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石化業界動向|アジア7か国・企業別FM追跡

アジア石化メーカー計31件のフォースマジュール、韓国・台湾・シンガポール・インドネシア・タイの企業別・工場別発動状況とマレーシア・ベトナムの独自事情

2026年3月中旬時点でICISが集計したアジア・中東の石化フォースマジュール宣言は計31件。韓国4社・台湾Formosa・シンガポール2社・インドネシアChandra Asri・タイRayong Olefinsが連鎖した。5月5日にChandra Asriが解除、他社は継続もしくは不透明のなか、エチレン-ナフサスプレッド$90→$370→$200/mtの推移を軸に「価格調整目的」「備蓄補填」「自国優先・海外解除」の4論点で多面的に検証する。

初版公開: 最終更新:

2026年3月、アジア・中東で計31件の石化フォースマジュールが宣言。韓国4社・台湾Formosa・シンガポールPCS/Aster・インドネシアChandra Asri・タイRayong Olefinsが連鎖。5月5日にChandra Asri解除、他社継続。エチレンスプレッド$90→$370→$200の推移から価格調整・自国優先の4論点で検証。

1. アジア石化フォースマジュール全景、ICIS集計31件宣言の意味

2026年3月中旬、ICIS(Independent Commodity Intelligence Services)が集計したアジア・中東における石油化学関連のフォースマジュールおよび販売割当宣言は計31件に達した。同時期の欧州2件、米州1件と合わせて計34件の宣言が発表されており、そのほとんどがアジア域内での連鎖である。世界の石化業界において、これほど短期間にこれほど多数のフォースマジュール宣言が集中したのは、Morgan Stanleyのフォースマジュール・トラッカー稼働開始以降で最大規模の事象となる。危機の全体像は2026年ナフサショック総論で時系列にまとめている。

ICIS集計 FM件数
31
アジア・中東
世界エチレン能力FM比率
3.9%
Morgan Stanley 3/13時点
3月中東ナフサ出荷
692千mt
2月比 1/5未満
Platts CFR Japan ナフサ
1,207$/mt
3/31・2010年以来最高

宣言の共通原因は、ホルムズ海峡を通過する中東産ナフサの供給断絶である。S&P Global Energy CERAによれば、平時にはホルムズ海峡を日量120万バレルのナフサが通過し、これがアジアの輸入需要の60〜70%、中東ナフサ輸出の80〜90%を占めていた。2026年3月の中東ナフサ出荷は692,000mtまで急減、2月の406万mtの5分の1未満となった。アジアのスチームクラッカーは全体の60%以上を中東産ナフサに依存しているため、この供給断絶が同時多発的なフォースマジュール発動へと連鎖した。稼働率削減の詳細はナフサ4ヶ月危機の構造分析で扱っている。

企業 宣言日 対象・能力
インドネシア PT Chandra Asri Pacific 2026年3月3日
(アジア初)
PE 75.5万トン/年・PP 59万トン/年
全契約対象
韓国 Yeochun NCC (YNCC) 2026年3月4日
(韓国初)
エチレン 228.5万トン/年
全生産設備を最小稼働
シンガポール Petrochemical Corp of Singapore (PCS) 2026年3月5日 エチレン 110万トン/年 × 2基
ジュロン島
シンガポール Aster Chemicals and Energy 2026年3月6日 エチレン 115万トン/年
スチームクラッカー稼働率50%
台湾 Formosa Petrochemical Corp 2026年3月10日 エチレン 293万トン/年
Mailiao No.2/No.3クラッカー
タイ Rayong Olefins (SCG傘下) 2026年3月10日 エチレン 80万トン/年・プロピレン 40万トン/年
韓国 Hanwha TotalEnergies 2026年4月17日 パラキシレン (PX)

2. 韓国、Yeochun NCC・LG Chem・Lotte・Hanwha 4社連鎖と政府輸出禁止措置

韓国は今回のクライシスで最も広範な影響を受けた国である。ナフサ輸入の45%を海外に依存し、そのうち77%が中東からのため、ホルムズ海峡問題の直撃を受けた。石化フォースマジュールの連鎖と、それに対する政府の緊急対応が同時進行した。

Yeochun NCC (YNCC)

