対応が必要な場合は担当者へ個別相談、経産省の潤滑油直接販売スキーム(6/10稼働)経由の相談も可能。
6月29日(月)10時から一部潤滑油製品の受注制限を解除(緩和シグナル)。4月8日以降続いてきた全油種対象の出荷制限が段階的に緩和局面へ。危機の入り口で最も早く受注停止に踏み切った出光の緩和シフトは、市場全体の正常化トリガーの1つとして注目される。
受注停止/制限日:2026年4月8日10時から受注停止した経緯あり。3月11日15時以降の先付けオーダー分も制限数量に含んだ厳しい運用が続いていた。
数量管理:2025年1月〜6月の平均実績数量に数量制限、一部出荷制限は継続。
価格改定:2026年7月以降価格改定を実施。原料コスト転嫁の必要性は残るが、供給の質は改善方向。
取引先の受注枠超過のため受注停止継続、受注停止品追加。3月中旬以降のオーダーは全てキャンセル扱いから始まった経緯があり、4月出荷分大幅値上げ通知済。
7月時点:Pearl GTL損傷(親会社Shell運営)の直接影響を最も強く受ける立場にあり、GTLベースオイル系プレミアム潤滑油の供給正常化には親会社の修復進捗(約1年見通し)待ちの状態。
全製品販売数量調整継続。2026年3月16日サーチャージ値上、4月15日出荷分から自動車用・輸送用・工業用・舶用潤滑油大幅値上げ、航空用潤滑油はさらに大幅値上げ。6月1日から追加価格改定を実施済。
ExxonMobil社溶剤製品 価格改定:対象製品 EXXSOLシリーズ、ISOPARシリーズ、SOLVESSOシリーズ。2026年5月1日納入分より実施済。
注文数量制限および供給遅延:「オーダー上限数量」設定継続、上限数量内注文でも大幅な納期遅延・出荷困難となる可能性あり。
親会社側の増強計画:ExxonMobil BaytownでGroup III能力+8,000 b/d(4cSt・6cStグレード)増強を段階的に進めており、2026年後半以降の北米サプライ緩和に寄与見込み。
受注停止対象:エンジン油およびトランス油を除く全油種の受注停止継続。欠品多数の状況。
2026年5月1日納入分より:出荷停止油種除き昨年同月実績迄、新規配送先登録は原則受付不可継続、既存取引先は前年同月比同量実績での注文受付、新規取引は原則受付NG。出荷停止品目追加(コスモニューマイティスーパー68、コスモオルパス68、エンジンオイル各種)。
7月時点:コスモ石油は3月22日に米国テキサス州で原油を積んだタンカーが4月26日に千葉沖到着し、中東情勢悪化後の最初の米国原油輸入者となった(経産省4/30資料)。原油調達の多角化は進展しているが、潤滑油出荷制限緩和には至っていない。
配送状況:納期回答に1週間程度を要する(全製品対象)状態が継続。
価格改定:5月1日出荷分より全製品大幅値上げ実施済。受注制限中で過去出荷実績のある商品しか注文不可、新規商品受付不可。
2026年6月22日受注分から出荷制限を一時解除(緩和シグナル)。出光ダフニーに続き、金属加工油系メーカーでも制限緩和の動きが出始めた。
価格改定:2026年6月20日出荷分から価格改定は実施済。
日本工作油:製品出荷時のドラム塗装仕様変更(塗料用シンナー供給不安定による)、受注制限中、新規見積依頼は一時的に受付差し控え。2026年6月1日納入分から全製品価格改定実施済。
新日本油脂工業:既存の販売実績に基づいた数量にて制限販売(エンジン油・トランス油を除く全油種)継続。6月1日全製品価格改定実施済。
6月1日一斉改定波:スギムラ化学、港北油化、協同油脂、豊栄産業(6/1納品分〜)、カータージル(6/1受注分〜)、バンストラッテン(6/1受注分〜)、ADEKAケミカルサプライ(6/1出荷分〜)、MORESCO(6/1出荷分〜)が同一日で価格改定を実施した。「買い溜め・注文増しはお控え下さい」(スギムラ化学)との要請も出ており、協力しない場合の出荷停止可能性も示唆されていた。
価格改定:5月18日出荷分より価格改定実施済。
容器仕様変更:18Lキュビテナー缶の一次販売休止継続。一部製品はスチール缶(一斗缶)での代替出荷、その他18L仕様は一時販売休止とし、他の容量・荷姿または他の製品でのご提案。
1. 価格サーチャージの適用・追加適用:適用時期5月1日より、追加適用時期6月1日より。5月〜サーチャージ対象製品はルブリゾール社添加剤全製品、6月〜追加適用はVM製品とそれ以外で違いあり。
2. 一部製品の価格改定:原料コストの著しい高騰により、サーチャージ額を超える大幅な価格改定が必要となるものあり。
3. 発注数量制限:当面の発注は2025年の月平均実績の範囲内で。今後の見通しは情勢の変化により減額・増額へと変更される可能性あり。
マコト産業:2026年7月1日出荷分〜追加改定(5月1日改定に続く2回目)。
森田研磨材工業:2026年7月1日納品〜価格改定。
クレトイシ:2026年7月〜価格改定。
ゾーンケミカル扱い品:2026年7月15日出荷〜価格改定(蒸留再生費用含む)。
プロセスイノベーション:2026年8月1日納品分〜価格改定。
リューベ:2026年8月3日受注分より、リューベオリジナルカートリッジグリス全品種改定(改定幅調整中)。
