「エンジンオイルが買えない」をやさしく解説
──ニュースの本当の意味を、暮らしの言葉に翻訳して
占めるベースオイル比率
輸送日数
補正予算規模
支援額(1世帯)
ニュースで聞く「エンジンオイル危機」を、専門用語をかみ砕いて暮らし・物流・電気代の話に翻訳してお伝えします。中東のPearl GTL損傷、ホルムズ海峡封鎖、大型トラック用DH-2の深刻不足、5月25日に高市総理が表明した3兆円補正予算と7〜9月の電気・ガス料金1世帯計5000円支援まで、車検費・宅配・電気代への波及を順を追ってご説明します。
エンジンオイルが「お金を出しても買えない」時代に
2026年4月以降、いつもどおりカー用品店やガソリンスタンドにエンジンオイル交換に行ったら、「指定の銘柄が品切れです」と言われた──そんな経験をした方が一気に増えています。整備工場や運送会社の現場では、もっと深刻な現象が起きています。「お金を出しても買えない」「順番待ちで何週間も先になる」「うちのトラック分のオイルだけ確保するのに精一杯」。プロの現場でこんな声が日常になっているのが、いま2026年の日本です。
これは単なる一時的な品薄ではありません。エンジンオイルを作っている日本の主要メーカー──ENEOS、出光興産(ダフニー)、シェル、コスモ石油、モービル(ExxonMobil)、カストロール、新日本油脂工業、日本工作油、スギムラ化学、港北油化、MORESCO、日本メカケミカルなど──のほぼ全社が、「前年と同じ量しか売らない(前年同月同量)」というルールに切り替わっています。新しいお客様からの注文は、原則として受け付けられない状態です。
ガソリンスタンドや整備工場で起きていること
業界の代理店各社が連日更新している最新動向では、次のような状況が報告されています。
- ENEOS:月内の潤滑油オーダーは全て出荷停止。スーパーハイランド32・46(建機などに使う作動油)、DH2 CF4(10W-30、15W-40)といったディーゼル油が欠品中。受注停止品目は48商品も追加されています。
- 出光ダフニー:4月8日10時から受注停止。受注制限の対象品目は日々増加中で、新しい取引先からの発注は原則できません。
- コスモ石油:エンジン油・トランス油を除く全油種が受注停止。新規配送先の登録は原則受付不可。既存のお客様も「前年同月実績まで」という量の制限があります。
- モービル:3月16日からサーチャージ値上げ、4月15日出荷分から自動車用・輸送用・工業用・舶用潤滑油の大幅値上げ、6月1日からも追加の価格改定が実施されています。
- カストロール:納期回答に1週間程度かかる状態で、過去出荷実績がある商品しか注文できません。
つまり、エンジンオイルを売っている側は「売りたくても売れる量がない」、買う側は「いつもの取引先以外からは買えない」という、二重の構造ができ上がっているのです。さらに6月1日には新日本油脂工業・スギムラ化学・港北油化・日本工作油・MORESCOの5社が同時に全製品の価格改定を実施し、価格面でも一斉値上げの波が押し寄せました。
「いつも行っているお米屋さんが、突然『今月から、これまで買ってくれていた量と同じ分しか売れません。新しいお客様は受付できません』と言い始めた」──そんな状態がいま日本中のエンジンオイル業界で起きています。お米と違うのは、エンジンオイルは家庭よりも、宅配便のトラック・救急車・ゴミ収集車・建設現場の重機・路線バスなど、私たちの暮らしを動かす車両が大量に使っているという点です。
なぜここまで深刻になったのか ── 3つの要因が同時発生
今回の危機が「いつもの値上げ」と決定的に違うのは、原因が一つではなく3つの大きな要因が同時に発生していることです。
- 原料そのものの不足:エンジンオイルの主原料「ベースオイル」を作る中東の巨大製油所が、2026年3月以降、戦争や攻撃で次々と停止しました。
- 運ぶルートの遮断:オイルを世界に運び出す海の入口「ホルムズ海峡」が、イラン軍によって事実上閉鎖されました。タンカーはアフリカの南端を回る遠回りルートを取らざるを得ません。
- 添加剤の輸送遅延:オイルの性能を決める「添加剤」と呼ばれる素材は欧米から運ばれてきますが、これも輸送ルートが遠回りになり、納期が2週間以上遅れています。
この3つが重なった結果、世界のエンジンオイル業界は「歴史上最大のエネルギー安全保障の危機」と国際エネルギー機関(IEA)が評価する事態になりました。CNBCは2026年5月1日付の報道で、Group IIIと呼ばれる高性能ベースオイルの北欧価格が、イラン戦争開始以来約100%上昇したと伝えています。値段が倍になったという、近年では類を見ない動きです。
・2026年4月以降、日本では主要オイルメーカーが軒並み「前年同月同量」販売に切り替わり、新規取引が事実上できない状態になっています。
・原因は単一ではなく、原料不足・輸送遮断・添加剤遅延の3つが同時発生しているためです。
・「お金があっても買えない」プロの現場が広がっており、運送・建設・物流の現場で深刻化しています。
エンジンオイルの「中身」を知ろう ── ベースオイルって何?
