イラン情勢と日本・アジアの
紙オムツ供給への影響
(SAP供給実態)
2026年4月26日更新版|ホルムズ海峡封鎖が招く供給網断絶の実態と消費財4強の経営激震
2026年3月31日、ホルムズ海峡封鎖によるナフサ供給断絶が紙オムツ産業を根底から揺さぶっている。原料アクリル酸の高騰でSAP(高吸水性ポリマー)市場が混乱し、日本触媒は3月27日に酸化エチレン等を+90円/kg値上げ、住友精化はシンガポール原料供給元のフォースマジュール宣言を受け出荷遅延、独BASFは生産コスト前月比15%増を計上。消費財4強もP&Gが利益10億ドル下方修正・喜望峰経由で輸送28日→42日、ユニ・チャームはPP不織布調達が予定の30%のみで「ムーニー」増産不可、花王はメリーズ容器のPE価格35%上昇でプレミアム化シフト、ユニリーバはタイ法人が4月全カテゴリー値上げを先行決断するなど、それぞれの「有事の経営」が始まった。
イラン情勢と衛生用品危機 ―― ホルムズ海峡封鎖が招く供給網断絶の実態
紙オムツは、現代の家庭・育児・介護の現場で「あって当然」のものとして消費されてきた製品です。しかし2026年3月、その「当然」を支えてきた巨大なサプライチェーンが、ホルムズ海峡封鎖を起点とした連鎖崩壊の只中にあります。
本記事では、ナフサ→アクリル酸→SAP→紙オムツという一連の流れを、世界の主要メーカーの一次情報・公式エビデンスとともに解剖します。本シリーズの全体像は2026年ナフサ・クライシス総論で、医薬品サプライチェーンへの波及はジェネリック医薬品の供給崩壊で詳述しています。
ホルムズ海峡の「窒息」とナフサ・ショック
1.1 地政学リスクの劇的変化(2026年3月の現実)
2026年3月31日現在、ホルムズ海峡を巡る緊張は極限状態にあります。イラン政府による通行規制の強化は、エネルギー市場のみならず、世界の化学品サプライチェーンを根底から揺るがしています。
- エビデンス①:イラン政府はホルムズ海峡の主権を強調し、特定国に関連する船舶の通過を制限。これにより世界の原油輸送の約2割が停滞するリスクが顕在化(2026年3月31日、主要経済ニュース)。
- エビデンス②:原油価格は一時1バレル=120ドルを突破。価格高騰以上に、日本へのタンカー到着遅延という「物理的な供給不足」が深刻化しています。
1.2 石油化学の源流:ナフサの供給断絶
紙オムツを構成するプラスチックや合成繊維のすべての源流は「ナフサ(粗製ガソリン)」にあります。日本はナフサ輸入の約8割以上を中東に依存しており、この動脈が遮断されることは、衛生用品産業にとって致命的な打撃を意味します。
- 市場データ:2026年3月26日のロイター通信によれば、アジアのナフサ市況は1トン=850ドルを超え、2026年初頭比で約40%急騰。中東からの輸出フローが滞り、国内のエチレンセンターは稼働率を大幅に下げざるを得ない状況です。
中東インフラの物理的被害状況については中東エネルギーインフラの崩壊と「失われる5年間」を参照してください。
吸水性ポリマー(SAP)市場の構造破壊
紙オムツの性能を決定づける中核素材、高吸水性ポリマー(SAP)。この市場は、日本とドイツの数社が世界シェアを分け合う寡占状態にあり、上流の混乱がダイレクトに波及します。
2.1 主要プレイヤーの苦境とエビデンス
世界的なSAP供給網は、原料不足とエネルギーコスト増という「二重苦」に直面しています。
| 企業名 | 本拠地 | 2026年3月の動向とエビデンス |
|---|---|---|
| 日本触媒 | 日本 | 原料価格改定:3月27日、酸化エチレン等の誘導品を1kgあたり90円以上値上げ。SAP原料のアクリル酸供給もタイト化。 |
| BASF | ドイツ | 製造コスト急騰:3月のICISレポートにて、欧州拠点の生産コストが前月比15%増。サーチャージの導入を検討。 |
| 住友精化 | 日本 | 供給遅延:シンガポールの原料供給元が「不可抗力(FM)」を宣言。アジア市場への出荷に遅延が発生。 |
| Evonik | ドイツ | 収益性圧迫:石油化学原料のスポット価格高騰により、長期契約の見直しと価格転嫁を加速。 |
2.2 原料「アクリル酸」の供給制限