ミカド商事ブログ(2026年5月15日付)は「2026年3Q(7-9月)のベースオイル価格はさらに上昇予想、添加剤・容器も値上がり傾向、遡って価格改定されるケースも発生する異常事態」と警告している。5月22日のAOCUSA・Highline WarrenがGroup III卸価格+$3.00/gal改定第4波を実施したことも示す通り、覚書合意による原油下落が現物ベースオイル・添加剤市場に反映するにはタイムラグがあり、7-8月の日本国内追加改定波はそのタイムラグ内の在庫コスト調整と位置づけられる。ただし出光ダフニー6/29受注制限解除・東洋化学商会6/22出荷制限解除の緩和シグナルは、9月以降の価格反転可能性を示唆する初期指標となる。
大手潤滑油卸の現場感(プロトリオス調査)
プロトリオス(msrweb)が2026年5月13日まで実施した「中東情勢に伴う資材の価格高騰・供給不足に関する実態調査」では、整備業界団体・部品商・オイル商社への緊急ヒアリングが行われ、5月下旬以降にMobiria・BSR・MSRのWebサイトと紙面で結果記事を順次公開している。同社報道によれば「東南アジアの工場ではサイバー攻撃が発生し、オイル性能を左右する添加剤の生産が停止」したとの追加因子も指摘されており、複合要因が現場供給を直撃してきた構図が浮かび上がる。7月時点では出光ダフニーの緩和シグナルと経産省直販スキーム稼働により、現場の相談件数は減少傾向にあり(経産省6/11資料:5/18-24週102件 → 6/1-7週79件)、局面は徐々に転換しつつある。
本章は6月時点の各社動向を整理したものである。7月に入って出荷制限の解除が広がった社と、逆に制限を強めた社が同時に生じており、7月24日版で確認できる最新の状況はChapter 6で扱う。特にENEOSの月内オーダー全量出荷停止、出光の7月8日追加解除、カストロールの制限ほぼ解除は本章の記述から変化している点に留意されたい。
DH-2深刻不足とサプライチェーンの「新しい正常」
今回の危機が深刻なのは、原油価格の上昇だけが原因ではない点にある。添加剤の物流停滞と石油化学品の品薄、そして日本独自規格DH-2の構造的脆弱性が、複合的に供給網を締め上げてきた。7月時点では日本向け原油タンカーの通過完了など調達面の改善が見られる一方、DH-2に代表される「日本規格・単独ソース依存品目」については構造的な脆弱性が残る。本章ではサプライチェーンの新しい正常状態と、DH-2という構造的アキレス腱に焦点を当てる。
DH-2(日本独自規格)── 大型トラック・物流インフラの「アキレス腱」
ミカド商事ブログ(2026年5月2日付「DH-2の不足と受注停止について 私見」)によれば、大型トラック用のDH-2規格オイルの不足が特に目立っている。理由は3点:
第一に、DH-2はグループⅠベースオイルを製造している元売り(ENEOS等)が多くを製造しているため、元売りの受注停止の影響が直接出ること。業界代理店の7月3日付情報でもENEOSの「DH2 CF4 10W-30、15W-40」欠品が継続中と明記されている。
第二に、DH-2規格は日本の国内規格のため海外での製造がほぼなく、輸入オイルでの代替がほぼ不可能(一部韓国製でDH-2合格品が少量輸入されているようだが性能不明)。
第三に、大型・中型トラック・建機・物流インフラで広範に使用されているため需要が集中していること。物流業界では「物流2024年問題」対応の延長線上にDH-2危機が重なる構図となっている。
添加剤メーカーの輸送ルート変更と正常化見通し
エンジンオイルの性能を決定づける「添加剤」は、その多くが欧米の専門メーカー(ルーブリゾール(Lubrizol)、インフィニアム(Infineum)、アフトンケミカル(Afton Chemical)等)で製造される。日本国内では日本ルーブリゾール(衣浦事業所)、インフィニアムジャパン、シェブロンジャパン、ADEKA・DIC・花王・三洋化成工業・ミヨシ油脂等が販売・OEMを担う。これらは従来、中東を経由して日本へ運ばれていたが、ホルムズ海峡封鎖によりアフリカ・喜望峰回り航路への変更を余儀なくされ輸送期間は通常より2週間以上増加した。7月時点でホルムズ通過量が回復傾向にあるため、8月以降は輸送期間の正常化が段階的に進む見込みだが、代替経由航路のスケジュール調整が完了するには数か月を要する見通し。
石油化学品(MEK等)の品薄
潤滑油の製造工程で使用される脱ろう剤(MEK:メチルエチルケトン)などの石油化学品も、ナフサ供給の不安定化により品薄となっている。これは潤滑油だけでなく、自動車部品全般の製造にも波及している。同様の値上げドミノは自動車部品業界でも進行しており、トヨタ系Tier1サプライヤーの2026年4月決算でも「ナフサ6月懸念」が業界共通の警鐘となっていた。エチレン業界の構造分析については「イラン情勢と日本のナフサ4ヶ月クライシス」も併せて参照されたい。
ホルムズ海峡通過船の現状(2026年7月時点)── 日量1000万バレル超へ回復
TradingEconomics(2026年7月2日)およびカタール仲介による覚書履行進展を受けて、ホルムズ海峡通航は劇的な回復局面に入っている。ホルムズ海峡の総流量は日々1000万バレルを超え、アラブ首長国連邦は日々の輸出を390万バレル以上に回復させ(パイプライン迂回とホルムズ通過の併用)、サウジアラビア原油輸出は戦争前の水準の約90%まで回復している。過去2週間で水路を通る交通量は明確に増加し、一部の船舶は米軍と連携している報告もある。ただし、6月27-28日にはイランが「愚かな停戦違反」でバーレーン・クウェートの米海軍基地・商船に無人機攻撃を実施、トランプ大統領が本格戦闘再開を警告するなど不確実性は残存する。