そもそもエンジンオイルとは何でできているのでしょうか。普段はあまり気にしませんが、今回の危機を理解する鍵は「中身」にあります。
エンジンオイルは、大きく分けて「ベースオイル」と「添加剤」という2つの素材を混ぜて作られています。比率は概ね、ベースオイルが全体の約80%、添加剤が約20%です。
エンジンオイルを「ラーメンのスープ」にたとえると、ベースオイルが「だし(ガラスープ・鶏白湯・煮干だしなど)」、添加剤が「塩・しょうゆ・みそ・香辛料」のような味付け・調味料に当たります。だしの種類が違えば味が変わるように、ベースオイルにも複数のグレードがあり、それぞれ性質が違います。そして、ベースオイルがなければラーメンスープが作れないのと同じように、ベースオイルが不足するとエンジンオイル自体が作れません。
ベースオイルは原油の「派生品」の一つ
ベースオイルは、原油(石油)を蒸留・精製してつくられる「派生品」の一つです。原油を加熱して蒸留すると、軽い順にガス(プロパンなど)、ガソリン、灯油、軽油、重油などに分かれていきます。ベースオイルは、その中でも比較的重い部分(残油や潤滑油留分)からさらに処理を加えてつくられる、ちょっと特殊な留分です。
つまりエンジンオイルというのは、原油という大きな素材から、特定の部分を取り出して、さらに磨き上げて作られているものなのです。だから、原油の供給が不安定になると、ガソリンや軽油より少し遅れて、ベースオイルにも影響が出てきます。
ベースオイルには「グレード」がある
ベースオイルにはAPI(米国石油協会)が定めた5つのグループ分類があります。グレードと呼ばれるもので、性能と用途が異なります。
| 分類 | 性質・主な用途 | 2026年6月の状況 |
|---|---|---|
| Group I | 従来型の標準品。日本の大型トラック向け「DH-2」規格の原料に多用 | DH-2が深刻不足、輸入代替が事実上不可 |
| Group II | 中性能・幅広い用途。一般的なエンジン油の主流 | Group III代替需要が急増中 |
| Group III | 高性能。省燃費車(0W-20指定など)の「100%化学合成油」の中身 | 欧州価格が約100%上昇、中東3拠点が同時停止 |
| Group IV (PAO) | 最高グレードの一つ。レーシングカー・高級車・SUV向け | 高級車市場で影響が顕在化(CNBC報道) |
| GTL | 天然ガスを液体に変換した最高品質。プレミアム合成油 | Pearl GTL損傷、再開に3〜5年要する可能性 |
「100%化学合成油」って実は…
カー用品店で「100%化学合成油」と書かれた、ちょっとお高めのエンジンオイルを見かけたことがあるかと思います。「化学合成」と聞くと特別な化学プラントで作っているように感じますが、実はその多くはGroup IIIと呼ばれる、原油から精製した高性能ベースオイルが使われています。一部、本当に天然ガスから合成する「GTL」や、特殊な分子構造を持つ「PAO(Group IV)」もありますが、市場の多くを占めているのはGroup IIIです。
そして、いまこのGroup IIIの世界供給が壊滅的に止まっているのです。中東に集中していた主要3拠点(カタールのPearl GTL、アブダビのルワイス製油所、バーレーンのシトラ製油所)が並行して停止しました。世界最大級の生産国である韓国(SK Enmove)はまだ稼働していますが、需要が一気に集中したため、韓国政府は「国内優先」として石油製品の輸出にキャップ(上限)を設けています。
添加剤は「性能を決めるレシピ」
もう一つの主要素材である「添加剤」は、エンジンオイルにさまざまな性能を与える調味料の役割を果たしています。代表的なものを挙げると:
- 清浄分散剤:エンジン内の汚れ(スラッジ)を分散させ、こびりつきを防ぐ
- 酸化防止剤:高温で酸化しオイルが劣化するのを防ぐ
- 耐摩耗剤:金属同士の擦れによる摩耗を抑える
- 粘度指数向上剤:冷えていても温かくても適度な粘度を保つ
- 消泡剤:オイルが泡立つのを抑える
これらの添加剤は、欧米の専門メーカーが世界の供給を握っています。代表的なのはルーブリゾール(Lubrizol、米国)、インフィニアム(Infineum、英米合弁)、アフトンケミカル(Afton Chemical、米国)といった会社です。日本国内では日本ルーブリゾール(衣浦事業所)、インフィニアムジャパン、シェブロンジャパンなどが販売を担っています。これらの添加剤は通常、中東経由で日本に運ばれていました。ところがホルムズ海峡封鎖により、いまはアフリカの南端を回る遠回りルートになり、通常より2週間以上余分な輸送期間がかかっています。
・エンジンオイル=ベースオイル(80%)+添加剤(20%)の組み合わせ。ベースオイルがスープのだし、添加剤が調味料に相当します。
・ベースオイルは原油から作られる「派生品」で、性能別にGroup I〜IV、GTLという5分類があります。
・特にGroup IIIは省燃費車の高性能オイルに使われており、いま世界的に深刻な不足状態。中東の主要3拠点が並行停止しています。
・添加剤は欧米製で、ホルムズ封鎖により喜望峰回りで2週間以上遅れて運ばれている状況です。
中東で何が起きた? ── Pearl GTL・サウジ製油所・フジャイラ攻撃
「中東で戦争が起きると、なぜ日本のエンジンオイルが止まるのか」──この問いに答えるため、2026年に中東で何が起きたかを時系列で順に見ていきましょう。地名や施設名は耳慣れないかもしれませんが、世界のエンジンオイルが集中して作られていた場所だと考えてください。
2026年2月28日:戦争の始まり
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランの軍事施設や政府施設に対する攻撃を開始しました(米議会調査局や英国議会図書館の一次資料で確認できます)。これに対しイランは反撃を表明、湾岸地域全体で軍事的緊張が一気に高まりました。海事情報企業Windwardの分析では、開戦後1週間でホルムズ海峡を通過するタンカーが97%減少したと報じられています。タンカーがほぼ「ゼロに近い」状態になったわけです。
3月2〜4日:ホルムズ海峡の段階的封鎖
3月2日からイランは段階的に海峡を封鎖、3月4日に「完全支配」を宣言しました。ホルムズ海峡は世界の原油輸送の約20%が通る要衝で、ここが止まったということは世界の石油供給のおよそ5分の1が一夜にして遮断されたことを意味します。これは1970年代の石油ショックを上回る規模で、国際エネルギー機関(IEA)は3月だけで世界の石油供給が日量800万バレル減少したと推計しています。
ホルムズ海峡は中東の「ペルシャ湾」と「オマーン湾(インド洋)」をつなぐ、幅わずか33kmほどの狭い水路です。サウジアラビア・UAE・カタール・バーレーン・クウェート・イラク・イランといった世界有数の産油国は、すべてペルシャ湾の中に位置しており、原油やLNG(液化天然ガス)、ベースオイル、添加剤などを世界に輸出するには、このホルムズ海峡を必ず通らなければなりません。ここが閉じてしまうと、産油国は「巨大な袋小路」に閉じ込められた形になります。
3月19日:Pearl GTLとサウジ製油所への同日攻撃
