会社概要
| 会社名 | プラスチックパレット株式会社 |
| 英文社名 | Plastic Pallet Co., Ltd. |
| 代表取締役 | 小池昌宏(KOIKE MASAHIRO) |
| 従業員数 | 2名 |
| 所在地 | 〒270-1175 千葉県我孫子市青山台3-8-5 |
| TEL | 050-3470-4265 |
| FAX | 03-6771-9911 |
| 会社設立 | 2014年10月8日(2026年1月現在、11期目) |
| 資本金 | ¥2,000,000円 |
| 取引銀行 | みずほ銀行 柏支店 楽天銀行 第二営業支店 千葉信用金庫 我孫子支店 千葉銀行 我孫子支店 京葉銀行 我孫子支店 千葉興業銀行 我孫子支店 常陽銀行 柏支店 |
| 許認可 | 古物商許可証 千葉県公安委員会 第441370000913号 |
代表者プロフィール
- 1979年10月東京都生まれ。
- 国士舘高等学校普通科卒業。
- 東海大学文学部北欧文学科(フィンランド文学専攻)卒業。在学中は文化部連合会の企画メンバーとして建学祭やその他学内イベント活動に従事(音楽アーティストとの出演交渉も担当)。
- システムエンジニア経験を経て2003年4月アルテック株式会社に入社。再生プラスチックパレットの企画・販売に従事(2006年4月退社)。その後物流機器メーカーでの営業を経て、2009年から木製パレットメーカーにて専用ウェブサイトを通じたパレット販売及び海外製プラスチックパレットの輸入販売に従事。2011年4月から中国上海市/山東省煙台市/江蘇省蘇州市/浙江省台州市にてFOXCONN及びPEGATRONグループ向け専用プラスチックパレットの製造・販売・デリバリー業務に従事。2014年10月にプラスチックパレット株式会社を設立。
パレットの歩み
アジアの物流を動かし、日本の地方を支える「パレット・ストラテジスト」代表取締役 小池昌宏の軌跡
【序章】一枚のパレットが繋ぐ、アジアの熱狂と日本の未来
物流の現場で、黙々と荷物を支え続けるプラスチックパレット。多くの方にとって、それは単なる「荷台」であり、意識されることのない「物流の脇役」かもしれません。しかし、私にとってパレットは、ITシステム以上に精密な「論理」で構成されたデバイスであり、アジア経済を巡る血流そのものです。
私は現在、プラスチックパレット株式会社の代表として、国内最大級のWebプラットフォームを運営し、アジア全域の供給ネットワークを構築しています。私のキャリアは、北欧文学の学生から始まり、SE(システムエンジニア)、セールスエンジニア、そして中国での「人質」同然の駐在生活を送るなど、波乱に満ちたものでした。
しかし、そのすべての点は今、一つの線で繋がっています。 エンジニアとしての「ロジック」、アジアの現場で培った「実装力」、そして最新の「AI検索(SGE)時代」を見据えた情報発信力。これらを結集し、今私は「PPWR(欧州包装・包装廃棄物規則)」などの国際的な環境規制や、日本の「地方における事業承継問題」という巨大な壁に立ち向かおうとしています。
これは、一人の人間がパレットという深遠な世界に魅了され、アジアの熱狂の中で自分だけの道を切り拓いてきた、25年間の全記録です。
【第1章】「ゼロから形にする」喜びと、責任の重さを知った学生時代
私のビジネスの原点は、東海大学文学部北欧文学科にあります。なぜ北欧文学なのか。そこには「ユーロ通貨導入がフィンランド経済に与える影響」を卒論に選ぶような、合理性と経済システムへの強い好奇心がありました。
しかし、机上の学問以上に私を熱くさせたのは、大学生活のすべてを注ぎ込んだ「イベント企画」の活動でした。文化部連合会および学園祭の企画局長として過ごした3年間。それは、大人の社会に片足を突っ込みながら、自分のアイデアを具現化するための闘争の日々でした。
誰にも頼れない孤独な責任感
出演交渉のためにavex本社へ乗り込み、百戦錬磨の担当者を前にプレゼンを行う。今は無きフェアーモントホテルで芸能事務所の社長と面談し、演者の出演を取り付ける。予算を策定し、スケジュールを引き、何百人ものスタッフを動かす。毎晩、大学のパソコン室が閉まるまで一人でレジュメを作り続け、誰も助けてくれない孤独の中で「やり遂げる」という責任の重さを、私は20代で骨の髄まで叩き込みました。
