【特別調査報告】イラン情勢と衛生用品危機:ホルムズ海峡封鎖が招く供給網断絶の実態

第1章:ホルムズ海峡の「窒息」とナフサ・ショック
1.1 地政学リスクの劇的変化(2026年3月の現実)
2026年3月31日現在、ホルムズ海峡を巡る緊張は極限状態にあります。イラン政府による通行規制の強化は、エネルギー市場のみならず、世界の化学品サプライチェーンを根底から揺るがしています。
- エビデンス①: イラン政府はホルムズ海峡の主権を強調し、特定国に関連する船舶の通過を制限。これにより世界の原油輸送の約2割が停滞するリスクが顕在化(2026年3月31日、主要経済ニュース)。
- エビデンス②: 原油価格は一時1バレル=120ドルを突破。価格高騰以上に、日本へのタンカー到着遅延という「物理的な供給不足」が深刻化しています。
1.2 石油化学の源流:ナフサの供給断絶
紙オムツを構成するプラスチックや合成繊維のすべての源流は「ナフサ(粗製ガソリン)」にあります。日本はナフサ輸入の約8割以上を中東に依存しており、この動脈が遮断されることは、衛生用品産業にとって致命的な打撃を意味します。
- 市場データ: 2026年3月26日のロイター通信によれば、アジアのナフサ市況は1トン=850ドルを超え、2026年初頭比で約40%急騰。中東からの輸出フローが滞り、国内のエチレンセンターは稼働率を大幅に下げざるを得ない状況です。
第2章:吸水性ポリマー(SAP)市場の構造破壊
紙オムツの性能を決定づける中核素材、高吸水性ポリマー(SAP)。この市場は、日本とドイツの数社が世界シェアを分け合う寡占状態にあり、上流の混乱がダイレクトに波及します。
2.1 主要プレイヤーの苦境とエビデンス
世界的なSAP供給網は、原料不足とエネルギーコスト増という「二重苦」に直面しています。
| 企業名 | 本拠地 | 2026年3月の動向とエビデンス |
| 日本触媒 | 日本 | 原料価格改定: 3月27日、酸化エチレン等の誘導品を1kgあたり90円以上値上げ。SAP原料のアクリル酸供給もタイト化。 |
| BASF | ドイツ | 製造コスト急騰: 3月のICISレポートにて、欧州拠点の生産コストが前月比15%増。サーチャージの導入を検討。 |
| 住友精化 | 日本 | 供給遅延: シンガポールの原料供給元が「不可抗力(FM)」を宣言。アジア市場への出荷に遅延が発生。 |
| Evonik | ドイツ | 収益性圧迫: 石油化学原料のスポット価格高騰により、長期契約の見直しと価格転嫁を加速。 |
2.2 原料「アクリル酸」の供給制限
SAPの主原料であるアクリル酸は、ナフサから精製されるプロピレンを起点とします。国内石化各社が減産に踏み切ったことで、アクリル酸の市況価格は高騰。SAPメーカーは、製品の安定供給を維持するために、顧客であるオムツメーカーに対して異例の「割当供給」や「大幅な価格改定」を要請せざるを得ない状況です。
第3章:消費財4強(P&G、ユニ・チャーム、花王、ユニリーバ)の経営激震
原材料費の暴騰と物流網の寸断は、単なる「コスト増」の枠を超え、各社の収益構造とグローバル戦略を根本から変容させています。
3.1 P&G:グローバル・サプライチェーンの「目詰まり」と財務下方修正
世界最大の消費財メーカーであるP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)は、最もマクロ経済の影響を受けやすい体質にあります。
- 航路変更による「動脈硬化」: 2026年3月初旬、主要海運会社(マースク、MSC等)がホルムズ海峡周辺の危険回避のため、アジア・欧州航路を喜望峰経由に完全シフトしました。P&Gはこの影響を直撃。輸送期間が従来の28日から42日以上へ延び、在庫回転率が大幅に悪化しています。
- 財務的エビデンス: P&Gは3月25日の投資家向け説明会にて、2026年度の通期純利益成長率の見通しを下方修正。背景として、原材料高に加え、未曾有の「海上運賃サーチャージ(割増金)」が10億ドル規模で利益を圧迫するとの試算を示しました。
- 戦略: パンパース等の主力製品において、米国市場を中心に「段階的な価格引き上げ」を継続。広告宣伝費の効率化でコスト増を補填する構えです。
3.2 ユニ・チャーム:アジア拠点の「不可抗力(FM)」ドミノ
アジア市場で圧倒的シェアを持つユニ・チャームは、製造拠点の多くをタイ、インドネシア、中国に置いています。これら拠点の原料調達が「物理的に」困難になっています。
- PP(ポリプロピレン)の消失: 2026年3月3日付のICIS(国際化学品情報サービス)のレポートでは、東南アジアの主要石化プラントが、中東産ナフサの欠乏により「不可抗力(フォース・マジュール)」を宣言しました。オムツの表面材に欠かせないPP不織布の調達が、予定の30%しか確保できない事態に陥っています。