その後の中で、エンジンオイル供給にとっておそらく最も衝撃だったのが、2026年3月19日に起きた同日攻撃です。この日、カタール(ラスラファン工業地区)の「Pearl GTL」プラントにイランのミサイルが直撃しました。同時にサウジアラビアのヤンブー港にあるSAMREF精製所もドローン攻撃を受け、港湾には弾道ミサイルが飛来しました(迎撃成功)。
Pearl GTLは聞き慣れない名前かもしれませんが、世界のオイル業界では非常に有名な施設です。これは英国・オランダ系の石油メジャー「シェル(Royal Dutch Shell)」とカタールの国営エネルギー会社「QatarEnergy」の合弁で運営される、世界最大の「天然ガスを液体燃料に変換する(GTL)」プラントです。日量最大140,000バレルのガスオイル・灯油・高性能ベースオイル・石油化学原料を生産する戦略的拠点で、日本車にも使われる最高品質のオイル原料を供給していました。
QatarEnergyは「Pearl GTLへの攻撃は『甚大な損害(extensive damage)』を引き起こした」と公式に発表しました。シェルは「Pearl GTLは『安全な状態』にあり、火災は迅速に消火された」とコメント。S&P Global Energyは「カタールへの攻撃はLNGインフラ全体への標的拡大を示し、カタールの生産能力の再起動に関して重大な不確実性をもたらす」と分析しました。再開には3〜5年を要するとの見方が業界内で広がっています。同日、Brent原油は$116台まで急騰、ヨーロッパの天然ガス価格も26%急騰しました。
サウジSAMREF・Luberef:もう一つの被害
同じ3月19日にはサウジアラビアのヤンブー港にあるSAMREF精製所もドローン攻撃を受けています。SAMREFはサウジ国営石油会社「アラムコ」とアメリカの石油メジャー「ExxonMobil」の合弁で運営される、日量400,000バレルの大型精製施設です。当日の油積み出し作業は通常通り継続されたという報道もありますが(Al Arabiya)、港湾全体の稼働状況は流動的になりました。
同じくサウジのLuberef(ルベレフ)はベースオイル製造の大手で、ホルムズ海峡封鎖を受けて出荷拠点をペルシャ湾側から紅海側のヤンブー港にシフトしていました。ところが、シフト先のヤンブー港自体が攻撃の標的になってしまったわけです。
5月3〜4日:UAEフジャイラ攻撃
5月に入ると、新たな攻撃の波が来ました。2026年5月3〜4日、UAE(アラブ首長国連邦)のフジャイラにある主要石油関連施設にイランのドローン攻撃が行われ、火災が発生。同時にホルムズ海峡では複数のタンカーが攻撃を受けたとの報告が相次ぎました(Bloomberg報道)。Brent原油は5%余り上昇し、1バレル114ドル超まで再急騰。アナリストは「海峡が近く再開するとの見方は乏しい」とコメントしました。
フジャイラはホルムズ海峡の「出口」にあたる港湾都市で、世界のエネルギーハブの一つです。ここが攻撃されたことで、すでに細っていた中東からの石油・オイル輸出はさらに不安定化しました。
Group III中東3拠点の同時機能停止
業界関係者の整理によれば、高性能オイル製造に必要なGroup IIIベースオイルの中東主要生産3拠点が、2026年5月時点で並行して停止状態になっています。
| 施設・場所 | 停止理由・状況 |
|---|---|
| アブダビ(UAE) ルワイス製油所 |
ドローン攻撃を受け停止 |
| バーレーン パブコ社シトラ製油所 |
フォースマジュール(不可抗力)を宣言し契約不履行 |
| カタール Pearl GTL(Shell運営) |
3月19日ミサイル攻撃で操業停止。再開3〜5年と分析 |
結果として、北欧のGroup III価格はイラン戦争開始以来約100%上昇(CNBC 2026年5月1日報道)、米国ではGroup IIIの生産能力が約44%失われた(Gas-Price-Check 5月分析)と報告されています。トヨタや日産は米国でディーラー向けの「配給制レター」を発出する事態にまでなりました。
・2026年2月28日に米・イスラエルがイランを攻撃し、ホルムズ海峡が3月初旬に封鎖されました。
・3月19日にカタールのPearl GTL(世界最大のGTLプラント)とサウジのSAMREF精製所が同日に攻撃を受け、Pearl GTLは再開3〜5年とされる重大損傷を負いました。
・5月3〜4日にはUAEフジャイラの石油施設も攻撃され、Brent原油は114ドル超に再急騰しました。
・中東のGroup IIIベースオイル主要3拠点(UAE・バーレーン・カタール)が並行停止状態にあり、これが現在の世界的オイル不足の核心です。
なぜ日本までオイルが届かないのか ── 喜望峰回りと添加剤の壁
中東で施設が止まったとはいえ、世界には他にも産油国があります。アメリカ、ロシア、ノルウェー、ブラジル、ナイジェリア、ベネズエラ、アンゴラ──たくさんの国が原油を作っています。にもかかわらず、なぜ日本のエンジンオイルがここまで深刻な不足になっているのでしょうか。理由は3つあります。
理由1:日本のオイル工場は「中東産前提」で設計されている
あまり知られていませんが、日本の石油化学コンビナートや潤滑油プラントは、もともと中東産の原油を加工することを前提に設計されています。原油には産地ごとに性質の違いがあり、サウジ産・UAE産・カタール産の原油から取れる派生品の比率と、米国産(ライトナフサが多い)や西アフリカ産から取れる派生品の比率は、微妙に違うのです。
つまり、急に米国産の原油に切り替えても、ベースオイル原料に向く部分の取れ方が変わってしまい、同じ量の原油を仕入れても、同じ量のエンジンオイルが作れない、という事態が起きます。これは設計上の制約で、短期間では解消できません。
理由2:タンカーが「喜望峰回り」になり輸送日数+14日
中東の原油や石油製品を日本に運ぶ通常ルートは、ペルシャ湾→ホルムズ海峡→インド洋→マラッカ海峡→日本、というものです。これがホルムズ海峡封鎖により使えなくなりました。代替ルートはアフリカ大陸の南端、「喜望峰」を回るルートです。これは大航海時代に使われた、古典的な航路ですね。
ペルシャ湾から日本まで、通常ルート(ホルムズ海峡→マラッカ海峡経由)だと約12,000kmです。これが喜望峰回りになると、アフリカ大陸を南へ下って南端を回り、インド洋を東へ進むため、距離が約18,000〜20,000kmに膨らみます。距離が約1.5倍になり、輸送日数も2週間以上余分にかかります。タンカーの運航コストも当然上がります。さらに紅海航行に伴う戦争保険料の追加コストも乗ってきます。
日本の三大邦船会社(商船三井、日本郵船、川崎汽船)は、ペルシャ湾通航を原則停止しました。2026年5月3日時点で約41隻の日本関連タンカーがペルシャ湾内に残留している状態と国土交通省が集計しています(Global-SCM整理)。最大約7万台規模の日本車もペルシャ湾内で滞留しているとの指摘もあり、自動車輸出や在庫管理にも影響が及んでいます。
理由3:添加剤メーカーも喜望峰回りに
第2章でお伝えしたとおり、エンジンオイルの性能を決める添加剤の多くは欧米製です。米国のルーブリゾール、英米合弁のインフィニアム、米国のアフトンケミカルといった専門メーカーが、世界の添加剤供給を握っています。