7/2 TradingEconomics
戦争前水準比
戦争前水準回復
(5/28時点、以降加速)
日本関係船舶については、5月28日時点で商船三井などが共同保有するバハマ船籍LNGタンカー「FUWAIRIT」がホルムズ海峡を通過し、通算6隻目となった(TBS NEWS DIG、日経新聞)。当時ペルシャ湾内で待機していた日本関係船舶は38隻、乗組員約900人(日本人船員3人含む)だったが、6月17日覚書署名以降は選別的通過から段階的通過再開へと局面が転換している。
日本の原油調達 ── 5月65% → 6月80% → 7月約10割回復(経産省6/11資料)
経産省6月11日資料(第10回中東情勢関係閣僚会議)によれば、日本の原油代替調達(ホルムズ海峡を経由しない)は劇的に回復している:4月:前年比2割超、5月:前年比65%(過半)、6月:前年平月比8割程度、7月:想定需要日量224万バレルを上回り前年平月比約10割の調達回復に目途。特に米国からは前年平月比10倍以上(5月調達分から3倍以上)が確保見通し。原油調達先の多角化が進展(中東・米国に加え、アジア太平洋・中南米・中央アジア・アフリカ)。日本には約8か月分(約200日分)の石油備蓄があり、6月についても第3弾国家備蓄放出決定は行わず、民間備蓄義務水準55日も維持されている。「代替調達率が今後さらに引き上がれば、来年(2027年)年末を越えて来年度末まで石油の安定供給が可能」(経産省評価)というシナリオも明示されており、危機発生直後の「エネルギー供給パニック」からは大きく距離を取ったポジションに移行している。
「代替ルートを設計する」局面へ — 2026年7月時点の日本の原油調達・潤滑油市場の実態
政府対応 ── 6月3日補正予算3.1兆円成立と6月10日潤滑油直販スキーム稼働
政府の中東情勢対応は2026年3月24日の第1回関係閣僚会議から始まり、4月2日に「重要物資の安定的な供給確保のためのタスクフォース」が立ち上がった。第10回(6月11日)・第11回(6月26日)と、3月24日の第1回以降3か月で11回開催というハイペース継続で、政府の対応継続度を示している。中でも6月3日の補正予算3.1兆円閣議決定・6月5日成立、6月10日の潤滑油直接販売スキーム稼働は、危機対応政策のマイルストーンとなった。
6月3日 補正予算3.1兆円閣議決定・6月5日成立 ── 中東情勢等対応予備費2.5兆円創設
2026年6月3日、政府は令和8年度補正予算案を閣議決定した(第一生命経済研究所レポート「2026年度補正予算案のポイント」、時事通信)。総額3.1兆円で全額を新規国債発行(赤字国債)で賄い、6月5日に国会成立。内訳と背景は以下の通り:
| 施策 | 規模 | 内容 |
|---|---|---|
| 中東情勢等対応予備費 | 2.5兆円 | コロナ禍やウクライナ情勢悪化時と同様の目的別予備費。中東情勢に伴うエネルギー価格高騰など、国際情勢の変化に伴う影響への対応に使用可能。 |
| 一般予備費復元 | 0.5兆円 | 電気・ガス料金負担軽減の予備費使用分と同額を補充、一般会計予備費は元の1.0兆円に復元。 |
| 重点支援地方交付金 | 0.1兆円 | 地方の事業者の特別高圧電力・LPガス負担軽減。地域の実情に応じた支援を強化。 |
| 財源 | 全額国債 | 特例公債追加発行。令和7年度分の特例公債うち3兆円分が発行不要見通しのため、国債市中発行総額は増やさず対応。 |
過去のロシア・ウクライナ危機時の2022年度第1次補正(2.7兆円)と規模・内容が類似する既視感のある枠組みで、金利上昇への配慮も打ち出されている。第一生命経済研究所の分析では「岸田前首相が将来の更なる財政出動を打ち出し拡張財政色を前面に出したのに対し、高市首相は財政規律を前面に打ち出し、金利上昇への配慮に腐心している」との差異が指摘されている。
電気・ガス料金支援(7〜9月)── 7月3.5円/kWh・8月4.5円/kWh・9月3.5円/kWh
5月25日の高市総理会見および6月3日補正予算に紐付いて、電気・ガス料金への支援が7月から実施される。家庭用電気料金は1kWh当たり7月3.5円、8月4.5円、9月3.5円を支援、標準的な家庭で3か月で5,000円程度の負担引き下げ効果を実現、所要額は約0.5兆円(2026年度予算予備費から)。特別高圧電力・LPガス(プロパンガス)についても重点支援地方交付金の追加措置で対応。ガソリン補助金は6月中に基金枯渇見込みだったため、中東情勢等対応予備費を活用し継続。ガソリン全国平均170円程度(Gas7カ国最安水準)、軽油160円程度、灯油140円程度の水準を維持(首相官邸6/26公表)。
(6/3閣議決定・6/5成立)
予備費
(世帯当たり総額)
関係閣僚会議
(6/26開催)
★ 6月10日 潤滑油の直接販売スキーム稼働 ── 全業種対象で目詰まり解消
