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やさしく解説シリーズ|2026年6月版

ポテチの袋が白黒になった本当の理由|イラン情勢から始まる「キシレン不足」をやさしく解説

いつものポテトチップスを買ったら、袋が白黒だった。「あれ?」と思った方も多いはずです。原因は、私たちの暮らしの裏側で起きている「キシレン」という化学物質の不足です。あまり耳慣れない名前ですが、ペットボトルや服、塗料、印刷インキなど、身の回りのとても多くのものに関わっています。専門用語を最小限にして、何が起きているのかをゆっくり整理してみます。

公開:2026年6月3日 カテゴリー:やさしく解説 難易度:★☆☆(化学の知識がなくても読める内容)

30秒でわかる、この記事の要点

● カルビーが2026年5月、ポテトチップスなど14品のパッケージを白黒2色に変更すると発表しました。原因は「印刷インキの調達が不安定になっているため」です。

● そのインキの主原料が「キシレン」という化学物質。中東情勢の影響で、原油や石油化学原料の流れが滞っているのが背景にあります。

● キシレンは、ペットボトル、ポリエステルの服、ペンキ、シンナー、接着剤など、身の回りのとても多くのものの「原料の原料」になっています。

● 似た名前の「エチレン」も同じ石油由来ですが、用途は別。エチレンはレジ袋やラップ、キシレンはペットボトルや服、と覚えておくと分かりやすいです。

1. ポテチの袋が白黒になった、その日の出来事

2026年5月12日、カルビーが発表しました。「ポテトチップス」「かっぱえびせん」「フルグラ」など、合計14品のパッケージを5月25日週から白黒2色に切り替える、と。Impress Watchの報道によれば、中東情勢の緊迫化に伴う一部原材料の調達不安定化のためで、商品の安定供給を最優先とし、当面の対応策としてパッケージを変更するとされています[1]。

この発表は、それまで「中東で何かあっても、自分の生活には関係ない」と感じていた多くの人にとって、はじめて中東情勢の影響が身近に見える出来事になりました。日経新聞は同じ日に、米国・イスラエルのイラン攻撃の影響から原油価格が高騰している。ナフサ(粗製ガソリン)不足から印刷インクの原料である溶剤や樹脂の品薄状態が続いていると整理しています[2]。

📦 なぜ「白黒なら大丈夫」なのか

カラフルなパッケージを印刷するには、色ごとに違うインキが必要です。色数が多ければ多いほど、たくさんの種類の溶剤や樹脂を使います。色を白と黒の2色だけに絞れば、必要なインキの種類も量も少なくて済む。

つまり、白黒化は「絵柄をシンプルにしたい」というデザインの話ではなく、限られた在庫を大事に使って、お店に商品を並べ続けるための工夫なのです。「暮らしの設備ガイド」の解説でも、色を減らすことで必要な溶剤の種類と量を最小化し、限られた在庫を最大限に活かして商品の供給を止めないようにするためと整理されています[3]。

政府もこの動きを注視しています。日経新聞によれば、佐藤啓官房副長官は12日の記者会見で、中東情勢の長期化に伴う印刷インクの不足の実態を把握するため関係企業と意思疎通すると表明し、政府は同日、カルビーへのヒアリングを予定するとしています[4]。

2. そもそも「キシレン」って何ですか?

「キシレン」と言われても、馴染みがないのが普通です。私たちが日常で口にする名前ではないですし、お店で「キシレンを買おう」と思うこともないからです。

でも、キシレンは私たちの生活を支える基礎的な化学物質のひとつです。原油(石油)を精製したときにできる「ナフサ」という液体を、さらに分解したり加工したりしてつくられます。化学の世界では「BTX」と呼ばれる3兄弟のひとり。化學工業日報社の解説によれば、炭素数が6のベンゼン、7のトルエン、8のキシレンは、それぞれの頭文字をとってBTXとして知られている[5]。「ベンゼン」「トルエン」「キシレン」、いずれも石油精製の現場でセットで作られる大事な基礎原料です。

キシレンは「縁の下の力持ち」

キシレンの面白いところは、そのままの形で私たちの目に触れることは、ほぼないという点です。キシレンは別の物質に姿を変えてから、私たちの生活に届きます。たとえば次のような流れです。