これらの添加剤は通常、欧州や米国から中東経由で日本に運ばれていました。ホルムズ海峡封鎖により、添加剤を運ぶタンカーも喜望峰回りを取らざるを得なくなり、2週間以上の輸送遅延が常態化しています。さらに、東南アジアの一部工場ではサイバー攻撃が発生し、添加剤の生産そのものが止まったとの報告もあります(プロトリオス調査)。
理由4:「お金を出せば買える」という前提の崩壊
これら3つに加え、もう一つ忘れてはならない大きな変化があります。それは「お金を出せば買える」というこれまでの当たり前が崩れたということです。
世界的にベースオイルそのものが足りないため、各国の主要供給メーカーは「既存のお客様優先」の販売体制に切り替えました。韓国のSK Enmove(世界最大級のGroup IIIメーカー)は、韓国政府による輸出キャップ(上限規制)の対象になり、海外向け出荷数量が抑制されています。バーレーンとUAEの生産者は「フォースマジュール(不可抗力)」を宣言し、契約相手への供給責任すら一時的に解除しました。
つまり、これまで「価格を上げれば回せた」「先払いすれば確保できた」というやり方が通用しなくなり、「在庫がある場所を探し続ける」という時代に入っているのです。
「在庫がある場所を探す」状態へ — 2026年6月時点の国内エンジンオイル市場の実態
業界全体の「3拠点同時停止+輸送+14日+お金が効かない」
1. 中東の主要ベースオイル拠点が並行停止し、原料そのものが減った。
2. 残った供給ルートも喜望峰回りで2週間以上余分にかかる。
3. 添加剤も同様に遅れ、性能を決める部分が揃わない。
4. 価格を上げても「既存顧客優先」「輸出キャップ」「フォースマジュール」で、買えるとは限らない。
この4つが同時に起きているのが、いま日本のエンジンオイル市場の正体です。1970年代の石油ショックは「価格が一気に上がった」ことが主な特徴でしたが、今回は「価格+量+ルート+取引条件」が同時に崩れた、より構造的なショックといえます。
・日本の潤滑油プラントは中東産原油前提で設計されており、他産地への切替は短期では難しい構造です。
・タンカーは喜望峰回りで距離1.5倍・輸送日数+14日以上に。コストも保険料も上昇しています。
・添加剤も同様に遅延し、サイバー攻撃で生産停止する工場もあります。
・「お金を出せば買える」前提が崩れ、「在庫がある場所を探し続ける」時代になりました。
トラック輸送が止まりかける本当の理由 ── DH-2問題
ここまで世界のエンジンオイル市場を見てきましたが、日本にはもう一つ、独自の重大な問題があります。それが「DH-2問題」です。これは聞き慣れない言葉だと思いますので、丁寧にご説明します。
DH-2とは「日本独自の大型トラック用ディーゼル油」
DH-2は、日本独自の規格で、主に大型トラックや建設機械のディーゼルエンジンに使われるエンジンオイルです。「DH」は「Diesel Heavy duty(重負荷ディーゼル)」の略で、「2」はその第2世代規格を意味します。日本自動車工業会と石油連盟が共同で定めた、日本独自の品質規格です。
このDH-2は、宅配便の10トン車・トレーラー、コンビニや食品スーパーへの配送車、ゴミ収集車、路線バス、観光バス、ダンプカー、ショベルカー、クレーン車、農業用トラクターなど、私たちの暮らしを物理的に支えている大型車両のほとんどに使われています。これがいま、業界で最も深刻に不足している油種なのです。
なぜDH-2はこんなに深刻なのか ── 3つの理由
業界専門サイト「ミカド商事ブログ」(2026年5月2日付)が「DH-2の不足と受注停止について 私見」という記事で整理した3つの理由を、やさしい言葉でご紹介します。
| No. | 理由 | 解説 |
|---|---|---|
| 1 | Group Iベースオイル製造元売りに集中 | DH-2は主にGroup I(標準グレード)のベースオイルから作られます。Group Iを日本で大量に作っているのは、ENEOSなど一部の大手元売り(製造販売元)に限られています。その元売りが軒並み出荷停止状態にあるため、原料そのものが供給されていません。 |
| 2 | 日本独自規格で輸入代替がほぼ不可能 | DH-2は日本の規格なので、海外メーカーがほとんど作っていません。一部、韓国製でDH-2合格品が少量輸入されているという情報はありますが、性能や信頼性は不明です。つまり「海外から買ってくる」という解決策がほぼ取れません。 |
| 3 | 暮らしを支える車両に集中して使われる | 大型・中型トラック、建設機械、物流インフラ車両で広範に使用されているため、需要が集中しています。物流2024年問題でただでさえドライバー不足が続いていた業界に、オイル不足が追い打ちをかける形になっています。 |
具体的に欠品しているDH-2系製品
業界代理店の2026年5月19日付情報では、次のような銘柄が継続的に欠品中と報告されています。
- ENEOS スーパーハイランド32・46:建機・大型機械の作動油
- ENEOS ディーゼルDH2 CF4(10W-30、15W-40):大型トラック用ディーゼル油
- コスモ石油 コスモニューマイティスーパー68:油圧作動油
- コスモ石油 コスモオルパス68:作動油
- 各社エンジンオイル系:粘度別に幅広く欠品
物流2024年問題+オイル不足のダブル危機
物流業界はすでに2024年4月から「働き方改革関連法によるトラックドライバーの時間外労働上限規制(物流2024年問題)」に対応してきました。ドライバーの労働時間が制限され、長距離輸送が難しくなる中、トラック会社は人手不足・運賃上昇・荷主との交渉という三重苦に直面していました。
そこに2026年4月以降のDH-2不足が重なりました。オイル交換ができないと、エンジンの摩耗が進み、最悪の場合エンジンの寿命が短くなります。整備に出してもオイル待ちで車両が動かせない、新しい大型トラックを買おうにも納車時の試運転に必要なオイルが手に入らない──そんな話が業界内では珍しくなくなっています。
大手運送会社や食品物流会社の整備部門では、いま「DH-2を確保すること」が最優先業務になっています。普段はオイル交換は2〜3万km走行ごとが目安ですが、車両ごとに走行距離・エンジン状態を細かく管理し、「本当に交換が必要な車両を厳選して、限られたオイルを回す」運用が始まっています。なかには代替オイル(Group II使用品やCF-4規格など)への切り替えを検討する企業も。これらは正規のメーカー保証では認められないケースもありますが、業界団体が90日間の緊急暫定措置として、Group III不足に対するGroup II代替使用を条件付きで承認しています。
建設・農業・救急にも波及
大型ディーゼル油の不足は、トラック輸送だけの問題ではありません。建設現場のショベルカー・クレーン車・ブルドーザー、農業現場のトラクター・コンバイン、消防車・救急車・自衛隊車両など、社会インフラを支えるあらゆる重機械が同じDH-2系のオイルを使っています。建設工事の遅延、農作業の遅れ、災害時の緊急対応への影響まで、波及範囲は広いのです。
・DH-2は日本独自の大型トラック・建機用ディーゼル油規格で、暮らしを支える大型車両のほぼ全てに使われています。
・Group Iベースオイル製造元売りに集中/日本独自規格で輸入代替不可/需要集中、の3つの理由で特に深刻不足です。