この「自分で企画を考え、周囲を巻き込み、最後まで責任を持つ」という経験が、後に私がたった一人で海外メーカーと渡り合い、リスクを取ってプロジェクトを完遂させるための精神的支柱となったのです。
卒業後、私は「これからはITの時代だ」という直感からSE(システムエンジニア)の道を選びます。しかし、これが次なる転機の幕開けでした。
【第2章】ITから現場へ――パレット業界の「異端児」として
2002年、システム会社に入社。C言語やJavaを駆使した制御系プログラミングの世界に身を投じました。コードは嘘をつきません。論理が通らなければ動かない。この「ロジカルシンキング」は、後のWeb構築や金型設計に多大な影響を与えましたが、当時の私は致命的な問題に直面していました。
「一日中、机の前に座ってモニターを見続けるのが、どうしても性に合わない」
溢れ出るエネルギーのやり場を失った私は、1年でSEを辞し、「手触り感のある現場」を求めてアルテック株式会社へ転職します。そこで配属されたのが、運命の「リサイクルプロダクツ事業部」でした。
赤字部署という名の「フロンティア」
その部署は万年赤字。配属されるのはやる気のない人間ばかり。上司は社内政治に忙殺され、現場は放置されていました。月間17,000枚の生産能力があるのに、販売実績はわずか3,000枚。工場には売れない在庫が山積み。しかし、24歳の私にとって、そこは「天国」でした。
「誰も何も言わないのなら、全部俺が一人でやってやる」
幼い頃、町工場の中で育ち、機械の音を子守唄にしてきた私には、現場の職人たちの苦労が手に取るように分かりました。リサイクル原料(容リ材)を使ったパレットには、特有の臭いや重さという弱点がありましたが、圧倒的な安さと強度という「武器」がありました。
私は北海道から沖縄まで、全国の資材商社や木製パレットメーカーへ飛び込み営業を開始。独自の代理店システムを構築し、木製パレットからの切り替えをターゲットにした激安戦略を展開しました。結果、販売数は月間50,000枚に急増。この時に開発・販売に携わった「R-1パレット」は、誕生から20年以上経った今でも業界のベストセラーとして君臨しています。
【第3章】台湾での修行と、Web戦略(SEO対応)の開眼
2006年、会社側の「生産管理に回ってほしい」という要望と、私の「営業の最前線にいたい」という意志が衝突し、退職。次に向かったのは、台湾製の物流機器メーカーの日本販売会社でした。
台湾の熱気とエンジニアの矜持
セールスエンジニアとして、毎日機械整備、部品出荷、CADでの図面制作、PLC(制御プログラム)の修正に明け暮れました。営業でありながら、機械が止まれば自ら工具を握って修理する。「セールスエンジニア」としての真骨頂をここで学びました。
初めての海外出張で行った台湾。言葉の通じない現地スタッフと、図面と身振り手振りで意思疎通を図り、仕事を完遂させる。台湾ビジネスのダイナミズムと、「言わなければ伝わらない」海外取引の洗礼を受けました。
Web(SEO)という新たな武器
しかし、当時はまだ収入が不安定でした。そこで副業として始めたのが、SE時代の知識を活かしたWeb制作です。この時、私はある確信を得ました。 「これからは、営業マンが足で稼ぐ時代から、Webが24時間営業する時代になる」
独学でSEOのノウハウを掴み、2008年12月にパレット専門のWebサイトを制作しました。用途別に特化した7つの専門サイトを構築し、毎日アクセス解析を繰り返した結果、1日10件以上の新規問い合わせが鳴り止まない、国内最大級のプラットフォームが完成しました。
この経験は、現在の「AI検索(SGEなど)に対応したサイト作り」へと繋がっています。単なるキーワードの羅列ではなく、ユーザーの深い悩みに対する「解決策(アンサー)」を提示するコンテンツ作り。これが、今の私のデジタル戦略の根幹です。
【第4章】アジアを駆ける――「円高」という追い風と、中国・単身駐在の激闘録
2009年、世界はリーマンショックの余波に揺れていましたが、それは同時に、パレット業界に身を置く私にとって「歴史的な転換点」でもありました。当時、為替は1ドル=80円前後、1円=15ウォンに迫る超円高。私はこの「通貨の歪み」こそが、日本の物流コストを劇的に変える最大のチャンスだと確信したのです。
1. 「JETRO」から始まった韓国・中国への道