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ペットボトル

キシレンを酸化させると「テレフタル酸(PTA)」になり、それが「PET樹脂」になり、ペットボトルになります。世界のキシレン需要のほとんどがこのルートです。

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ポリエステルの服

同じPTAから「ポリエステル繊維」も作られます。スーツの裏地、スポーツウェア、フリース、シャツの一部など、衣料品の多くがこの素材です。

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ペンキ・塗料

キシレンは溶かす力が強いので、塗料を液体の状態で薄めたり、ハケから出やすくしたりするために使われます。住宅、橋、車、看板の塗装現場の必需品です。

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印刷インキ

食品パッケージ、雑誌、ポスター、段ボールなどの印刷にも使われます。カルビーの白黒化の直接の原因も、ここです。

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接着剤

家具、靴、建材、自動車部品など、ものとものを貼り合わせる接着剤の溶剤としても活躍します。

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農薬・シロアリ駆除剤

キシレンの溶解力は、農薬の有効成分を液体に溶かして撒くときにも使われます。シロアリ駆除剤の溶剤としても一般的です。

こうやって並べると、キシレンが「縁の下の力持ち」であることが見えてきます。私たちの目に直接触れるわけではないけれど、いま見回している周りのもの、けっこうな割合がキシレンの世話になっているのです。

3. キシレン、トルエン、エチレン ― 似た名前の3兄弟を整理

ニュースで「ナフサ」「エチレン」「キシレン」「トルエン」といった言葉が並ぶと、頭が混乱します。ここで整理してみましょう。いずれも原油を精製してできる「ナフサ」を、さらに加工して作られる仲間たちです。

名前 姿 身の回りでの代表例
エチレン 常温では気体 レジ袋、ラップ、ペットボトルのキャップ、シャンプー容器、おもちゃ、農業用ビニール(ポリエチレン、ポリプロピレンの原料)
キシレン 常温では液体 ペットボトル本体、ポリエステルの服、塗料、シンナー、印刷インキ、接着剤
トルエン 常温では液体 塗料、印刷インキ、接着剤、マニキュア除光液、ガソリンの成分のひとつ

面白いのは「ペットボトル」です。本体(透明な部分)はキシレン由来、キャップ(カラフルなフタの部分)はエチレン由来。同じペットボトルでも、原料の道筋がまるで違うのです。NISSHA エフアイエスの整理によれば、エチレンは分子式C2H4で表されるオレフィン系炭化水素。融点-169.1℃、沸点-103.7℃で常温では気体です[6]。一方キシレンは液体で、沸点は約140℃。気体と液体、というだけでも性格がまったく違うことが分かります。

覚え方エチレンは「やわらかい」、キシレンは「かたい・色がある」。レジ袋やラップなどぐにゃっとするものはエチレン系、ペットボトルや服やペンキなどしっかりした形・色のあるものはキシレン系、とざっくり覚えておけば、ニュースを聞いたときに想像がつきやすくなります。

4. なぜ、いま不足しているのか

原因をひとことで言えば、原油の道筋が細くなったからです。日本は原油のほとんどを輸入に頼っており、その大部分が中東から来ています。中東から日本までの航路の途中に「ホルムズ海峡」という、世界の石油輸送の要となる細い海峡があります。

2026年2月末、この海峡で深刻なことが起きました。三菱UFJ銀行経営企画部経済調査室のレポートによれば、米国とイスラエルによるイランへの攻撃と、イランの反撃及びイラン革命防衛隊によるホルムズ海峡(世界の海上原油輸送量の約2割を占める)の事実上の封鎖を受け、同海峡の航行船舶数は急減し、足元(3/29)では3隻になったとされています[7]。普段は数十隻が行き交う海峡が、ほとんど通れない状態になったわけです。

原油そのものは、日本政府が備蓄を持っているので、いきなりガソリンが買えなくなるわけではありません。ただ、原油から作られる「ナフサ」、そしてナフサから作られる「キシレン」や「エチレン」については、種類や品質、流通の段階で目詰まりが起きやすく、影響が時間差で広がっていく構造になっています。

野村総合研究所の木内登英氏は、政府は原油、ナフサの供給は全体として確保しているが、その中でも石油製品の流通段階での供給不足、目詰まりが生じる主な理由は4つあると整理しています[8]。マクロには足りているのに、現場で必要な特定の種類が手に入りにくい。それが、ポテチの袋からペンキの缶まで、思いがけないところに影響が出てくる理由です。

5. 身の回りで、ほかにどんな影響が出ている?