経済産業省は2026年6月10日、中東情勢の影響で潤滑油のサプライチェーンに目詰まりが発生していることを受け、潤滑油メーカーが需要家に直接販売する新スキームを稼働した(電子デバイス産業新聞、トラックニュース、首相官邸6/26資料)。従来の卸売事業者や商社を介さず、ENEOS・出光興産などの主要潤滑油メーカーが自動車整備事業者・製造業などの需要家に直接販売可能となる仕組みで、自動車用エンジンオイルも対象。日本商工会議所など関連団体には協力の要請を実施済。
「潤滑油について、供給の偏り・目詰まりを解消し、事業に必要な量の潤滑油を事業者に供給すべく、6月10日から主要潤滑油メーカーからの直接販売スキームを稼働。供給要請について、需要家への必要量等の確認を進めており、直販スキームの開始以降、同スキームによる製造業・自動車整備業の需要家への供給が6件成約済。6月下旬以降、供給を進めていく」── 経産省6/26資料。「直販スキームおよび前年同月比同量の要請を元に、燃料・A重油等を含め累計155件の目詰まりを解消」── 同資料。
6月23日にはシンナー・塗料の直販スキームも追加開設、既に30件・1,040リットルの申込があり、6月26日から順次発送を開始(首相官邸6/26資料)。潤滑油相談件数も減少傾向にあり、経産省6/11資料によれば5月18-24日の週102件から、6月1-7日の週79件へと減少している。
「目詰まり・偏り解消協力団体・企業ネットワーク」に207団体・企業が参加
首相官邸6月26日の第11回中東情勢関係閣僚会議資料によれば、「目詰まり・偏り解消協力団体・企業ネットワーク」に6月25日時点で90団体・117社の合計207団体・企業が参加を表明。ENEOS、興和、全国コイルセンター工業組合、全国自治体病院協議会、中外油化学工業、日本ゼオン、テルモ、電機・電子・情報通信産業経営者連盟、全国訪問看護事業協会など、業種横断のネットワークが形成されている。政府の目詰まり解消の取組の横展開を担う公的な枠組みとして機能している。
「来年春まで」から「来年度末まで」へ ── 政府の供給見通し更新
5月25日の高市総理会見時点では「石油供給は来年春まで安定供給を確保できる」との認識だったが、6月11日の経産省資料では「代替調達率がさらに引き上がれば、来年(2027年)年末を越えて来年度末まで石油の安定供給が可能」と、供給見通しが大幅に前倒しで改善している。仮に保守的に「前年平月比75%の調達が継続するケース」を想定しても、現時点で保有する備蓄量の活用で来年度末までカバー可能との評価。潤滑油メーカー各社の数量管理が「前年同月同量」を基本としているのも、この供給見通しの改善に整合的で、ベースオイル現物価格は欧州Group III約100%上昇というピーク後も高止まりが続いているが、局面は明らかに「安定供給確保」フェーズに移行している。
「前年同月同量」要請と潤滑油直販スキームの二段構え
4月10日の第3回会議で高市総理が「目詰まり解消」を指示して以降、政府はナフサ由来品全般について「前年同月同量」を基本とした調達を業界に要請してきた。この「前年同月同量」要請(4/17〜)と潤滑油直販スキーム稼働(6/10〜)の二段構えが、政策の実効性を担保している。潤滑油市場でも「前年同月同量」原則は各メーカーの数量管理ロジックとして実質的に機能しており、6月29日の出光ダフニー一部受注制限解除(Chapter 3参照)は、この二段構えの上流政策効果が下流の元売り経営判断に反映してきた成果と読める。
経済産業省は中東情勢関連対策ワンストップポータル(https://www.meti.go.jp/chuto_josei/)を運用しており、内閣官房・経産省・資源エネルギー庁・国土交通省・厚生労働省・中小企業庁・農林水産省の対策窓口を集約している。3月時点で開設以降、シンナー・塗料等の溶剤、住宅資材、住宅設備・建材、ジェット燃料など多岐にわたる要請が公表されており、潤滑油・添加剤等の調達難に直面する事業者は同ポータル経由の相談・情報共有ルートを検討することができる。6月3日の3.1兆円補正予算・中東情勢等対応予備費2.5兆円へのアクセスも同ポータル経由で順次案内される。
価格再燃と出荷制限緩和の二極化 ── 8月・9月に始まる値決め方式の転換
7月の潤滑油市場で観測された最大の特徴は、原油価格と現物供給が逆方向に動いたことである。上流の相場が再燃する一方、国内の潤滑油・油剤メーカーの出荷制限は6月下旬から7月中旬にかけて解除の動きが広がった。さらに8月・9月には、一部メーカーが価格の決め方そのものを変更すると通知している。本章では、この二極化と値決め方式の転換を整理する。
本章のメーカー別動向は、潤滑油商社である日立工油株式会社が公表している「中東情勢影響による油剤メーカー各社動向」2026年7月24日版に基づく。同資料は各社からの通知を代理店が集約・整理したもので、メーカー各社の公式発表そのものではない。個別の適用条件は取引先ごとに異なるため、実務判断の際は取引先の担当者に直接確認されたい。
7月に生じた二つの逆行 ── 解除側と継続側
7月24日版で確認できる範囲では、出荷制限が解除・緩和された社と、逆に制限を強めた社が同時に存在している。緩和側と継続側を並べると次のようになる。
| 方向 | メーカー/製品 | 7月24日版で確認できる内容 |
|---|---|---|
| 緩和 | カストロール | 出荷制限がほぼ解除(2026年7月13日現在)。7月1日納品分から価格改定 |