当時、私は木製パレットメーカーのWeb戦略を担う傍ら、深刻な問題に直面していました。Webサイトから連日届く大量の引き合い。しかし、国内メーカーの供給能力や価格設定だけでは、お客様が求める「圧倒的なコストダウン」に応えきれないケースが増えていたのです。
「売るものがないなら、世界中から探してくるしかない」
私はJETROのデータベースを片っ端から調べ、韓国最大手のNational Plastic社を皮切りに、GoldLine社といった主要メーカーに直接コンタクトを開始しました。片言の英語と、SE時代に培った論理的な企画書を武器に、単身韓国へ。現地の工場で成形機が唸る音を聞き、品質管理体制を自らの目で確かめ、一社一社と代理店契約を結んでいきました。この「商社を通さないダイレクトな供給網」が、当社の強みである「激安販売」の源泉となったのです。
2. ソニー(SCE)プロジェクト:大手メーカーが「不可能」と断った壁
そんな折、私の人生を左右する巨大なプロジェクトが舞い込みます。ソニーコンピュータエンタテインメント(当時)からの打診でした。
「PlayStationを運ぶためのオリジナルパレットを中国現地で製造し、世界最大のEMS(電子機器受託製造)企業である鴻海精密工業(ホンハイ、FOXCONN)のグループ工場に、直接納品してほしい」
この依頼は、日本のパレット界の常識を覆すものでした。香港に現地法人を立て、不慣れな増値税還付の手続きをこなし、最低1億円規模の運転資金を回す必要がある。何より、中国メーカーの品質を日本の超大手企業が求める基準まで引き上げなければならない。国内の大手パレットメーカーが、リスクの高さから一様に「不可能だ」と断りを入れた案件でした。
しかし、私は「誰もやらないなら、自分がやる」と即断しました。2011年、東日本大震災の混乱が続き、計画停電で日本の製造業が沈黙する中、私は中国物流業界の重鎮が率いる「メイジエ社」へプレゼンを行い、奇跡的な業務提携を取り付けました。
3. 上海・山東省・江蘇省・浙江省での「人質」生活と、10万人都市の衝撃
プロジェクトのスタートと共に、私は上海へ単身駐在。管理責任者として、事実上の「人質」に近い覚悟で現地に身を置きました。
納品先は、山東省煙台にある鴻富錦精密工業(FOXCONNグループ)や、江蘇省蘇州市UNIHAN社(PEGATRONグループ)。そこは工場という概念を越えた、従業員10万人以上が暮らす「一つの巨大都市」でした。空港のセキュリティ並みに厳しい検問をくぐり、日本人パレットマンとして唯一、その中枢へ出入りする日々。
不具合があれば、すぐに現場へ駆けつけ、中国人の社長たちと怒鳴り合いに近い議論を交わしながら改善する。夜は地元の社長たちと会食し、白酒(パイチュウ)を酌み交わしながら、信頼関係を泥臭く構築する。ここで学んだのは、ビジネスの根底にあるのは「契約書」以上に「顔の見える信頼」であるという真理でした。
4. 「HONEY PALLET」が世界へ羽ばたいた日
苦闘の末、ついに完成した真っ白なオリジナルパレット。私はそれに「HONEY PALLET」という名を授けました。
清潔感のある白いパレットの上に、最新のPlayStationが整然と積み上げられ、世界中のファンに向けて出荷されていく。その光景を工場の出荷バースで見た時、震えるような感動を覚えました。累計販売数は40万枚。パレットという「板」が、世界のエンターテインメントを支えるインフラになったのです。
この時期、私は「世界の金型の8割が生まれる」と言われる浙江省台州市の金型村にも足繁く通いました。成形機の金型が火花を散らして削り出される瞬間から見届けてきた経験は、現在、日本のメーカー向けに提供している「金型製作コンサルティング」の強力なバックボーンとなっています。
アジアの熱狂、中国のダイナミズム、そして世界トップ企業のサプライチェーンの心臓部。これらを肌で知ったこの4年間こそが、私の「パレット・ストラテジスト」としてのアイデンティティを確立させたのです。
【第5章】プラスチックパレット株式会社の使命と「小口販売」の意義
2014年、私は「プラスチックパレット株式会社」を設立しました。 設立当初はコンサルティング業務を行いながら、自社サイトを徹底的に磨き上げました。現在は、国内大手メーカーとの連携により月間1万枚以上の販売を達成するまでになりました。
なぜ今、「小口販売」なのか?