カルビーの白黒パッケージは、いちばん目に見えやすい事例です。でも、影響は他にも広がりつつあります。日経新聞は伊藤ハムも検討と報じており[2]、食品メーカーで同じような動きが続く可能性があります。順番に見ていきましょう。

食品パッケージ

カルビーの14品(ポテトチップスのうすしお・コンソメパンチ・コンソメWパンチ・のりしお、堅あげポテト、かっぱえびせん、フルグラなど)が白黒に。日経新聞によれば、伊藤ハムなど他の食品メーカーも検討段階に入っています。これは「インキそのものが買えない」というより、「カラーインキの値段が高すぎて、従来通りでは続けられない」という経営判断の側面も大きいです。

塗料・ペンキ・シンナー

住宅の塗装、看板、建材の塗装現場で使われるシンナーや塗料は、キシレンを直接溶剤として使います。三協化学はホームページでホルムズ海峡が封鎖されたことにより、トルエンやキシレン、メタノールは出荷制限がかかり、価格が3月上旬から急上昇していると顧客に告知しています[9]。塗装業の現場では、シンナーの納期遅れや値上げが進行中です。

飲料・ペットボトル

ペットボトルそのものは、キシレンを酸化させて作るPTA、それを重合したPETから作られます。短期的にはペットボトル飲料の店頭価格にすぐ反映されるわけではありませんが、中長期で原料コストが上がり続ければ、飲料・調味料・食用油・洗剤などボトル入り商品の値上げにつながる可能性があります。

衣料品(ポリエステル)

スポーツウェア、スーツの裏地、フリース、シャツの一部、カーテン、寝具など、ポリエステルは現代の繊維のなかでとても大きな割合を占めます。これもPTAを経由してキシレンから作られています。すぐに「ユニクロのフリースが買えない」となるわけではありませんが、原料価格は世界の繊維価格に少しずつ影響していきます。

6. では、いつまで続くのですか?

これがいちばん気になる質問だと思います。残念ながら、明確な答えはまだありません。三菱UFJ銀行経済調査室は、「悪化シナリオ」では2026年4-6月期にホルムズ海峡の原油・LNG輸送量が40%減少し、10-12月期以降に速やかに正常化する事態を、「深刻シナリオ」では2026年4-6月期に60%減少し、2027年1-3月期以降に段階的に正常化する事態を、それぞれ想定している、と整理しています[7]。

つまり、楽観的に見れば2026年後半に状況が改善し、慎重に見れば2027年の春以降になる、というのが現時点の専門家の見立てです。事態の推移は、地政学(中東情勢)と石油市場の両方を見ていく必要があり、私たちにできるのは「過剰にあわてず、変化を冷静に見る」ことくらいです。

買い占めはしない過去のオイルショックの教訓:1970年代の第一次オイルショックでは、政府の「紙の節約呼びかけ」がきっかけでトイレットペーパーの買い占めが起き、本当の不足が引き起こされたという話があります。ペットボトル飲料も、衣料品も、すぐに棚から消えるわけではありません。普段通りの買い物を続けることが、ご自身にとっても、お店にとっても、いちばん安定した選択です。

7. 一般の人にできること、知っておくと役立つこと

消費者として、すぐ大きく行動を変える必要はありません。ただ、知っておくと「あ、これも原因はあの話か」と納得できる場面が増えるはずです。

① パッケージや塗装で「シンプルになったな」と感じたら。カルビーのような白黒化以外にも、メーカーのデザイン変更や、用紙質感の変更、シンナー使用量の少ない塗装方法への切り替えなど、「あれっ、前と違う」という小さな変化が増えるかもしれません。多くは品質を守りながら供給を続けるための工夫です。

② じわじわ続く値上げの背景に、原料があると知っておく。ペットボトル飲料、ポリエステル衣料、塗料、家庭用接着剤、シンナー、農薬などに、これから値上げが続く可能性があります。「便乗値上げ」ではなく、原料の中東依存という構造的な理由があるものも多い、と知っておくと、納得感は変わってきます。

③ リサイクルが急に話題になる理由を理解する。ペットボトルを再生してまたペットボトルにする「ボトルtoボトル」リサイクル、ポリエステル繊維のケミカルリサイクルなど、新しい原料への切り替えはニュースで増えていきます。これらは「環境のため」だけでなく、「中東依存を減らすため」「キシレンを節約するため」という現実的な動機も後押ししています。