| 緩和 | 出光興産(ダフニー) | 6月29日10時からの一部受注制限解除に続き、7月8日10時から追加で一部潤滑油製品の受注制限を解除。全製品対象の月間総量制限と希望納入日の入力制限は継続 |
| 緩和 | ダンケミカル | 出荷制限を7月1日から解除。トルエン・キシレンの在庫は回復傾向 |
| 緩和 | コスモ石油 | 6月25日に一部商品の出荷停止を解除。前年同月比同量を基本とする生産継続で在庫水準の改善を図る |
| 緩和 | パレス化学 | 供給制限を前年同月比50%から100%へ引き上げ(6月出荷分〜、一部除外あり) |
| 緩和 | SPCjapan | 8月・9月の供給制限を解除。ただし注文が集中した場合は再開の可能性 |
| 緩和 | 東洋化学商会 | 出荷制限を6月22日受注分から一時解除 |
| 継続 | ENEOS | 月内の潤滑油オーダーは全て出荷停止。受注停止品目を48商品追加。スーパーハイランド32・46、ディーゼルDH-2 CF-4 10W-30・15W-40ほかが欠品 |
| 継続 | モービル(ExxonMobil) | 一部の自動車用潤滑油で一時的に受注停止。過去実績に基づくオーダー上限数量を設定し、上限内でも納期遅延の可能性 |
| 継続 | シェル | 受注停止品を追加。プレミア油種は受注停止または制限、前年同月比未満で数量制限 |
| 継続 | 松村石油 | バーレルサーム200の販売数量制限および納期調整 |
| 継続 | ルブリゾール(添加剤) | 価格サーチャージを継続適用。当面の発注は2025年の月平均実績の範囲内での依頼 |
なお、ここで整理した解除・緩和は6月下旬から7月中旬にかけて各社が判断したものである。7月23日のBrent 100ドル突破という価格の再燃が各社の出荷方針に反映されるとすれば、それは8月以降の通知になる可能性がある。本章の緩和の動きは「再燃を織り込んだうえでの判断」ではない点に留意されたい。
解除側と継続側が並存している状況は、供給制約が「業界全体の問題」から「銘柄・メーカー単位の問題」へ移りつつあることを示している。特にENEOSの月内オーダー全量出荷停止と、カストロール・ダンケミカルの制限解除が同じ7月に併存している点は重要である。調達側の実務は「業界が緩んだか否か」ではなく、自社が使用している銘柄がどちら側にあるかを1点ずつ確認する作業に変わる。特定銘柄の指定が外せない用途(Chapter 4のDH-2など)では、緩和局面でも代替が効かないことに留意が必要である。
出光の「特潤」区分新設と9月からの国際市況基準移行
7月24日版で最も構造的な意味を持つのは、出光興産の値決め方式に関する通知である。同資料によれば、潤滑油の仕切価格改定区分に「Gr.Ⅲ基油使用品を特潤とする」という新区分が追加され、特潤については8月価格を据え置き、9月より従来の原油連動から国際市況基準への移行を行うとされている。
これは3つの点で従来と異なる。第1に、Group III基油を使用する製品が価格体系上で別枠として切り出されたこと。Group IIIは0W-20など低粘度・省燃費油の主成分であり、Chapter 2で見たPearl GTL損傷とGroup III欧州価格上昇の影響を最も直接に受けるグレードである。第2に、値決めの参照指標が原油価格から国際市況(基油そのものの市況)へ切り替わること。原油が下がっても基油市況が高止まりする局面では、従来の原油連動方式では価格が実勢から乖離するため、参照指標の変更はその乖離を価格に反映させる方向に働く。第3に、8月据え置き・9月移行という2段階の時間差が示されたこと。8月中は価格が動かないため、実務上の分岐点は9月となる。
原油連動から国際市況基準への移行は、調達側が使ってきた価格予測の前提を変える。原油価格の推移を追って潤滑油価格を見通す手法は、Group III使用品については9月以降そのまま使えなくなる可能性がある。ベースオイル市況は原油と連動しつつも、製油所稼働・グレード別需給・地域間価格差によって独立に動く。7月24日にブレントが3.9%下落した局面でも、Group III/GTLの需給はPearl GTLの約1年修復期間中という別の時間軸で動いていることは、Chapter 2で整理した通りである。なお本項は日立工油の公表資料に記載された内容の整理であり、移行後の具体的な参照指標名・改定頻度は同資料には記載がない。実際の適用条件は取引先への確認が必要である。
ENEOSの8月価格 ── 月次改定と別枠の「ベースアップ分」上乗せ
同じ7月24日版によれば、ENEOSは製造コスト上昇に伴う価格改定として、8月価格では通常の原油価格を基にした月次改定とは別に、ベースアップ分を上乗せすると通知している。従来の月次改定は原油価格の変動を反映させる仕組みであり、そこに別枠の上乗せが加わることは、原油以外の要因(製造コスト・物流費・人件費等)が価格に直接反映される段階に入ったことを意味する。出光の国際市況基準移行と方向性は異なるが、いずれも「原油価格だけでは説明できないコスト」を価格体系に組み込む動きである点は共通している。
8月以降の価格改定予定
7月24日版で8月以降の改定が明示されているのは次の各社である。7月中の改定と合わせて整理する。
| 時期 | メーカー/製品 | 内容 |
|---|---|---|