・物流2024年問題と重なり、トラック輸送・建設・農業・救急まで波及するダブル危機の様相を呈しています。
あなたの暮らしに来る影響 ── 車検、宅配、電気代、食品
ここまでは中東・物流業界・潤滑油メーカーといった「遠い場所」の話が中心でした。この章では、その話が私たち一般の生活者にどうつながってくるのかを、具体的に整理します。「ニュースの話」が「自分の家計の話」に変わる瞬間を、見ていきましょう。
影響1:マイカーの車検・オイル交換費用が上がる
まず、車を持っている方に最も身近なのが車検整備・オイル交換費用の上昇です。整備工場やガソリンスタンドでは、これまで在庫していた銘柄が品切れになるケースが増えています。指定銘柄が入荷しない場合、店員さんから「今ある銘柄でよろしいですか」「粘度を変更してもよろしいですか」と提案されることが多くなりました。
具体的な値段の動きとしては、5月1日からカストロール・ネオスが全製品大幅値上げ、4月15日からモービルが「自動車用潤滑油は大幅値上げ、航空用潤滑油はさらに大幅値上げ」を実施。6月1日には新日本油脂工業・スギムラ化学・港北油化・日本工作油・MORESCOの5社が同時に全製品価格改定をしています。整備工場やカー用品店の店頭価格も、これに連動して順次上がっていく見通しです。
・指定銘柄にこだわらず、整備士さんと相談して代替銘柄・代替粘度(例:0W-20→5W-30)を柔軟に受け入れる準備をしておきましょう。
・車検のタイミングを大幅に前倒しする必要はありませんが、次回のオイル交換時期が来たら早めに整備工場へ予約・相談を入れておくと安心です。
・省燃費車(0W-20指定のハイブリッド車など)は、特にGroup III不足の影響を受けやすいので、複数の整備拠点で在庫を確認するのが有効です。
影響2:宅配便・コンビニ配送の納期が延びる可能性
第5章でお伝えしたDH-2不足は、大型トラックの稼働率に直接影響します。すぐにストップするわけではありませんが、整備頻度を抑えるために輸送便数を減らす、長距離便を統合する、といった調整が物流各社で始まっています。具体的な現れ方としては:
- 宅配便のお届け日が、これまでより1日程度延びるケースの増加
- コンビニや食品スーパーへの配送便の本数が減り、棚の補充頻度が下がる
- 地方への発送料・取扱手数料が値上げされる
- 緊急便・即日便の受付枠が縮小される
すでに2025年から続いている物流コストの上昇傾向に、この夏以降オイル不足由来のコスト上昇が加わる見通しです。ネット通販を頻繁にご利用の方は、お急ぎ便の料金や到着日表示の変化に注目していると、市場の動きが見えてきます。
影響3:電気・ガス料金の上昇 ── 7〜9月は政府支援で5000円軽減
意外と忘れられがちですが、原油価格上昇は電気代・ガス代にも直接効いてきます。火力発電の燃料費が上がり、LNG(液化天然ガス)の輸入価格も上がるためです。すでに2026年6月時点で「燃料価格の上昇が電気料金に反映されていく」と高市総理が会見で明言しています。
これに対応するため、政府は2026年5月25日に補正予算編成を表明し、2026年7月〜9月の3か月間、電気・ガス料金を1世帯あたり計5000円程度支援することを決めました。具体的には:
| 月 | 家庭用電気料金支援額 | 備考 |
|---|---|---|
| 2026年7月 | 3.5円/kWh | 2026年度予算予備費から5000億円規模で対応 |
| 2026年8月 | 4.5円/kWh | 夏のピーク需要に配慮 |
| 2026年9月 | 記者会見時点未公表 | 後日決定。実施後の料金水準は昨年夏を下回る見通し |
これに加えて、LPガス利用者向けの「重点支援地方交付金」、大規模工場で使われる特別高圧電力への支援、ガソリン補助金の継続も決まっています。ガソリン補助金の原資となる基金は6月中にも枯渇見込みのため、「中東情勢等対応予備費」も活用しながらの継続対応となります。
影響4:食品・日用品の値段にじわじわと
食品・日用品の値段にもじわじわと影響が出てきます。直接的な原因は物流コスト・包装資材コスト・原料コスト・電気代の同時上昇です。
- 物流コスト:トラック輸送が上がれば、スーパー・コンビニ・卸の配送費が上がる
- 包装資材コスト:プラスチック原料(ナフサ由来)が高騰しており、ペットボトル・包装フィルムの値段が上がる
- 原料コスト:パスタやサラダ油など海外からの輸入品は、海上輸送費・戦争保険料・為替の影響で値上がり
- 店舗の電気代:スーパーマーケットや飲食店の冷蔵冷凍コスト、照明コストが上がる
日本経済新聞(2026年5月30日付)は「食品値上げの要因は、包装資材コスト要因が7割を占める」と分析しています。つまり、エンジンオイル不足の話と、食品スーパーで値上げシールが増えている話は、根っこのところでつながっているのです。
影響5:建設・住宅工事の遅延
建設工事の遅延もすでに広範に始まっています。建設機械のオイル不足、建設資材(塩ビ管・断熱材・ルーフィング・塗料・接着剤など)のナフサ由来品の供給不安、ドライバー不足による資材搬入の遅れが重なっています。住宅の引き渡しが予定より1〜2か月遅れる、リフォーム工事の着工時期がずれる、といったケースが各地で報告されています。
影響6:観光バス・路線バス・タクシーの運行
観光バスや路線バスもDH-2系の大型ディーゼル油を使う車両です。観光業界・公共交通機関では、本格的な運休にはなっていないものの、メンテナンス間隔の調整、車両運用の最適化、緊急時の代替手段の検討が進んでいます。今夏の旅行や帰省での公共交通利用、特に地方の路線バスは、念のため運行ダイヤを事前確認しておくと安心です。
暮らしへの影響を整理すると、次の6つが現実的に想定される範囲です。
- マイカーの車検・オイル交換費用が上昇
- 宅配便・コンビニ配送の遅延・送料上昇
- 電気・ガス料金の上昇(7-9月は政府支援で1世帯計5000円軽減)
- 食品・日用品のじわじわとした値上げ
- 建設・住宅工事の遅延
- 観光・路線バス・タクシーの運行調整
すべて「明日突然」起きる話ではありませんが、夏以降にじわじわと体感する場面が増えてくる可能性が高い、というのが業界の見立てです。
政府は何をしているのか ── 3兆円補正予算と国家備蓄
「政府は何かしてくれているの?」──こう感じている方も多いと思います。実は、2026年の中東情勢に対する日本政府の対応は、過去の石油危機と比べてもかなり機動的・継続的に進んでいます。この章ではその全体像をやさしく整理します。
中東情勢に関する関係閣僚会議 ── 約2か月半で9回開催
政府は2026年3月24日に「中東情勢に関する関係閣僚会議」を立ち上げました。総理大臣を議長とし、官房長官、経済産業大臣、財務大臣、国土交通大臣、農林水産大臣、外務大臣などが参加する横断的な会議体です。6月2日までに第9回が開催されており、約2か月半で9回というハイペースの開催は、政府が中東対応をいかに継続的優先課題として位置付けているかを示しています。
| 開催日 | 主な決定・議論内容 |
|---|---|
| 第1回 3/24 | 政府の総合的対応体制の立ち上げ |
| 第3回 4/10 | 高市総理「供給の目詰まり解消」指示。国家備蓄第2弾(20日分)追加放出方針を表明 |
| 第6回 4/30 | ナフサ由来石油製品「年を越えて供給継続が可能」と高市総理発言 |