継続中

2026年3月4日、韓国初のフォースマジュール宣言。韓国最大の単独エチレン生産拠点(エチレン228.5万トン/年)で、Hanwha GroupとDL Group(旧大林グループ)の50:50合弁。Hanwha Solutions向け年間140万トン、DL Chemical向け73.5万トンをパイプライン供給する要衝。「中東地政学的緊張の急激な激化により、原材料調達に深刻な支障が生じた」として顧客に通知、全生産設備を最小稼働率で運転。3月中の稼働率60〜65%まで低下、オレフィン転換装置(OCU)も一時停止。

LG Chem

継続中

3月23日に麗水(Yeosu)No.2ナフサクラッカーを一時停止。全ナフサクラッカーで最低稼働率60%に引き下げ。DOTP(可塑剤原料)等の一部製品でフォースマジュール警告レベルの通知を顧客に発出。3月時点で対比10%の稼働率削減、以降段階的に調整。ロシア産ナフサ購入について「政府の支援に感謝」を明言。

Lotte Chemical

継続中

フォースマジュール警告レベルの通知を顧客に発出。当初スケジュールから3週間前倒しで主要定期整備を実施。Daesan(大山)複合体でHD Hyundai Chemicalと合弁NCC能力110万トンの自主削減が政府認可済み、Yeosu複合体でもYeochun NCCへの統合に向けた協議が進行中。

Hanwha TotalEnergies

継続中

2026年4月17日、パラキシレン(PX)供給でフォースマジュール宣言、韓国石化業界で2社目のFM。Yeochun NCCに続く発動で、PTA→ポリエステル繊維→PETボトル→食品包装材・自動車内装部品への連鎖影響を業界内で警戒。NICE Credit Ratingは前年の売上総利益が2,174億ウォン(1.59億ドル)の赤字転落を開示。稼働率も7〜8%引き下げ。

韓国政府による5か月間のナフサ輸出禁止措置(3月27日〜8月27日予定)

2026年3月27日、韓国政府は緊急経済閣僚会議を経てナフサ輸出禁止措置を発動。国内生産の約11%(390万トン/年)を国内需要へ振替、輸出向けを大臣承認制の例外扱いとした。ナフサを「経済安保物資」に暫定指定し、低利融資・貿易保険を提供。医療・基幹産業・生活必需品向けを優先供給。当初は5か月間の予定(8月27日終了)だったが、Quantum Commodity Intelligence報道(2026年7月上旬)によれば政府は7月上旬にも早期解除を検討中とされる。輸出禁止対象を石化製品にまで拡大する案も検討された経緯がある。

消費者への波及も甚大で、PE/PP不足によりパッケージ資材価格は3月中に20〜30%上昇、一部原副材料は前年比50%急騰した。食品業界13団体は在庫が2週間分に縮小したことを公表、警鐘を鳴らした。業界再編でも動きが加速し、韓国政府は10大石化企業に最大25%の能力削減で合意を取り付けた。

3. 台湾、Formosa Petrochemical・Taiwan Petrochemicalの発動と稼働率

台湾のFormosa Plastics Group(フォルモサ・プラスチックス・グループ)は台湾最大の石化コングロマリットで、Formosa Petrochemical Corp(FPCC)が精製・石化統合の要である。2026年3月10日、FPCCは石油化学製品の一部でフォースマジュール宣言。ロイターによれば、Mailiao(麦寮)のNo.2およびNo.3クラッカーは稼働率70%程度で運転を継続。ナフサ調達が3月20日以降改善しない場合には1基完全停止も検討との姿勢を示した。

Formosa Petrochemical Corp (FPCC)

継続中

台湾最大の石油精製・石化統合企業。原油処理能力54万バレル/日、エチレン能力293万トン/年、プロピレン能力243万トン/年、麦寮工業港・第六ナフサ分解プロジェクト(総投資額328.8億ドル)を擁する。フォースマジュール対象はエチレン・プロピレン。No.2/No.3クラッカー稼働率70%を継続、4月分スポット出荷は消滅可能性が高いと同時に報道された。ロシア産ナフサの最大の買い手でもあり、2022〜2025年に49億ドル超のロシア産ナフサを購入していた。

Taiwan Petrochemical (TPC)