| 2026年7月1日 | 日本クエーカー・ケミカル | ミクロカット、ソルボクリーン、クエーカークリーン全製品(受注分より) |
| 2026年7月1日 | マコト産業/森田研磨材工業 | 全製品価格改定 |
| 2026年7月〜 | クレトイシ/出光興産(ダフニー) | 価格改定 |
| 2026年7月15日 | ゾーンケミカル扱い品 | 出荷分より改定(蒸留再生費用を含む) |
| 2026年7月17日 | 三和化成工業 | サミックカットエース(出荷分より) |
| 2026年8月1日 | MORESCO | 出荷分より水溶性切削油(一部製品)の値上げ |
| 2026年8月1日 | プロセスイノベーション | 納品分より改定 |
| 2026年8月3日 | リューベ | オリジナルカートリッジグリス全品種(受注分より)。改定幅は調整中 |
| 2026年8月3日 | 東北新和化学 | 納品分より改定 |
| 2026年8月 | ENEOS | 月次改定とは別にベースアップ分を上乗せ |
| 2026年8月 | 出光興産(特潤) | Gr.Ⅲ基油使用品は8月価格を据え置き |
| 2026年9月 | 出光興産(特潤) | 原油連動から国際市況基準へ移行 |
7月中の改定が切削油・研磨材・グリス等の周辺資材に広がり、8月以降はエンジンオイル本体の値決め方式に及ぶという順序になっている。7月23日版の同資料には「新たな追加情報はありません」と記載されており、情報更新の頻度自体は7月下旬に落ち着きを見せている。連日更新が続いた4〜6月とは異なる局面に入ったと言える。
ユーザーへの提言と今後の展望(再燃局面での実務対応)
2026年7月下旬の局面は、6月中旬からの一時正常化を経て再び緊張が高まる段階にある(Chapter 1〜5参照)。7月8日の停戦終了表明以降、価格は再燃して23日にBrent 100ドルを突破した一方、日本向け原油タンカーは13日までに全船がホルムズを通過し、国内メーカーの出荷制限は解除が広がっている(Chapter 6参照)。価格と現物が逆方向に動くこの二極化に加え、8月・9月には値決め方式そのものの転換が始まる。事業者は価格見通しと現物確保を分けて管理し、6か月〜1年スパンの実務対応を組み立てる必要がある。
事業者として2026年7月以降にすべき6つの対応(優先度別アクションリスト)
業界代理店各社の最新動向情報・経産省ワンストップポータル・ミカド商事ブログ・プロトリオス調査をベースに、現場担当者が直ちに実行すべき6項目を優先度・実施タイミングと合わせて整理した。優先度Aは「今週中に着手」、Bは「今月中に体制整備」、Cは「四半期スパンで検討」が目安となる。
| No. | 優先度 | 対応項目 | 具体的アクション | 実施タイミング |
|---|---|---|---|---|
| 1 | A 最優先 | 経産省 潤滑油直接販売スキームの活用 | 6月10日稼働。目詰まり発生時は資源エネルギー庁または中東情勢関連対策ワンストップポータル(https://www.meti.go.jp/chuto_josei/)へ相談。既に155件の目詰まり解消実績あり、製造業・自動車整備業への直販成約6件済。 | 即日〜1週間 |
| 2 | A 最優先 | 緩和シグナル出したメーカー動向のモニタリング | 出光ダフニー(6/29〜一部受注制限解除・7月価格改定)、東洋化学商会(6/22〜出荷制限一時解除)を筆頭に、8月以降追加解除の可能性あり。既存取引先の割当通知は24-48時間以内に確定発注。ENEOS・シェル・コスモは危機継続組で解除シグナルまだなし。 | 今週〜今月 |
| 3 | A 最優先 | DH-2・作動油など物流必須油種の早期手当て | DH-2は日本独自規格で輸入代替がほぼ不可能、ENEOSの「DH2 CF4 10W-30、15W-40」欠品継続。スーパーハイランド32・46(作動油)、大型トラック用オイルなど物流現場・建設機械で必須の油種は欠品が深刻。 | 今週中 |
| 4 | B 高 | 7-8月追加価格改定波への価格スライド条項組込 | 7月から8月にかけて複数社が追加改定を予告している(一覧はChapter 6参照)。米国でもグローバル価格圧力は継続中(Chapter 2参照)。価格スライド条項の顧客契約組込、サーチャージ体系整備を並行進行。 | 今月中 |
| 5 | B 高 | 政府補助制度の活用 | 6月3日成立の3.1兆円補正予算(Chapter 5参照)活用。電気・ガス料金7-9月支援(世帯当たり計5000円程度)、LPガス利用者向け重点支援地方交付金、特別高圧電力支援、ガソリン補助金継続。経産省ワンストップポータルから最新情報をモニタリング。 | 7月開始前 |
| 6 | C 中長期 | ロングライフ化・CBM導入と「新しい正常」への在庫再設計 | オイル分析を併用し、交換サイクルを物理的に延長する「状態監視保全(CBM)」への移行。Pearl GTL約1年修復期間中はGTL系プレミアム油の希少性が続くため、長期在庫戦略と技術転換の並行が有効。日本メカケミカル18Lキュビテナー販売休止例のような容器変更にも柔軟対応。 | 四半期内 |
5〜6月に実施済の価格改定一覧
業界代理店情報(日立工油2026-07-03版)・各社公式通知をベースに、5〜6月に実施済の価格改定を時系列で整理した。7月以降の改定予定と、8月・9月の値決め方式の転換はChapter 6にまとめている。