現在、日本全国で深刻化している「事業承継問題」。これは物流業界においても例外ではありません。かつて、地方の製造業や倉庫業を支えていたのは、地元の「物流資材商社」でした。彼らは電話一本で駆けつけ、10枚、20枚のパレットを軽トラックで運んでくれる、地域物流のインフラでした。
しかし今、それらの商社が後継者不足によって次々と廃業しています。
「長年付き合ってきた商社がいなくなった」「大手メーカーに問い合わせても、10枚程度の小口は相手にされない」。そんな「物流資材難民」となった地方のユーザー様からの悲痛な叫びが、私たちのサイトに日々届いています。
私たちはこの「空白」を埋めることを、自社の大きな使命と定めています。
四国、九州、東北といったパレット製造拠点から遠いエリア。そこに対し、私たちはWebを通じて「10枚からの小口販売」を積極的に展開しています。岐阜プラスチック工業様をはじめとする国内メーカーとの強固なパイプを活かし、地方のエンドユーザー様へ直接、高品質なパレットを安価に届ける。これは単なる商売ではなく、地方の製造・物流ラインを止めないための「インフラ維持活動」であると自負しています。
【第6章】PPWR(環境規制)と再生プラスチック原料のグローバル還流
――「循環アルゴリズム」が書き換える、次世代の物流資材戦略
現在、世界の物流資材市場は、歴史上かつてない「規制の嵐」の真っ只中にあります。その中心にあるのが、欧州で施行された「PPWR(Packaging and Packaging Waste Regulation:欧州包装・包装廃棄物規則)」です。これは単なる環境スローガンではありません。包装材における再生材の使用率を厳格に義務付け、未達成の場合には市場からの排除や罰則すら伴う、極めて強力な「経済のルール」です。
「欧州の話だから日本には関係ない」――もしそう考える実務者がいれば、それは大きな誤解です。サプライチェーンが複雑に絡み合う現代、輸出製品を載せるパレットが環境基準を満たしていなければ、日本の製品そのものが世界の棚から弾かれる時代が、すぐそこまで来ているのです。
私は、この不可逆的な変化をいち早く察知し、以下の3つの戦略を通じて、日本のユーザーが国際市場で勝ち残るための「環境武装」を支援しています。
1. 高品質な日本産原料を、アジアの製造ラインへ「逆還流」させる
世界中で再生プラスチックの争奪戦が始まっていますが、実は日本国内には、世界に誇るべき「高品質な廃プラスチック」が眠っています。私は国内各地から、パレット成形に最適な再生プラスチック原料を厳選して確保しています。
これを単に国内で処理するのではなく、私が20年来の信頼関係を築いてきた中国、台湾、ベトナムのパレットメーカーへ「販売(輸出)」しています。 「日本の優れた原料」と「アジアの圧倒的な生産キャパシティ」の融合。このルートを自社でダイレクトに保有していることが、私たちの最大の強みです。他社が規制対応に右往左往する中、私たちは「原料から製品まで」を垂直統合したサプライチェーンによって、安定した環境対応パレットの供給を実現しています。
2. 「環境に良い」を「コストメリット」へ変換する
環境対応は、ともすれば「コスト増」と捉えられがちです。しかし、SE出身の私にとって、リサイクルは一つの巨大な「循環アルゴリズム」です。
システムにバグがあればプログラムが止まるように、リサイクルのサイクルも「経済的な合理性」がなければ継続できません。私が提案するのは、単なるエコ活動ではありません。
- 廃棄されるパレットを買い取り、原料化するプロセス。
- その原料を最適な配合で新製品に投入する設計。
- 再生ストレッチフィルムや再生PPバンドなど、周辺資材も含めたトータルでのコストダウン。
これらを一つのシステムとして設計することで、「環境負荷を下げながら、調達コストも下げる」という、ビジネスとして極めて合理的な解(ソリューション)を提示しています。
3. 直接工場を見てきた「目」が、グリーンウォッシュを許さない
昨今、環境配慮を謳いながら実態が伴わない「グリーンウォッシュ」が問題となっています。しかし、私は世界のパレット金型の聖地・台州市から、ベトナムや韓国の路地裏にある成形工場まで、すべてを自分の足で歩いてきました。