- SAPの割当供給: 同社が依存する住友精化等のSAPメーカーも出荷制限を行っており、「ムーニー」「マミーポコ」の増産が不可能な状況です。
- 戦略: 同社は販促費(クーポンやポイント還元)を大幅に抑制し、実質的な店頭価格を維持しつつ、供給安定を最優先する「有事の在庫管理モード」へ移行しています。
3.3 花王:日本国内の「ナフサ・デカップリング」への苦闘
花王は国内生産比率が高く、日本のエネルギー政策(ナフサの中東依存)の影響をダイレクトに受ける構造です。
- エビデンス: 日本のナフサ輸入はサウジアラビア、UAE、クウェートの中東3カ国で大半を占めます。3月15日以降、日本の主要エチレンセンター(市原、倉敷等)が稼働率を70%以下に引き下げました。
- 容器と中身の両面コスト増: 「メリーズ」に使用されるプラスチック容器(外装)のポリエチレン価格が、3月末時点で2026年初頭比35%上昇。洗浄成分(界面活性剤)の石油由来原料も高騰しています。
- 戦略: 同社はブランド力を背景に、「高付加価値化(プレミアム・ライン)」への強制的なシフトを進めています。低価格帯の製品ラインを縮小し、1枚あたりの利益が高い高機能品に資源を集中させることで、販売数量の減少を単価上昇で補う方針です。
3.4 ユニリーバ:インフレ経済下での「先行値上げ」の決断
ユニリーバは、世界的なインフレ局面において、最も「価格転嫁」に積極的な姿勢を示しています。
- エビデンス: 2026年3月17日、ユニリーバ・タイ法人のCEOは「原材料と物流費の予測不可能な高騰」を理由に、4月からの全カテゴリー(洗剤、衛生用品等)の値上げを断行すると発表。これは、競合他社が値上げを躊躇する中での先行的な決断です。
- 在庫の「セーフティ・アップ」: 同社はグローバルで「安全在庫(セーフティ・ストック)」の水準を従来の1.5倍に引き上げる指令を出しました。これは、物流の不確実性が高まる中で、欠品によるシェア喪失を最も恐れていることの表れです。
各社のリスク耐性と対応の対比
| 企業 | 最大の懸念点 | 2026年3月の戦略的トーン |
| P&G | グローバル物流の遅延(喜望峰経由) | 財務防衛: 利益予想を下げ、株主還元と効率化を優先。 |
| ユニ・チャーム | 東南アジアでの原料物理的不足 | 供給優先: プロモーションを停止し、欠品阻止に全力を挙げる。 |
| 花王 | 日本国内の石化原料コスト増 | プレミアム化: 高付加価値化による単価上昇でコストを吸収。 |
| ユニリーバ | 全カテゴリーでのコストインフレ | 先行突破: 市場に先駆けて値上げを公表し、在庫を積み増す。 |
このように、消費財4強はそれぞれ自社の強みと市場特性に応じた「有事の経営」を展開しており、2026年4月以降、これら全ての動きが合流して、我々の生活圏における「オムツ価格の再定義」が行われることになります。
第4章:供給網の再編と今後の展望
現在進行中の中東危機は、単なる「一時的な値上がり」ではなく、衛生用品業界の構造そのものを変容させています。
4.1 供給網の「脱・中東依存」への模索
日本企業を中心に、特定地域への依存リスクを低減する動きが加速しています。
- 調達の多角化: 中東産ナフサ以外の原料調達(米国産シェール由来やバイオマス由来原料)へのシフトが急務となっていますが、設備転換には時間を要するため、短期的には供給制約が続く見込みです。
4.2 市場価格と消費者への影響
エビデンスが示す通り、上流から下流まで一貫してコストが増大しています。
- 価格改定の常態化: 2026年4月以降、大手メーカー各社は「数%〜10%以上」の価格改定、あるいはプロモーション(特売)の削減を順次実施。
- プレミアムシフト: 低利益な普及品を絞り込み、利益率の高い高機能製品へリソースを集中させる「選択と集中」が加速します。
結びに代えて:冷静なリスク管理の時代
本レポートが示した通り、イラン情勢は石油化学産業のバリューチェーンを通じて、我々の家庭に直結しています。一枚の紙オムツの供給維持には、現在、かつてないほどのコストと地政学的リスクが介在しています。
2026年の衛生用品市場は、以下の3点が鍵となります。
- 物理的供給の確保: 値段以上に「商品が棚に並ぶか」が焦点となる局面。
- コストの価格転嫁: メーカー、小売、消費者の全段階でコスト負担を分かち合う段階。
- 地政学への感度: 中東情勢の一挙一動が、翌月の家庭の支出に直結する現実。
消費財各社は、この危機を乗り越えるためにデジタル技術による在庫の最適化と、原材料の代替化を急いでいます。我々消費者も、エビデンスに基づいた冷静な市場理解を持つことが、この不確実な時代における最大のリスク管理となります。
免責事項: 本記事は2026年3月31日時点の公開情報を基にした分析であり、今後の地政学情勢の変化により予測が変動する可能性があります。最新の情報は各企業のIRおよび公式な経済ニュースソースをご確認ください。