| 第7回 5/12 | 高市総理ベトナム・豪州訪問報告。「パワー・アジア」展開で地域エネルギー安全保障協議 |
| 第8回 5/21 | 中東情勢関連対策の進捗報告。農林水産業・食品産業関連資材確保の取組状況提示 |
| 第9回 6/2 | 農林水産分野での化学肥料・飼料・農業資材等の安定供給確保策を継続議論 |
5月25日 ── 高市総理「3兆円補正予算編成」を正式表明
政府対応の大きな転機となったのが、2026年5月25日の高市早苗総理による記者会見です。これまで「今すぐに補正予算の編成が必要な状況とは考えていない」(4月7日)と発言していた高市総理は、5月25日に発言を180度転換し、3兆円規模の補正予算編成を正式表明しました(時事通信・日経新聞報道)。エネルギー高騰対策に充てる「中東情勢等対応予備費」の創設を含め、予備費の積み増しが補正予算の柱です。
「電気・ガス料金につきましては、今月や来月に直ちに大きく上昇する可能性は低いと認識をしておりますが、その後は、燃料輸入価格の上昇が電気料金に反映されていくと見込んでおります。このため、使用量が多くなる7月から9月において、電気・ガス料金への支援を実施いたします」── 高市総理
「ガソリン、軽油、重油、灯油などの補助を継続しておりまして、ガソリン価格は、米国を含めたG7で最も安い水準であります全国平均170円に抑制しています。これにより、ガソリンの暫定税率廃止の効果も含めて、4月の消費者物価を、1.1ポイント程度押し下げ、国民の皆様の家計への直接的な負担を、同月、1世帯当たり2,600円程度軽減しました」── 高市総理
「石油供給に関し、来年春まで安定供給を確保できる」「ナフサ由来の石油製品は、年を越えて供給継続が可能だ」── 高市総理
3兆円補正予算の主な内訳
5月25日の記者会見と5月26日の閣議決定をベースに、補正予算の主な内訳をまとめると次のとおりです。
| 支援メニュー | 内容・対象 |
|---|---|
| 中東情勢等対応予備費 | エネルギー高騰対策に機動的に使える新規予備費。補正予算の柱の一つ |
| 電気・ガス料金支援 (7〜9月の3か月) |
1世帯あたり計5000円程度。7月3.5円/kWh、8月4.5円/kWh、9月は後日決定。総額約5000億円規模(2026年度予算予備費から) |
| LPガス利用者向け支援 | 「重点支援地方交付金」の追加措置でプロパンガス利用世帯へ対応 |
| 特別高圧電力支援 | 大規模工場・大型施設で使われる特別高圧電力への支援 |
| ガソリン補助金継続 | 原資となる基金は6月中にも枯渇見込みのため、「中東情勢等対応予備費」も活用しながら継続 |
| 特例公債発行 | 2025年度分のうち税収・税外収入の増加により3兆円分が発行不要となる見通しで、2025〜26年度通算の総額は増やさず対応 |
国家備蓄石油の放出 ── 第2弾20日分が5月以降
もう一つ、地味ですが重要な対応が国家備蓄石油の放出です。日本は石油備蓄法に基づき、国家備蓄・民間備蓄・産油国共同備蓄の3層構造で、合計約240日分前後の石油を備蓄しています。今回の中東情勢を受けて、政府は段階的に備蓄を市場放出することを決めました。
第1弾は2026年3月以降、第2弾は2026年5月1日以降、約20日分が放出されています。経産省は石油備蓄法第31条に基づく放出を開始しており(ジュンツウネット2026年5月13日報道)、いまも継続中です。これによって、市場で実際に使える石油の量が支えられ、ガソリンスタンドや精製所での「燃料切れ」「精製停止」を回避しています。
「パワー・アジア」── 海外への調達多角化
政府はあわせて「パワー・アジア」という海外調達多角化の動きも進めています。高市総理は5月1〜5日にベトナム・オーストラリアを訪問し、ベトナム最大の製油所「ニソン製油所」への原油調達金融支援、オーストラリアのアルバニージー首相との地域エネルギー安全保障協議を実施。茂木大臣はアフリカのアンゴラ産原油取引参画を後押し、赤澤大臣はサウジ・UAE訪問で原油供給拡大合意、鈴木大臣はマレーシアで尿素・ナフサ・原油の安定供給確約を獲得しました。
経産省「中東情勢関連対策ワンストップポータル」
経済産業省は中東情勢関連対策ワンストップポータル(https://www.meti.go.jp/chuto_josei/)を開設しています。ここに内閣官房、経産省、資源エネルギー庁、国土交通省、厚生労働省、中小企業庁、農林水産省の対策窓口が集約されているので、事業者の方も一般の方も、最新の支援策にアクセスしやすくなっています。
個人として確実に恩恵を受けられるのは、2026年7〜9月の電気・ガス料金支援(1世帯計5000円程度)と、継続中のガソリン補助金(全国平均170円水準の維持)です。事業者の方は、LPガス重点支援地方交付金、特別高圧電力支援に加え、経産省ワンストップポータルから最新の各種支援制度をチェックできます。
・政府は3月24日以降、約2か月半で第9回まで関係閣僚会議を開催している継続的対応体制。
・5月25日に高市総理が3兆円補正予算編成を正式表明、「中東情勢等対応予備費」を新設しました。
・電気・ガス料金は7〜9月で1世帯計5000円支援、ガソリン補助金も継続、LPガス・特別高圧電力にも支援。
・国家備蓄石油第2弾20日分も5月から放出中、海外調達も多角化を進めています。
・経産省ワンストップポータルで最新情報を一元入手できます。
これから半年、私たちはどう備えるか
最後の章では、ここまでお伝えしてきた内容を踏まえて、「これから半年、私たちは何を意識して暮らしていけばよいか」を整理します。
市場の見通し ── 投資銀行3社の合同見解
業界整理(Global-SCM 2026年5月19日)によれば、JPMorgan・Saudi Aramco・Goldman Sachsの3社が5月12〜18日にまとめた合同見解は次のとおりです。
| 時間軸 | Brent原油の見通し | 市場状態の予測 |
|---|---|---|
| 現状(6/4時点) | $97割れ | ホルムズ通過量が過去2週間で増加。米原油在庫6週連続減少(TradingEconomics) |
| 短期(1〜2か月) | $100〜$130 | 海峡閉鎖継続なら$150到達も視野 |
| 中期(3〜6か月) | 不確定 | 海峡が今すぐ開いても市場の正常化には数か月必要。6月中旬以降に開放が遅れる場合、再均衡は2027年にずれ込む可能性 |
| 最悪シナリオ | $200超え | バンクオブアメリカが警告した長期化シナリオ |
6月4日時点でBrentが97ドル割れまで反落していることは、市場が「短期的な正常化」のシグナルも感じ取っていることを示しています。ホルムズ海峡の通過量も過去2週間で増加しており、選別的な通過は拡大しつつあります。ただ、これが本格的な正常化なのか、束の間の小休止なのかは、まだ誰にもわかりません。
「いつ元に戻るか」を待つのではなく、「新しい正常状態」として備える
業界関係者の間で共通している認識は、「いつ元に戻るか」を待つのではなく、「新しい正常状態」として備えるという考え方です。