SAPの主原料であるアクリル酸は、ナフサから精製されるプロピレンを起点とします。国内石化各社が減産に踏み切ったことで、アクリル酸の市況価格は高騰。SAPメーカーは、製品の安定供給を維持するために、顧客であるオムツメーカーに対して異例の「割当供給」や「大幅な価格改定」を要請せざるを得ない状況です。「ナフサ4ヶ月分確保済み」の数字に隠れた構造的問題はナフサ備蓄4ヶ月の陰で進む石化産業の構造的敗北で詳述しています。
消費財4強(P&G、ユニ・チャーム、花王、ユニリーバ)の経営激震
原材料費の暴騰と物流網の寸断は、単なる「コスト増」の枠を超え、各社の収益構造とグローバル戦略を根本から変容させています。
世界最大の消費財メーカーであるP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)は、最もマクロ経済の影響を受けやすい体質にあります。
航路変更による「動脈硬化」
2026年3月初旬、主要海運会社(マースク、MSC等)がホルムズ海峡周辺の危険回避のため、アジア・欧州航路を喜望峰経由に完全シフトしました。P&Gはこの影響を直撃。輸送期間が従来の28日から42日以上へ延び、在庫回転率が大幅に悪化しています。
財務的エビデンス
P&Gは3月25日の投資家向け説明会にて、2026年度の通期純利益成長率の見通しを下方修正。背景として、原材料高に加え、未曾有の「海上運賃サーチャージ(割増金)」が10億ドル規模で利益を圧迫するとの試算を示しました。
戦略
パンパース等の主力製品において、米国市場を中心に「段階的な価格引き上げ」を継続。広告宣伝費の効率化でコスト増を補填する構えです。
アジア市場で圧倒的シェアを持つユニ・チャームは、製造拠点の多くをタイ、インドネシア、中国に置いています。これら拠点の原料調達が「物理的に」困難になっています。
PP(ポリプロピレン)の消失
2026年3月3日付のICIS(国際化学品情報サービス)のレポートでは、東南アジアの主要石化プラントが、中東産ナフサの欠乏により「不可抗力(フォース・マジュール)」を宣言しました。オムツの表面材に欠かせないPP不織布の調達が、予定の30%しか確保できない事態に陥っています。
SAPの割当供給
同社が依存する住友精化等のSAPメーカーも出荷制限を行っており、「ムーニー」「マミーポコ」の増産が不可能な状況です。
戦略
同社は販促費(クーポンやポイント還元)を大幅に抑制し、実質的な店頭価格を維持しつつ、供給安定を最優先する「有事の在庫管理モード」へ移行しています。
花王は国内生産比率が高く、日本のエネルギー政策(ナフサの中東依存)の影響をダイレクトに受ける構造です。
エビデンス
日本のナフサ輸入はサウジアラビア、UAE、クウェートの中東3カ国で大半を占めます。3月15日以降、日本の主要エチレンセンター(市原、倉敷等)が稼働率を70%以下に引き下げました。
容器と中身の両面コスト増
「メリーズ」に使用されるプラスチック容器(外装)のポリエチレン価格が、3月末時点で2026年初頭比35%上昇。洗浄成分(界面活性剤)の石油由来原料も高騰しています。
戦略
同社はブランド力を背景に、「高付加価値化(プレミアム・ライン)」への強制的なシフトを進めています。低価格帯の製品ラインを縮小し、1枚あたりの利益が高い高機能品に資源を集中させることで、販売数量の減少を単価上昇で補う方針です。
ユニリーバは、世界的なインフレ局面において、最も「価格転嫁」に積極的な姿勢を示しています。
エビデンス
2026年3月17日、ユニリーバ・タイ法人のCEOは「原材料と物流費の予測不可能な高騰」を理由に、4月からの全カテゴリー(洗剤、衛生用品等)の値上げを断行すると発表。これは、競合他社が値上げを躊躇する中での先行的な決断です。
在庫の「セーフティ・アップ」
同社はグローバルで「安全在庫(セーフティ・ストック)」の水準を従来の1.5倍に引き上げる指令を出しました。これは、物流の不確実性が高まる中で、欠品によるシェア喪失を最も恐れていることの表れです。
各社のリスク耐性と対応の対比
| 企業 | 最大の懸念点 | 2026年3月の戦略的トーン |
|---|---|---|
| P&G | グローバル物流の遅延(喜望峰経由) | 財務防衛:利益予想を下げ、株主還元と効率化を優先。 |
| ユニ・チャーム | 東南アジアでの原料物理的不足 | 供給優先:プロモーションを停止し、欠品阻止に全力を挙げる。 |