継続中

Formosa Plastics Group傘下。2026年3月10日にフォースマジュール宣言。供給量は実際の在庫状況に応じて配分と説明。C&EN報道によれば、ナフサ調達の状況次第でMailiao複合体の2基のエチレンユニットのうち1基を停止する可能性も明示された。

4. シンガポール、PCS・Aster Chemicals・Sumitomo Chemical Asiaの連鎖

シンガポールは化学産業の集積が非常に高い都市国家で、ジュロン島とジュロン工業団地に石化コンビナートが集中する。2026年3月5日〜6日の連続2日で、PCSとAsterが同時にフォースマジュール宣言を発表、シンガポール石化業界に大きな衝撃を与えた。

Petrochemical Corp of Singapore (PCS)

継続中

2026年3月5日、全顧客に正式なフォースマジュール通知を発出。ジュロン島にエチレン能力110万トン/年の2基のクラッカーを運営。「エスカレーションする中東武力衝突が世界の海上輸送と広範な供給網に深刻な影響を及ぼしている」とし、「本フォースマジュール事由の期間および全容については、現時点では不確実」と明記。PCSからの供給に依存するTPC(Sumitomo化学系)も同時に生産停止に追い込まれた。

Aster Chemicals and Energy

継続中

2026年3月6日、フォースマジュール宣言。対象はエチレン115万トン/年・プロピレン50万トン/年・ベンゼン29万トン/年。ホルムズ海峡での通航支障からの原料調達難を理由。スチームクラッカーは2月末に再稼働したばかりで、稼働率は宣言後50%まで低下。エチレン・プロピレンが供給対象に含まれる。

Sumitomo Chemical Asia

継続中

PCSからのフィードストック供給停止を受け、メチルメタクリレート(MMA)製造でフォースマジュール宣言。日本の住友化学のアジア子会社がジュロン島で発動、アジア5社目の連鎖となった。Arab News報道によれば、シンガポール発の一連の宣言が「一週間で5件」に達したと当時位置づけられた。

5. インドネシア、Chandra Asri(アジア初のFM)と2026年5月5日の解除発表

インドネシアのPT Chandra Asri Pacific(TPIA)は、アジア域内で初めてフォースマジュールを宣言した企業である。2026年3月3日の宣言は、直後の韓国Yeochun NCC(3/4)、シンガポールPCS(3/5)、Aster(3/6)へと連鎖の起点となった。そして2026年5月5日、Chandra Asriはアジア主要石化メーカーとして最初にフォースマジュール解除を公式発表した。

PT Chandra Asri Pacific (TPIA)

2026年5月5日 解除

2026年3月3日、アジア初のフォースマジュール宣言(PE 61万トン/年、HDPE 14.5万トン/年、PP 59万トン/年、エチレン90万トン/年、プロピレン49万トン/年)。5月5日、Suryandi人事・法務担当取締役が「オペレーションの安定化に伴い、原材料供給に関する国際市場からの代替調達を確保できた」として正式に解除。米国からの原料調達で50〜70日のリードタイム(中東15〜20日と比較)とナフサ$150〜200/mt高のコスト増を受容。TPIA株価は解除発表後3日間で20%近い上昇、ARA(Auto Reject Upper)を記録。

「弊社は積極的に代替の原材料調達先を国際市場から確保し、シンガポールの精製施設を最適化するとともに、米国にまで調達先を拡大した。フォースマジュール解除は、国内産業の重要な原材料供給の信頼性確保に向けた重要な一歩である」 Chandra Asri Group 人事・法務担当取締役 Suryandi氏(2026年5月5日)

Chandra Asriは解除後、「オレフィンクラッカー由来のエチレン生産は自社ポリマープラント(PE・PP)の内部需要を優先」と明言している。この方針は、国内需要への優先供給というインドネシア政府の期待に応えるもので、Chandra Asri Group「インドネシア産業成長のパートナー」としての姿勢を示すものである。インドネシア政府も下半期予算に石油化学産業向けLPG輸入関税撤廃・プラスチック原料関税撤廃を計上、業界を財政面から支援している。

6. タイ、Rayong Olefins(SCG傘下)と消費財波及

タイの石化業界を代表するのはSCG(Siam Cement Group)で、2026年3月10日にCEOのThammasak Sethaudom氏がタイ証券取引所(SET)に対し、傘下Rayong Olefins Company Limited(ROC)のオレフィンプラントを一時停止した旨を通知した。SCGは「重要な原材料であるナフサとプロパンの調達難に直面し、フォースマジュール事由への対応として一時停止を選択した」と説明した。