Luberef・SAMREFなど複合プラントの再起動には数か月、Pearl GTLの再開には3〜5年、貿易ルートの再編には数年かかる可能性があると言われています。米国シェブロンは2026年第4四半期からPascagoula工場でGroup III+「NEXBASE 4 XP」の生産を開始予定(Argus Media報道)、PetronasとSK Enmoveに続く3社目のグローバルサプライヤーとなる見込みです。世界の供給網は、確かに少しずつ立て直しが始まっています。
ただ、いずれにせよ、2026年初頭の「中東依存・お金を出せば買える」状態に完全に戻る日は来ないというのが、業界の現実的な見方です。
私たちの暮らしレベルでの備え
| No. | 行動 | 具体的な内容 |
|---|---|---|
| 1 | マイカーオイル交換の早めの予約 | 次回オイル交換の時期が近い方は、いつもの整備工場に在庫確認+予約を早めに。指定銘柄にこだわらず、整備士さんと相談して代替品を受け入れる柔軟さを準備 |
| 2 | 電気・ガスの夏支援を確実に受ける | 2026年7〜9月の電気・ガス料金支援(1世帯計5000円程度)は、自動的に料金から差し引かれる形での適用が基本。請求書の支援額表示を確認しておきましょう |
| 3 | 節電・節ガスの基本に立ち返る | 支援額があるとはいえ、電気料金の単価そのものは上昇基調。エアコン設定温度の見直し、LED照明、待機電力カット、こまめな消灯など基本の節電を見直す |
| 4 | ネット通販はお急ぎ便を控えめに | 宅配便・物流は徐々にひっ迫していきます。お急ぎ便・即日便を多用するとコストにも環境にも負担。通常便を選ぶ習慣を |
| 5 | 食品・日用品は計画的に | 包装資材コスト上昇で食品値上げは今後も続く見通し。買いだめは賞味期限内で必要量に。冷凍保存・自炊比率の調整も有効 |
| 6 | 夏の移動・旅行は事前確認 | 路線バス・観光バスの運行に影響が出る地域も。お盆・夏休みの帰省や旅行は、運行ダイヤや代替交通手段の事前確認を |
| 7 | 正確な情報源をチェックする習慣 | SNSの噂やデマに惑わされず、政府公式(首相官邸・経産省・資源エネルギー庁)、業界団体、主要報道機関の一次情報を確認する習慣を。経産省ワンストップポータルは便利 |
事業者として向き合う方向け
運送業・建設業・整備業・農業など、業務でエンジンオイルを大量に使う事業者の方は、より構造的な対応が必要です。詳細は専門記事「エンジンオイル危機2026|Pearl GTL損傷とGroup III欧州100%上昇、3兆円補正予算下の潤滑油ショック」にまとめていますが、要点だけお伝えすると:
- 既存取引先との関係維持を最優先(割当通知が来たら24〜48時間以内に確定発注)
- DH-2・作動油など物流必須油種は今週中にも早期手当て
- 粘度・グレード選定の柔軟性を確保(Group III→Group II代替使用は90日間業界承認済)
- 顧客契約に価格スライド条項を組み込み、サーチャージ体系を整備
- 容器変更(日本メカケミカルの18Lキュビテナー販売休止例など)への対応準備
- 政府補助制度(中東情勢等対応予備費、電気ガス支援、LPガス支援等)を経産省ワンストップポータルから活用
不安に振り回されず、冷静に
ニュースで毎日のように原油価格や中東情勢の話題が流れ、SNSではさまざまな噂や予測が拡散します。なかには事実と異なる情報、極端な悲観論、買い占めを煽る情報もあります。
ですが、ここまでお読みいただいたあなたは、もう「何が起きているのか」の構造を理解されているはずです。原料・輸送・添加剤の3つが同時に詰まったこと、日本独自のDH-2問題、政府の3兆円補正予算と段階的な対応、市場の短期反落と中長期の不確実性──。これらを踏まえれば、極端な行動を取る必要はありません。冷静に、できる範囲で備える。これがいま、私たちにできる最善のことです。
そして、暮らしの中で冷静に行動する力へ。
・市場の見通しは「短期は$100-130、中期は不確実、最悪$200超え」と、振れ幅の大きい局面。
・業界は「元に戻るのを待つ」のではなく「新しい正常状態」として向き合う段階に入りました。
・暮らしレベルでは早めのオイル交換予約、節電節ガス、ネット通販の使い方見直しなどができる備えはたくさんあります。
・正確な情報源をチェックし、SNSの噂に振り回されないことが、結果的に家計を守る最善策です。
よくある質問(FAQ)
本文を読んでも疑問が残りそうなポイントを、7つのよくある質問にまとめました。
参照エビデンス一覧
本記事の事実関係は、以下の一次情報源・業界専門メディア・政府公表資料に基づいています。読者ご自身でも検証していただけるよう、出所を明示しています。
- 首相官邸「中東情勢を踏まえた令和8年度補正予算等についての会見」(2026年5月25日)── 高市総理が3兆円補正予算編成・中東情勢等対応予備費創設・7〜9月電気ガス料金支援計5000円程度・LPガス利用者向け重点支援地方交付金・特別高圧電力支援・ガソリン補助金継続を表明。「石油供給は来年春まで安定供給を確保できる」「ナフサ由来石油製品は年を越えて供給継続が可能」との認識を明示。
- 時事通信/Yahoo!ニュース「電気・ガス代5000円支援 補正予算3兆円規模 高市首相表明」(2026年5月25日)── 補正予算3兆円強の内訳整理、特例公債追加発行方針、ガソリン補助金基金6月中枯渇見込み、5月26日閣議決定までの動きを報道。
- 日本経済新聞「高市首相、補正予算関連の発言を一転『不要→必要』中東対応理由に」(2026年5月25日)── 高市総理が4月7日「補正予算の編成必要なし」から「必要」に発言転換した経緯整理。
- 内閣官房「中東情勢に関する関係閣僚会議(第8回・第9回)」(2026年5月21日・6月2日)── 3月24日第1回以降約2か月半で9回開催のハイペース継続。鈴木農林水産大臣からは中東情勢を踏まえた農林水産分野における対応状況に関する資料提示。
- TradingEconomics「ブレント原油 - 価格チャート」(2026年6月4日更新)── ブレント原油先物が1バレル97ドル割れ。米国とイランの緊張高まり、ホルムズ海峡通過量過去2週間で増加。米国原油在庫6週連続減少で最低運用レベル近接。
- Bloomberg「原油は上昇、ホルムズ海峡の緊張再燃で-ブレント114ドル台」(2026年5月3日・4日)── UAEフジャイラ主要石油関連施設へのイランドローン攻撃で火災発生、北海ブレント原油5%余り上昇114ドル超。「海峡が近く再開するとの見方は乏しい」アナリスト評価。
- Global-SCM「ホルムズ海峡危機:情勢と実務リスク」(2026年5月19日更新)── JPMorgan・Saudi Aramco・Goldman Sachs 5月12-18日合同見解整理:短期Brent 100-130ドル、海峡閉鎖継続なら150ドル、中期2027年再均衡可能性、OECD商業在庫6月初旬「運用ストレス水準」・6月末「運用最低水準」到達可能性。
- 米財務省OFAC「Russia-related General License 134C」(2026年5月18日発行)── 4月17日時点で船積み済みのロシア連邦原産原油・石油製品の配送・販売に関する取引を6月17日まで認める延長措置。