| 花王 | 日本国内の石化原料コスト増 | プレミアム化:高付加価値化による単価上昇でコストを吸収。 |
| ユニリーバ | 全カテゴリーでのコストインフレ | 先行突破:市場に先駆けて値上げを公表し、在庫を積み増す。 |
このように、消費財4強はそれぞれ自社の強みと市場特性に応じた「有事の経営」を展開しており、2026年4月以降、これら全ての動きが合流して、我々の生活圏における「オムツ価格の再定義」が行われることになります。
供給網の再編と今後の展望
現在進行中の中東危機は、単なる「一時的な値上がり」ではなく、衛生用品業界の構造そのものを変容させています。
4.1 供給網の「脱・中東依存」への模索
日本企業を中心に、特定地域への依存リスクを低減する動きが加速しています。
- 調達の多角化:中東産ナフサ以外の原料調達(米国産シェール由来やバイオマス由来原料)へのシフトが急務となっていますが、設備転換には時間を要するため、短期的には供給制約が続く見込みです。
4.2 市場価格と消費者への影響
エビデンスが示す通り、上流から下流まで一貫してコストが増大しています。
- 価格改定の常態化:2026年4月以降、大手メーカー各社は「数%〜10%以上」の価格改定、あるいはプロモーション(特売)の削減を順次実施。
- プレミアムシフト:低利益な普及品を絞り込み、利益率の高い高機能製品へリソースを集中させる「選択と集中」が加速します。
冷静なリスク管理の時代
本レポートが示した通り、イラン情勢は石油化学産業のバリューチェーンを通じて、我々の家庭に直結しています。一枚の紙オムツの供給維持には、現在、かつてないほどのコストと地政学的リスクが介在しています。
2026年の衛生用品市場は、以下の3点が鍵となります。
消費財各社は、この危機を乗り越えるためにデジタル技術による在庫の最適化と、原材料の代替化を急いでいます。我々消費者も、エビデンスに基づいた冷静な市場理解を持つことが、この不確実な時代における最大のリスク管理となります。
- CENTCOM 公式発表 米中央軍によるイラン港湾封鎖措置(Operation Epic Fury)の対象範囲・内容。2026年4月13日発令。
- Reuters(2026年4月22日) WTI原油の一時90.70ドル上昇・90ドル台前半推移、Brent前日比101.15ドル到達後99.67ドルで清算を報道。JP Morgan・Citiの原油価格上振れシナリオ(120〜150ドル超)も同社報道。
- Reuters(2026年4月25日) TotalEnergies プヤネCEOによる「数か月の戦争継続で世界的エネルギー不足」発言、マクロン仏大統領の「数日〜数週間以内の完全再開」目標発言。
- Reuters Japan 三井化学・三菱ケミカル等のエチレン設備減産可能性、ナフサ調達リスクに関する報道。
- Al Jazeera(2026年4月23日) IRGCによるコンテナ船2隻拿捕(MSC Francesca、Epaminondas)・1隻への発砲を報道。
- Al Jazeera / global-scm.com(2026年4月4日更新) 「海峡が開通しても混乱は数カ月続く」とするアナリスト見解。滞留約2,190隻の処理・機雷掃海・保険市場回復・恒久リスクプレミアムを阻害要因として列挙。
- global-scm.com(2026年4月15日・18日・19日・22日・26日 各更新版) ホルムズ海峡危機の情勢と実務リスク連載。通航数・CENTCOM措置の詳細・日本船社の対応・ナフサ在庫構造(民間在庫約20日分・UAE等3カ国でナフサ輸入の約67%)・4月17日開放宣言から24時間以内の再封鎖逆転を報告。
- 毎日新聞(2026年4月18日) IRGCによる「再封鎖」宣言、通峡試行中の商船2隻への銃撃(Reutersを引用)を報道。
- Security対策Lab(rocket-boys.co.jp) 平時1日平均140隻→通常の10%未満への激減、国内精製所稼働率67.7%(過去最低)、ペルシャ湾内180隻超・1億7,200万バレル超のタンカー足止めを報告。