Rayong Olefins Company (ROC / SCG傘下)

継続中

SCG(Siam Cement Group)のChemicals事業のオレフィン子会社。エチレン80万トン/年・プロピレン40万トン/年の生産能力。ROCのオレフィンはSiam Polyethylene、Thai Plastics and Chemicals、Thai Polyethylene、HMC Polymers等の下流工場へパイプライン供給される。「フォースマジュール事象の期間は現時点では不確実であり、中東緊張が更に深刻化すれば生産の一時停止に発展する可能性もある」とSCGは説明。

タイでも消費財への波及が広範囲に及んだ。TOA Paint(Thailand)のJatuphat Tangkaravakoon CEOは、原材料在庫が20日分しか残っていないとしQ1業績下振れを警戒。世界的インスタントヌードルブランドMamaは、包装材の樹脂調達難で1週間もの発注拒否事例を報告した。

7. マレーシア「独自事情」、Petronasがフォースマジュール未宣言の理由

マレーシアは、今回のアジア石化フォースマジュール連鎖のなかで唯一フォースマジュール宣言を出さなかった主要石化生産国である。マレーシア国営石油会社Petronas(Petroliam Nasional Berhad)およびその石化子会社Petronas Chemicalsは、フォースマジュール未宣言のまま2026年3月〜7月を通じて操業を継続している。

Petronas Chemicals(マレーシア国営)

未宣言(独自事情)

マレーシアの石油・ガス産業は国営Petronasが垂直統合的に運営。日本の石化業界専門家である川上正憲氏はC&ENに対し「マレーシアには国内フィードストック(domestic feedstock)があり、Petronasはフォースマジュールを宣言していない」と説明。マレーシアはASEAN屈指の産油・産ガス国で、石化原料の相当部分を自国内で賄うことができる構造的優位を持つ。ケルテ(Kerteh)のエチレン40万トン/年クラッカーは、2024年9月末からの60日間の定期整備が実施されており、これは中東問題以前から計画されていたもの。

Lotte Chemical Titan

未宣言(経営難だがFMなし)

マレーシアの石化子会社(韓国Lotte Chemicalの子会社)。パシルグダン(Pasir Gudang)拠点でHDPE、LDPE、LLDPEを製造。市場価値2.30億ドル、2025年通期売上18.5億ドル。ChemOrbis報道によれば経営難のなか、2024年10月にHDPEフィルムラインで10日間の月次turnaround(定期整備)を実施していたが、これは中東ナフサ調達難ではなく、需要低迷とマージン縮小への対応。今回のクライシスでもフォースマジュールは発動していない。

マレーシアの独自ポジションは、国内フィードストックを持つ産油国が地政学的ショックに対する構造的レジリエンスを持つことの実例となっている。他のアジア主要石化生産国が中東ナフサ輸入に依存する構造との差が、フォースマジュール発動の有無という形で決定的に現れた。

8. ベトナム、Binh Sonの政府要請とSCG Long Sonの再稼働遅延

ベトナムは石化業界の規模自体は限定的だが、政府と企業が連携した国内資源優先の対応が特徴的である。Binh Son Refining and Petrochemical(BSR)は、政府に対して国内産原油をDung Quat製油所へ優先供給するよう要請、少なくとも2026年第3四半期末までは国家安全保障のために原油輸出を制限するよう求めた。

Binh Son Refining and Petrochemical (BSR)

政府要請ベース

ベトナム国営PetroVietnam傘下の製油・石化会社。Dung Quat(ズンクアット)製油所(10万バレル/日超)を運営。フォースマジュール宣言ではなく、政府への正式要請という形で「国内産原油の国内優先供給・海外輸出制限(Q3末まで)」を求めた。ベトナム政府は同時に燃料輸入源の多様化を模索、燃料税減税措置も検討。

SCG Long Son Petrochemicals (LSP)

停止中(別事由)

タイSCGが54億ドルを投じてベトナムに建設したLong Son石化コンビナート。2024年の稼働開始からわずか1か月で運転停止となり、以来休止状態が続いていた。SCGは7億ドルの追加投資で米国産エタン受入設備への変更を計画(完成予定2027年)。今回のホルムズ海峡問題とは直接関係のない停止だが、ナフサ一本足構造からの脱却を目指す動きの象徴的事例として業界内で注目されている。

9. 【多面的検証1】本日時点でもフォースマジュールは継続しているのか?