- ミカド商事ブログ「中東情勢によるオイル供給不足と価格高騰について 5/20追加あり!」(2026年5月15日付)── 中東Group III/GTLプラント3拠点同時停止:①アブダビ・ルワイス製油所、②バーレーン国営パブコ社シトラ製油所(フォースマジュール宣言)、③カタールShell GTL(Pearl GTL)の3拠点並行停止整理。
- ミカド商事ブログ「DH-2の不足と受注停止について 私見」(2026年5月2日付)── DH-2はグループⅠベースオイル製造元売りに集中、日本独自規格のため海外製造ほぼなし、輸入代替不可、韓国製DH-2合格品の少量輸入(性能不明)。
- 業界代理店情報「中東情勢影響による油剤メーカー各社動向(2026-05-19版)」── ENEOS月内オーダー全出荷停止、出光ダフニー受注制限品目数増加、シェル受注停止品追加、コスモ石油5/1受注制限継続・出荷停止品追加、モービル4/15値上げ・6/1追加改定実施、カストロール5/1全製品大幅値上げ、新日本油脂工業・スギムラ化学・港北油化・日本工作油・MORESCOが6/1一斉価格改定、日本メカケミカル5/18価格改定+18Lキュビテナー販売休止。
- CNBC「Strait of Hormuz: A base oils shortage threatens luxury auto giants」(2026年5月1日)── Group III欧州価格約100%上昇、IEA「歴史上最大のエネルギー安全保障脅威」評価、Pearl GTLミサイル損傷、バーレーン・UAE生産者Force Majeure宣言、韓国輸出キャップ導入。
- S&P Global Energy「FACTBOX: Volley of attacks on Gulf energy sites sends prices soaring」(2026年3月19日)── Brent crude futures pass $118/b、Qatar LNG修復に3〜5年要する可能性、Pearl GTL「extensive damage」評価。
- World Oil / ainvest / Royal Dutch Shell報道(2026年3月19〜21日)── Pearl GTL(QatarEnergy・Shell合弁・世界最大GTL)が最大1.6 billion cubic feet wellhead gasを処理、日量140,000バレルのガスオイル・灯油・ベースオイル・石油化学原料を生産する戦略拠点、ミサイル直撃により操業停止。
- IEEJ(日本エネルギー経済研究所)「『冷静さ』保つ国際原油市場」(2026年5月11日)── 4月7日Dated Brent 144.42ドル/バレル過去最高値、5月上旬90〜100ドル台、2026年通年230万バレル/日の供給余剰見通し。
- 新電力ネット「EIA短期エネルギー見通し」(2026年5月12日発表)── ブレント原油2026年通年95ドル/barrel、2027年79ドル/barrel予測、4月平均117ドル、5・6月106ドル前後、2026年第4四半期89ドル予測。
- Gas-Price-Check「The 2026 Motor Oil Squeeze: Group III Supply Constraints Behind Automaker Rationing」(2026年5月)── 米国Group IIIベースオイル能力44%喪失、トヨタ・日産がディーラー配給制レター発出。
- Motorcycles.News / MANNOL(SCT)「Motor Oil Shortage 2026: Hormuz Crisis Hits Lubricant Market」(2026年5月中旬)── ベースオイル価格最大50%上昇、欧州合成潤滑油在庫が5月末〜6月初頭に枯渇可能性、SCT/MANNOL価格改定通知。
- SK Enmove公式 Base Oil事業ページ ── YUBASEブランドのGroup IIIベースオイル世界50カ国超への輸出、Group III+の世界最大プレミアム生産能力。
- Argus Media「Chevron to produce Group III+ base oils in US」(2025年3月)── Chevron PascagoulaでGroup III+「NEXBASE 4 XP」生産開始(2026年Q4予定)、Petronas・SK Enmoveに続く3社目のGroup III+グローバルサプライヤー。
- ジュンツウネットニュース「経済産業省が国家備蓄石油約20日分の放出開始」(2026年5月13日)── 石油備蓄法第31条に基づき、2026年5月1日以降約20日分の国家備蓄石油放出を実施。
- サウジ国防省/アラブニュース/Al Arabiya(2026年3月19日)── SAMREF精製所(アラムコ・ExxonMobil合弁、日量400,000バレル)へのドローン直撃と港への弾道ミサイル攻撃(迎撃)の確認、ヤンブー港。攻撃当日の油積み出し作業継続報道。
- 日本経済新聞「ガソリン109.8 vs ナフサ128.3『ワニの口』」(2026年5月30日)── ガソリンとナフサの価格逆転現象、食品値上げ要因の包装資材コスト7割占有との分析。
- プロトリオス(msrweb)「中東情勢に伴う資材の価格高騰・供給不足に関する実態調査」(2026年5月13日まで回答受付)── 整備業界団体・部品商・オイル商社への緊急ヒアリング。「東南アジア工場でサイバー攻撃により添加剤生産停止」追加因子指摘。
- IEA Oil Market Report(2026年3月)── 中東石油供給日量800万バレル(8mb/d)減少、3月11日4億バレル緊急備蓄放出合意、世界供給の約8%減少。
- Windward 海事情報分析(2026年3月)── 開戦後1週間でホルムズ海峡通航量97%減少のAIS追跡データ。
- CRS(米議会調査局)/英国議会図書館等の一次ソース ── 2026年2月28日の米・イスラエルによるイラン軍・政府施設への攻撃に関するファクトチェック資料。
- 経済産業省「中東情勢関連対策ワンストップポータル」(https://www.meti.go.jp/chuto_josei/)── 内閣官房、経産省、資源エネルギー庁、国交省、厚労省、中小企業庁、農林水産省の中東情勢関連対策窓口を集約。
- 業界団体緊急暫定措置告知(2026年4月)── Group III不足に対するGroup II代替使用の90日間条件付き承認。
- JETRO「中東情勢分析レポート」「外務省、日本関係船舶がホルムズ海峡通過と発表」(2026年3月25日・5月13日)── ホルムズ海峡封鎖の経緯と国際エネルギー市場への影響分析。
免責事項・編集方針
本記事は2026年6月5日時点で取得した一次情報・公的機関・業界各社の公式情報を独自に収集・整理し、一般読者向けにわかりやすく再構成したものです。価格・供給状況は日々変動しており、実際の調達条件や生活費への影響は地域・契約内容・各家庭の状況等により異なります。本記事の情報に基づく購買判断・投資判断・契約判断等については、必ず最新情報・専門家の助言を得た上で行ってください。専門家・事業者向けの詳細解説は、当社サイトの専門記事「エンジンオイル危機2026|Pearl GTL損傷とGroup III欧州100%上昇、3兆円補正予算下の潤滑油ショック【2026年6月】」も併せてご参照ください。