| 実施日 | メーカー | 対象製品・備考 |
|---|---|---|
| 2026/5/18 | 日本メカケミカル | 価格改定+18Lキュビテナー販売休止(実施済) |
| 2026/5/20 | 協和石油ルブリカンツ | 価格改定(実施済) |
| 2026/5/22 | 米AOCUSA・Highline Warren | Group II +$2.40/gal、Group III +$3.00/gal(4回目連続改定) |
| 2026/6/1 | モービル/新日本油脂工業/スギムラ化学/港北油化/日本工作油/MORESCO/協同油脂/豊栄産業/カータージル/バンストラッテン/ADEKAケミカルサプライ | 一斉全製品価格改定(実施済) |
| 2026/6/20 | 東洋化学商会 | 価格改定(実施済)+6/22〜出荷制限一時解除 |
| 2026/6/29 | 出光ダフニー | ★一部潤滑油製品の受注制限解除(緩和シグナル) |
7月時点の位置と今後の3シナリオ ── 「正常化」「不安定共存」「再燃」
2026年6月17日ベルサイユ覚書署名後、Brent原油は7月2日時点で71.5〜72ドルまで反落し、「正常化定着」シナリオの下限($70〜$85)に既に到達している。ただし6月27-28日イラン停戦違反による湾岸再攻撃、7月4日以降のハメネイ元最高指導者国葬関連行事後の米イラン協議の帰趨、Pearl GTL約1年修復期間中のGroup III/GTL供給タイトネス継続など、複数の不確実性が残存し、8月以降に「不安定共存」または「再燃」シナリオに逆戻りする可能性も排除できない。事業者は以下の3シナリオを両にらみで動く必要がある。
| シナリオ | Brent価格レンジ | 想定展開/事業者の備え |
|---|---|---|
| 正常化定着 (7月現在到達) |
$70〜$85 | 7月2日Brent 71.5-72ドルで既に下限到達。覚書履行が段階的に進展、ホルムズ通過量が戦争前水準に戻り、Group III/GTLベースオイル現物価格も9-10月以降段階的に軟化。潤滑油元売りは秋以降追加緩和・場合により価格反転。事業者は既存契約の見直しと在庫水準の再最適化。 |
| 不安定共存 | $85〜$110 | 覚書は名目上維持されるが、6/27-28型の断続的攻撃・料金徴収攻防が継続。ホルムズ通過量は完全回復に至らず、Group III価格は米国+$3/gal台の高止まり。事業者は価格スライド条項を組込み、緩和シフト・追加改定の両方に対応。 |
| 再燃・破局 | $110〜$150+ | 覚書履行破綻、ホルムズ再封鎖・イラン核協議破綻・イスラエル・レバノン再衝突などの複合ショック。事業者は3月〜5月危機ピーク時の受注制限モードに再突入。政府中東情勢等対応予備費2.5兆円が本格発動フェーズへ。 |
| EIA基準予測 | 通年$95/2027年$79 | EIA短期エネルギー見通し(2026年5月12日発表):不安定共存シナリオに近い。ただし現実の7月Brentは71.5-72ドルと予測を下振れ、正常化シナリオを織り込みつつある。 |
過去のオイルショックと同様に、この危機は「脱中東依存」や「バイオベース・合成潤滑油」への技術転換を加速させる契機となる。Chevronは2026年第4四半期からPascagoula工場でGroup III+「NEXBASE 4 XP」生産開始予定、PetronasとSK Enmoveに続く3社目のGroup III+グローバルサプライヤーとなる。ExxonMobil Baytownは+8,000 b/d増強、HD Hyundai Shell大山は2027年からGroup III商業生産開始、Luberef Jeddahは新原料契約で継続稼働決定してGroup I/II/III全対応の唯一の地域サプライヤーへ。Pearl GTLの再開には約1年、貿易ルート再編には数か月〜1年を要する。「いつ元に戻るか」を待つのではなく、「新しい正常状態」として在庫水準・価格水準・契約条件を組み直す姿勢が求められる。6月3日成立の3.1兆円補正予算は、政府がこの「新しい正常状態」を1〜1.5年単位で支える財政的覚悟を示したものと読める。
2026年の試練を乗り越えるためには、正確なエビデンスに基づいた冷静な判断と、サプライヤーとの緊密な連携が不可欠である。業界代理店各社の継続更新動向情報、ミカド商事ブログ、プロトリオス調査、首相官邸・経産省の閣僚会議公表資料、経産省ワンストップポータルなど、現場感のある一次情報源を継続的にチェックすることをお勧めする。
参照エビデンス一覧
- 首相官邸「中東情勢に関する関係閣僚会議(第3回〜第11回)」および関連会見(2026年4月10日〜6月26日)
- 内閣官房「中東情勢に関する対応」ポータルサイト
- 経済産業省・内閣官房「中東情勢を踏まえた燃料油・石油製品の安定供給確保及び重要物資の安定的な供給確保の対応状況」(第10回・第11回関係閣僚会議資料、2026年6月11日・6月26日)
- METI「中東情勢関連対策ワンストップポータル」/赤澤経済産業大臣記者会見(2026年4月17日)
- 日本経済新聞(2026年5月26日/6月15日/6月19日/7月7日/7月8日/7月13日)ホルムズ通過・米イラン覚書・停戦終了・日本向けタンカー全船通過に関する各報道