2026年7月4日時点で、アジア石化メーカーのフォースマジュール状況は「解除済み」「継続中」「不透明」の3類型に分かれる。明示的な解除発表を確認できるのはインドネシアChandra Asri(5月5日解除)のみであり、他の主要メーカーは公式解除発表を出していない。ただし各社の実質稼働率は宣言時よりも改善傾向にある(削減幅は宣言時ピークからの削減率、%表記は現状稼働率)。

企業 FM状態(7/4時点) 稼働率削減幅/現状稼働率 備考
Chandra Asri(インドネシア) ✓ 解除済み(5/5) ほぼ通常運転 アジア初のFM解除
Yeochun NCC(韓国) 継続中と推定 削減幅 -20% OCU一時停止継続
LG Chem(韓国) 継続中(警告レベル) 削減幅 -10% Yeosu No.2一時停止後段階的稼働
Hanwha TotalEnergies(韓国) 継続中(PX) 削減幅 -7〜8% 4/17発動、韓国石化2社目FM
GS Caltex(韓国) 不明 削減幅 -20% 公式FM宣言なし
Formosa Petrochemical(台湾) 継続中と推定 現状稼働率 70%(Mailiao) No.2/No.3クラッカー
PCS(シンガポール) 継続中と推定 詳細非公表 「期間・全容不確実」を明記
Aster Chemicals(シンガポール) 継続中と推定 現状稼働率 50% 2月末再稼働直後の発動
Rayong Olefins(タイ) 継続中と推定 詳細非公表 SCG傘下

Chandra Asriを除く各社が明示的な解除発表を出していない事実は、供給環境の完全正常化がまだ確認できていないことを反映するものと解釈できる。しかし各社の稼働率は宣言直後の水準(Yeochun NCC 60〜65%、Aster 50%、Formosa 70%等)よりは改善傾向にあり、実務レベルでは「フォースマジュール事由が実質的に解消しつつあるが、公式解除には慎重」という状況にあると解される。

10. 【多面的検証2】価格調整のため敢えて継続している可能性の検証

フォースマジュール継続が石化メーカーの収益に及ぼした影響を、エチレン-ナフサスプレッド(利益指標)の推移から検証すると、興味深い時系列パターンが浮かび上がる。The Korea Times(2026年7月1日)の報道によれば、エチレン-ナフサスプレッドは以下の通り推移した。

2月(クライシス前)
90$/mt
低収益
4月(FMピーク)
370$/mt
+280%
6月(供給緩和)
200$/mt未満
下落
エチレン価格 3/30
1,500$/mt
2014年以来2倍水準
「米イラン紛争中に石化価格が上昇したことで、マージンは一時的に回復した。ナフサクラッカーの収益指標であるエチレン-ナフサスプレッドは、2月の$90/mtから4月には$370/mtまで上昇したが、6月には供給懸念が緩和され購入者が発注を遅らせたため、$200/mt未満まで下落した」 The Korea Times(2026年7月1日)

戦略的継続説の検証:完全否定できないが「意図的」の証拠はない

エチレン-ナフサスプレッドがフォースマジュール継続期間中に最大収益期間となった事実は、経済合理性の観点から「フォースマジュール継続が結果として利益回復に寄与した」ことを示す。ただし、各社が「価格調整を目的にフォースマジュールを維持している」と明確に認めた公式発言や証拠は現時点で確認できない。むしろ業界内では、Aster Chemicals(シンガポール)が公式声明で「事務的なフォースマジュール宣言は必要な措置」と説明したように、宣言の主目的は法的な履行義務免除にあると位置づけられている。一方、CNBC Indonesia報道によれば、Chandra Asriは2026年Q1決算でEBITDA4.21億ドルという記録的水準を達成しており、フォースマジュール期間中の高スプレッドが業績に大きく寄与したことは事実として確認できる。