8. よくある質問

キシレンって体に有害なの?
工業用に大量に扱う場合は、独特の匂いがあって、長時間吸い込めば頭痛や吐き気の原因になります。なので工場や塗装現場では換気や保護具が義務付けられています。ペットボトルや服の最終製品にはキシレンそのものは残らない(別の物質に化学的に変化している)ので、日常生活で心配する必要はありません。
ポテチの中身は大丈夫?
カルビーは「商品の品質への影響はない」と公式に説明しています。変わったのはパッケージの印刷だけで、中身のじゃがいもチップスは何も変わっていません。お味も、サイズも、価格も、これまでと同じです。
白黒パッケージは、いつまで続くの?
カルビーは「当面の対応策」と説明しており、終了時期は公表していません。中東情勢の推移と、印刷インキの調達状況によって決まります。専門家の見立てでは、早ければ2026年後半、慎重に見れば2027年春以降の判断になる可能性があります。
キシレンが足りないなら、トルエンで代用できないの?
用途によります。塗料のシンナーなど溶剤としての使い方なら、ある程度は代用できる場面もあります。ただし、トルエンとキシレンは沸点(乾く速さ)が違うので、塗膜の仕上がりに影響が出ます。ペットボトルの原料としては、化学構造がまったく違うので代用はできません。さらに、トルエンも同時に不足しているので、根本的な解決にはなりません。
ペットボトル飲料が手に入らなくなることはある?
すぐにそうなる可能性は低いです。ペットボトルの原料は世界中で流通しており、再生PETを使う選択肢もあります。ただし、原料価格は段階的に上昇するため、飲料・調味料・食用油・洗剤などの値上げが続く可能性はあります。
普通の人でも気をつけておくべきことは?
特別なことはありません。買い占めや過剰な備蓄は、かえって流通の目詰まりを助長します。値上げは段階的に進むので、家計の予算を少し見直しておくこと、リサイクル品や再生素材の商品に少し前向きになっておくこと、それくらいで十分です。

9. まとめ

ポテチの袋が白黒になったのは、デザインの変更でも、ブランドの方針転換でもありません。原油から作られる「キシレン」という基礎的な化学原料が中東情勢の影響で手に入りにくくなり、その先にある印刷インキの供給が不安定になった結果として起きた、現場の知恵による工夫です。

キシレンは、ペットボトル、ポリエステルの服、ペンキ、シンナー、印刷インキ、接着剤、農薬など、私たちの生活のあちこちに静かに関わっています。普段は名前を聞くこともないこの物質が、ニュースに登場するようになったというだけで、世界が大きく動いていることが分かります。

大切なのは、過剰にあわてないこと、買い占めをしないこと、そして「いつもと違うな」と感じたときに「ああ、あの話のせいか」と納得できる程度に背景を知っておくこと。それだけで、これから増えていくであろう小さな変化を、ずいぶん落ち着いて受け止められるはずです。

参考文献

  1. Impress Watch「カルビー、原材料調達不安定化で白黒パッケージを導入」2026年5月13日 https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/2108181.html
  2. 日本経済新聞「カルビー、ポテトチップスなど白黒包装に インク不足で伊藤ハムも検討」2026年5月11日 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC118M20R10C26A5000000/
  3. 暮らしの設備ガイド「ポテチのパッケージが白黒になる理由|ナフサ不足と印刷インク問題をわかりやすく解説」 https://h-bid.jp/calbee-monochrome-package-naphtha/
  4. 日本経済新聞「佐藤副長官、インク材料不足で『企業と意思疎通』 カルビー白黒包装」2026年5月12日 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA121BZ0S6A510C2000000/
  5. 化學工業日報社「今更聞けない化学産業の基本を分かりやすく解説:『石油化学』編②」 https://www.chemicaldaily.co.jp/blog/chemicaldaily_column_04
  6. NISSHAエフアイエス「エチレンを原料とするさまざまな有機化合物とその用途」 https://connect.nissha.com/gassensor/blog/ethylene/
  7. 三菱UFJ銀行経営企画部経済調査室「経済情報:ホルムズ海峡の事実上封鎖と世界経済への影響」2026年4月3日 https://www.bk.mufg.jp/report/whatsnew/report_20260403.pdf
  8. 野村総合研究所 木内登英「石油製品の流通の目詰まりはなぜ生じたのか」 https://www.nri.com/jp/media/column/kiuchi/20260420_2.html
  9. 三協化学株式会社「イラン情勢悪化によるトルエン、キシレン、メタノール等の品薄と代替品を解説」 https://www.sankyo-chem.com/news/post-14944/
本記事は2026年6月3日時点で公開されている公的情報、報道、メーカー発表をもとに作成しています。状況は変動が大きく、最新の動向は引用元等で適宜ご確認ください。本記事の内容は特定の商品の購入や買い控えを推奨するものではなく、社会で起きていることを理解する助けとなることを目的としています。
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