- 野村総合研究所 木内登英氏(2026年3月31日) エチレン由来日用品の価格上昇による家計負担を試算。4人家族で年間1万8,000円〜2万5,500円の負担増。日本サニパック30%以上値上げ・発泡ポリスチレン1kgあたり120円値上げ・EO誘導品90円/kg以上値上げ等の具体的数値を提示。
- 日本経済新聞(2026年2月9日) 大王製紙が家庭用・業務用紙製品を2026年4月1日納品分から10%以上値上げすると発表。
- 時事ドットコム 原油先物が紛争前60ドル台から4月7日に112.95ドルへ急騰、4月8日の停戦合意と価格動向を報道。ニッセイ基礎研究所 上野剛志主席エコノミスト「協議継続中は90〜100ドル台で一進一退、5月末停戦なら年内70ドル台」との予測を引用。
- ジェトロ ビジネス短信(2026年4月) 在ベトナム日系商社ヒアリング(3月30日〜4月2日)。1〜3か月分の在庫で対応中だが川上の先細りにより見通し不透明。コスト上昇分は今後2〜3か月で末端価格に転嫁との予測。
- 日本経済新聞(2026年4月8日) 韓国での有料ゴミ袋買い占め・購入枚数制限、韓国首相による「包装材の需給不安で食料供給まで脅かされている」発言を報道。
- 朝日新聞・FNNプライムオンライン(2026年4月9日) 三菱ケミカル・三井化学等のエチレン減産を3月上旬から継続中と報道。
- ユニ・チャーム 2025年12月期・各四半期決算説明資料 / 第66期中間株主通信 2025年12月期通期:売上高9,453億円(前年比4.4%減)、コア営業利益1,089億円(同21.4%減)。中国事業は2021〜2024年で実質売上高が2割以上減少。インドネシアでは与信管理強化に伴う出荷抑制と販売網の再構築を進める方針。東南アジアではダウントレードの傾向とeコマース競合の台頭が続く。
- 東洋経済オンライン(2025年7月18日) ユニ・チャームの中国・インドネシア二大市場での変調を報告。中国事業は2022年12月期から実質売上高がマイナスに転じ、インドネシアでは営業力・価格競争力の強化を進めるローカル競合の台頭を報告。
- Euromonitor International(2024年) アジア太平洋地域は世界の衛生用品小売売上高の40%超を占める。東南アジアの大人用失禁用品は2021〜2026年にCAGR15%の成長見通し。インドネシアが成長を牽引。中国と東南アジアでアジア太平洋地域売上の70%超を占める。
- J-marketing.net(JMR生活総合研究所) 花王・P&G・ユニ・チャームの値上げ戦略の比較分析。P&Gが2021〜2022年に北米・アジアで複数回の値上げを実施した実績、花王の「戦略的値上げ」の手法と競合各社の対応を詳述。
- 日本経済新聞(2023年2月) インドネシアのベビー用品市場での競争。ユニ・チャームが一般品より5割高の環境配慮型紙おむつを投入、キンバリー・クラークが現地大手を買収して攻勢。インドネシアの出生数は日本の5倍以上。
- マネー現代(Yahoo!ファイナンス) 石化各社の大型値上げ(関西ペイント50%超・日本サニパック30%以上)、経団連会長の「長期化を想定した次の打ち手」発言(2026年4月6日)を報道。
- Mordor Intelligence / GII Consulting SAP市場レポート(2024〜2026年) 世界SAP市場は上位5社で75%超を占める寡占構造(日本触媒・住友精化・三洋化成・BASF・Evonik)。アクリル酸はSAP生産コストの約70%を占め、四半期ごとに最大25%変動。ベビー用紙おむつがSAP需要の約65〜70%を占める。2025〜2026年のCAGRは約8%で成長見込みだが、原材料コスト高騰と入手可能性が市場成長の妨げになると分析。
- ニュースイッチ(日刊工業新聞) 日本触媒の世界生産能力(年71万トン・世界トップ)および5拠点体制、住友精化の逆相懸濁重合法による差別化、中国でのSAP供給過剰による価格競争激化、バイオプロピレン由来SAP開発の動向を報告。
- 三菱ケミカル 製品情報 アクリル酸はプロピレンを直接酸化して製造され、高吸水性樹脂(SAP)の主原料として使用されることを確認。
- 御津電子株式会社(2026年4月5日) ホルムズ封鎖下でナフサ価格が短期間で600ドル台後半から1,100ドル前後まで上昇したケースを報告。サーチャージ条項・ナフサリンク型価格改定の実務対応を解説。