11. 【多面的検証3】備蓄補填・自国優先・海外解除の非対称パターン

フォースマジュール継続と備蓄補填の関連性、および自国優先・海外解除という非対称パターンの実態を検証すると、複数の事例で明確な傾向が浮かび上がる。

備蓄補填との関連性は間接的にとどまる

韓国政府の姜勲植(Kang Hoon-sik)大統領室秘書室長は、追加ナフサ210万トンを年末までに確保したと発表し、これが国内需給の安定化に直接的に寄与すると説明した。NICE Investors Serviceは、ホルムズ海峡問題発生時点で韓国主要NCCが約1〜2か月分のナフサ在庫を保有していたと発表している。ただし多くの石化メーカーの解除条件表明は、「備蓄水準」よりも「代替調達ルート確保」を強調している。Chandra Asriの5月5日解除も、備蓄回復ではなく代替調達ルート(米国・シンガポール精製所活用)確保が理由と明言された。

自国優先・海外解除の非対称パターンは複数事例で確認

この非対称パターンは、複数の実例で明確に観察される。中国のWanhua Chemicalは、220万トン/年の2クラッカーを高稼働率で維持しつつ中東顧客に対してのみフォースマジュールを宣言、Chandra Asri(インドネシア)は解除後も「エチレンは自社ポリマープラント内部需要を優先」と明言、韓国政府は2026年3月27日発動の5か月間のナフサ輸出禁止措置で国内需要へ振替という具合に、いずれも自国・自社需要の優先を明確にした対応となっている(措置の詳細は第2章参照)。

3つの検証結果の総合:多目的の重層的な意思決定

4論点の多面的検証を総合すると、アジア石化メーカーのフォースマジュール継続は「単一の目的」ではなく「複数の思惑の重層」で説明できる。①ホルムズ海峡問題後も代替調達ルートの安定確保が完全でないという実務的な理由、②結果的に高スプレッド期間中の収益寄与という財務的な副次効果、③自国政府の要請・産業政策への協力、④解除に伴う顧客契約リスクを回避したい法務的な慎重姿勢、が同時並行的に働いていると解釈できる。「価格調整を目的とした戦略的継続」という単純化された解釈は現時点では立証されないが、各要素が総合的にフォースマジュール継続の合理性を高めている状況にある。

12. 今後の焦点、アジア石化業界が抱える構造課題と再編加速

今回の連鎖フォースマジュール事象は、アジア石化業界が抱える構造課題を鮮明に浮き彫りにした。ホルムズ海峡通過ナフサ日量120万バレルのうち72%が北東アジア(韓国・台湾・日本・中国)向けだった事実は、アジア石化業界が地政学的にきわめて脆弱な調達構造にあったことを示している。

今回の危機を契機に、韓国では10大石化企業が最大25%の能力削減で合意、Yeosu複合体・Daesan複合体で業界再編が加速。日本では旭化成・三井化学・三菱ケミカルの西日本エチレン統合JVが2026年5月に正式合意(APIC2026福岡の総まとめで詳報)。タイのSCGはベトナムLong Son Petrochemicalsを7億ドル追加投資で米国産エタン受入設備に変更中。信越化学工業は米国シェールガス由来エタン活用の逆張り経営で「生産への支障は一切出ていない」と斉藤恭彦社長が明言している。フィードストック多様化は、これから中期的にアジア石化業界の主要テーマとなる。ロイター報道によれば、アジアのナフサ精製マージンはブレント原油比$173/tonと4年ぶり最高水準に達し、地政学的ショックが業界の構造課題を鮮明化させた。

ホルムズ海峡問題以前は、2026年は世界石化業界にとって過剰能力・低収益の1年になると予測されていた。実際に業界は史上最長・最深の下降サイクルに入っていた。しかし今回の危機は、その予測を「歴史的な供給危機」へと大きく変えた。フォースマジュール宣言・解除の動向は、当面アジア石化業界の需給と価格を左右する重要なシグナルとして注視すべきである。当社では引き続き、企業別・工場別のフォースマジュール状況と稼働率動向を追跡し、樹脂原料調達の現場目線で読み解く記事を公開する予定である。