どの工場の成形機がどれだけの再生材混合に耐えられるか。どのラインの品質管理が信頼に値するか。カタログスペックではなく、「現場の熱気と油の匂い」で判断されたパレットだけが、当社のラインナップに並びます。私が直接工場を見てきたネットワークがあるからこそ、お客様は安心して「国際基準に適合した製品」を手にすることができるのです。
結びに:次世代のスタンダードを設計する
パレットは一度作れば終わりではありません。割れ、壊れ、役目を終えたパレットを再び原料へと戻し、アジアの工場で新たな命を吹き込む。このグローバルな循環の歯車を回し続けること。
「環境規制という壁を、成長のチャンスに変える」 ITの論理とアジアの現場力。その両輪を持つプラスチックパレット株式会社だからこそできる、世界基準の物流支援がここにあります。
【終章】世界のトレンドを「一番近くで」見ている自負
私は、日本で一番多く中国やアジアのパレット工場を見学し、金型が削り出される瞬間を見てきた人間だと自負しています。
私のウェブサイトは、今後さらに「AI検索時代」に最適化していきます。ユーザーが「この荷物を運ぶのに最適なパレットは?」とAIに問いかけたとき、最も信頼できる答えとして弊社の情報が選ばれるように。
今後の展開として、台湾・ベトナム・インドネシアへのパレットや再生原料の輸出、さらにはアメリカ本土や南米、アフリカ等の現地でのパレット生産・販売も視野に入れています。また遠くない未来に起こるであろうパレット業界再編の流れに対応出来るように準備を進めています。しかし、どれほど規模が大きくなっても、ビジネス環境が変わっても、私の本質は変わりません。
それは、大学のパソコン室で一人、誰にも頼らずに企画を練り上げていたあの頃と同じ。「現場の課題を、論理と情熱で解決する」という覚悟です。
「たかがパレット、されどパレット」。 アジアの熱気、最新のIT、そして地方への想い。そのすべてを一枚のパレットに込めて、皆様にお届けします。
事業内容
【プラスチックパレット及び物流資材の販売】
- 国内パレット・資材販売:国内メーカー品を商社的に販売(海外輸出含む)
- 海外パレット・資材販売:海外メーカーとユーザーとの直接取引マッチング
- 中古パレット販売・不要パレットの買取:関東・関西・中国・四国・九州エリアにて販売・買取実施中
【プラスチックパレット製造に関わる原料・金型・機械設備調達支援サポート】
- 新型・中古大型射出成形機の提案、プレス成形ラインの提案
- パレット成形可能なリサイクル材料の提案(国内外)
- パレット用金型の設定・提案(日本企業向け数社実績あり)
- 上記を含む国内外(日本・台湾・韓国・中国・ベトナム等)でのパレットOEM製造の提案
【トラック緩衝材ロジボードの販売、その他物流資材の販売】
- 岐阜プラスチック工業製プラスチックコンテナ類の販売
- マルイチ製ロジボードの販売
- マルイチ製キャスパー販売(キャスター滑り止め)
- 韓国製ストレッチフィルム、サイレージフィルムの販売サポート
- マレーシア製ストレッチフィルムの販売サポート
- 中国製ストレッチフィルムの販売サポート
営業実績(2014年〜2024年)
- 台湾向けR-1パレット輸出ルート確立(年間約20,000枚程度)
- NPC/GOLD LINE/MAH SING製パレット輸入販売ルート構築
- 日本製リサイクルプラスチックの台湾・韓国へ販売(リサイクルPP)
- 日本国内両面パレット製造プロジェクト参画(KMMパレット、MRパレット)
- 海外製超大型サイズパレットの輸入販売(韓国・台湾より輸入)
- 韓国竹岩M&C社のサイレージフィルム輸入販売ルート構築(国内4社)
- 中国製・マレーシア製機械巻ストレッチフィルム輸入販売ルート構築
- 中国製組立式パレットオリジナル金型、製品販売ルート構築
- 中国製パレット用金型製造・販売・パレットOEM委託製造事業スタート(R1含む)
現在進行中プロジェクト(2025年〜)
- 台湾・韓国・ベトナムパレットメーカー向け再生プラスチック販売
- 北米地域のリユースパレット仕入・販売サポート
- 日本国内リユースパレット仕入・販売サポート
- 国際間リターナブルボックスの提案
- オリジナルプラスチックパレットOEM生産プロジェクト
- PBプラスチックパレット商品化計画
- 中国製・台湾製プラスチックパレット用金型の販売