- 時事通信(2026年6月15日/7月1日)米イラン合意・ドーハ間接協議、および【データで見る】ホルムズ海峡の状況(AXSマリン社AIS追跡データ)
- NHKニュース(2026年6月21日)/TBS NEWS DIG(2026年5月28日)ホルムズ海峡再封鎖主張・LNG船通過
- 🆕 Bloomberg(2026年4月10日/5月3-4日/7月5日/7月8日/7月24日)国家備蓄追加放出、ブレント114ドル台、オマーン沿岸寄り航路の通航、停戦「終了」発言、ブレント96.78ドルへの反落
- 🆕 bloomingbit「国際原油が急騰、トランプ氏『イランとの停戦は終わった』」(2026年7月8日)※7月8日のブレント78.86ドル・WTI74.60ドルは同記事経由で取得した二次情報
- TradingEconomics「ブレント原油 価格チャート」(2026年7月2日更新)/Reuters「Brent crude oil futures」(2026年4月2日)
- IEA Oil Market Report(2026年3月)
- EIA 短期エネルギー見通し・週次原油在庫データ(2026年5月12日発表分ほか、新電力ネット集計)
- IEEJ(日本エネルギー経済研究所)「『冷静さ』保つ国際原油市場」(2026年5月11日)
- 第一生命経済研究所「2026年度補正予算案のポイント」(2026年6月3日)
- 電子デバイス産業新聞(2026年6月11日)/トラックニュース(2026年6月12日)潤滑油の直接販売スキーム
- Shell/QatarEnergy公式声明(2026年3月19-20日)Pearl GTL損傷と修復見通し
- Argus Media(baseoilnews.com)「Qatar Pearl GTL Halt Tightens Global Group III Base Oils Supply」(2026年3月19日)/Chevron Group III+関連(2025年3月)
- Industrylinqs/JobbersWorld(2026年3月)Pearl GTL修復期間に関する報道
- CNBC「Strait of Hormuz: A base oils shortage threatens luxury auto giants」(2026年5月1日)
- Lubes'N'Greases「Weekly Asia Base Oil Price Report」(2026年5月12日)
- Gas-Price-Check(2026年5月16日)/Axios(2026年5月15日)Group III供給能力に関する分析
- Middle East Lubricants Consulting「Group III Base Oil Middle East Shift Analysis 2026」(2026年5月21日)/SK Enmove公式 Base Oil事業ページ
- S&P Global Energy「FACTBOX: Volley of attacks on Gulf energy sites sends prices soaring」(2026年3月19日)/Al Arabiya等の湾岸施設被害報道(2026年3月19日)
- 🆕 日立工油株式会社「中東情勢影響による油剤メーカー各社動向」(2026-07-03版・2026-07-24版)※潤滑油商社が各社通知を集約した資料であり、メーカー各社の公式発表そのものではない
- ミカド商事ブログ(2026年4月10日/5月2日/5月15日/5月20日)オイル供給不足・DH-2受注停止に関する分析
- プロトリオス(msrweb)「中東情勢に伴う資材の価格高騰・供給不足に関する実態調査」(2026年5月13日)
- ジュンツウネットニュース「経済産業省が国家備蓄石油約20日分の放出開始」(2026年5月13日)
- 🆕 Global-SCM「ホルムズ海峡危機:情勢と今後の見通し(2026年7月14日更新)」※Kpler集計値は同記事経由で取得
- 🆕 プラスチックパレット株式会社「【2026年7月22日速報】ホルムズ通航が商品輸送船4隻に縮小しLNG船通航ゼロ」(2026年7月22日)
免責事項・編集方針
本記事は2026年4月2日初回公開・2026年7月26日最終更新時点で取得した一次情報・公的機関・業界各社の公表情報を独自に収集・整理したものです。価格・供給状況は日々変動しており、実際の調達条件は取引先・数量・地域・契約内容等により異なります。7月8日の停戦終了表明以降、情勢は再び流動的であり、記載した価格・通航状況は掲載時点のものです。本記事の一部の数値は二次ソース経由で取得しており、該当箇所は参照エビデンス一覧に取得経路を明記しています。なお、中東情勢に関する関係閣僚会議は6月26日の第11回まで確認できていますが、7月の開催状況および政府対応については本稿執筆時点で公表資料を確認できていません。最新の状況は内閣官房「中東情勢に関する対応」ポータルサイトを直接ご参照ください。本記事の情報に基づく調達判断・投資判断等については、必ず最新情報・専門家の助言を得た上で行ってください。業界代理店各社の動向情報は連日更新されており、最新版はそれぞれの公式サイトでご確認ください。