本記事に関する留意事項

  1. 本記事は2026年7月4日時点の情報に基づき執筆したものです。
  2. 各社のフォースマジュール状況は各社の公式発表または報道時点のものであり、その後の状況変化により実態が変わっている可能性があります。「継続中と推定」「不透明」の記載は明示的な解除発表が確認できないことを意味し、実際の契約履行状況は各企業と顧客間の合意によります。
  3. 本記事は特定の投資判断・調達判断を推奨するものではありません。ビジネス上の判断は一次資料と専門家の助言に基づき行ってください。
  4. 海外資料の日本語訳出は当社の独自解釈を含みます。翻訳精度についてはご容赦ください。
  5. 引用元記事の内容は各出典元の著作権に帰属します。当社は出典を明記のうえ、要約と分析を提示しています。

よくあるご質問(FAQ)

2026年7月4日現在、アジア石化メーカーのフォースマジュールは継続していますか。

解除・継続・不透明の3類型に分かれています。インドネシアのPT Chandra Asri Pacificは2026年5月5日に公式にフォースマジュールを解除しました。一方、韓国のYeochun NCCおよびHanwha TotalEnergies(PX)、台湾のFormosa Petrochemical、シンガポールのPCS・Aster Chemicals、タイのRayong Olefinsは、明示的な解除発表を確認できず継続中と見られます。ただし各社の実質稼働率は、韓国LG Chem削減幅-10%・Yeochun NCC/GS Caltex削減幅-20%、Hanwha TotalEnergies削減幅-7〜8%、Formosa Mailiao現状稼働率70%と、フォースマジュール宣言時よりは改善傾向にあります。

石化メーカーが価格調整のためにフォースマジュールを敢えて継続している可能性はありますか。

完全に否定できない状況にあります。エチレン-ナフサスプレッド(利益指標)は2026年2月$90/mt→4月$370/mt(ピーク)→6月$200/mt未満と推移し、フォースマジュール継続期間は各社にとって最も高利益な期間でした。The Korea Times 2026年7月1日は「米イラン紛争中に石化価格が上昇しマージンが一時的に回復した」と報じ、6月には供給懸念が緩和され購入者が発注を遅らせたためスプレッドが下落したとしています。ただし各社が正式に価格調整目的を認めた事例はなく、あくまで結果として利益回復に寄与したという解釈が業界の主流です。

自国優先・海外向け解除という非対称パターンは実際に見られますか。

明確に確認できるパターンです。中国のWanhua Chemicalは中東顧客に対してのみフォースマジュールを宣言し、稼働率220万トン/年の2クラッカーは高稼働率を維持しました。Chandra Asri(インドネシア)はフォースマジュール解除後も「エチレンは自社ポリマープラント内部需要を優先」と明言、国内市場向けを優先する方針を打ち出しています。韓国政府は2026年3月27日に5か月間のナフサ輸出禁止措置を発動し、輸出向け11%(390万トン/年)を国内需要へ振替、8月27日まで継続予定でしたが、7月上旬に早期解除を検討との報道が出ています。

備蓄が完了するまでフォースマジュールが継続する見込みは高いのですか。

備蓄補填とフォースマジュールの関連性は間接的です。韓国政府はホルムズ海峡問題発生時点で各NCCが約1〜2か月分のナフサ在庫を保有していたと発表し、その後210万トン以上を年末までに追加確保する方針を示しました。ただし多くの石化メーカーの発表内容は「代替調達(米国・アフリカ・中南米)が可能になった時点で解除する」が主流であり、備蓄水準そのものを解除条件として明示している企業はありません。Chandra Asriの5月5日解除も、備蓄回復ではなく代替調達ルート(米国・シンガポール精製所活用)確保が理由と発表されています。

なぜプラスチックパレット株式会社がこの記事を書いているのですか。

当社は千葉県我孫子市に本社を構え、全国のお客様にプラスチックパレット・再生樹脂原料・物流資材をお届けしています。アジア石化メーカーのフォースマジュール発動と解除の動きは、当社が取り扱うポリエチレン・ポリプロピレン等の樹脂原料の供給状況と価格に直結する情報です。特に韓国・台湾・東南アジアからの日本向け樹脂原料輸入は業界の重要な位置を占めており、各国メーカーの稼働率・調達戦略・価格転嫁動向を体系的に記録することは、お取扱い先の調達判断・購買計画に資すると考え、本サイトで継続的に記事を公開しています。

主な情報源

プラスチックパレット株式会社 千葉県我孫子市に本社、全国にお届け
プラスチックパレット・再生樹脂原料・物流資材のお取扱い
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